第53話 決戦 決着

 伊邪那美命は俺の宣言を聞くと、嬉しそうに顔を綻ばした後、また真剣な顔になる。


 そして頭上に両手を掲げた。


 それに応じるように、漆黒の太陽が伊邪那美命の上に移動する。


 そして、漆黒の太陽が収束し、その両手の平に納まる大きさになる。

凄まじい熱量だ。


 恐らくあれを食らえば肉体どころか魂すら残るまい。

伊邪那美命もコントロールが難しいのか、その美しい顔を苦痛に歪めている。


 俺も右手に持った刀を頭上に掲げ詠唱を開始する。


「闇夜踊れ空に向かい、月よ歌え闇の調べと共に。我は紡ぐ、我は祈る。其は漆黒の片割れ。汝、我と共にありて真なるものよ。」


 俺は魔眼も全開にして伊邪那美命内部を見やる。

今は伊邪那美命の魂が美桜やルナさんの魂を脅かしている感じはないが、それでも一部が融合しかかっている。

俺は願いと力を込める。

女神と美桜の魂を引き離せるように。

そして、願わくばこの優しい女神にも安息が訪れますようにと。


「精霊よ我が切なる願いを聞け。我は全てを救うもの。来たれ、終焉の闇、spiritusスピーリトゥス tenebrarumテネブラールム!!!」


 最終章を唱え終わると漆黒の女性が俺の頭上に現れる。


 そして、そっと俺の事を包み込むように抱きしめると、その体を漆黒の膨大な魔力の渦に変え俺の中に入り込む。

瞬間、俺の全身からは闇色の魔力が溢れ、刀身からは闇色の光が溢れ出す。


 もう一つの世界を体験し、俺はtenebrarumの本来の使い方を知った。


 これは魔力ブーストだ。


 闇の精霊をその身に取り込むことで一時的に膨大な魔力を得る。

その力は山を抉り海さえも割るが、代償も大きい。

強すぎる魔力に体がついて行けないからだ。


 だからこれは短期決戦、一撃勝負。

お互いに準備が終わり、向き合う。空中で絡み合う視線。


「ゆくぞ人の子よ。」

「ああ、神よ。」


 俺は力強く踏み出し、彼我の距離を一気に縮める。

そうはさせじと、伊邪那美命は収束した漆黒の太陽を前方に突き出し、それを放つ。


 漆黒の太陽は物凄いスピードで俺に迫り、その熱量だけで俺を焼き滅ぼそうとしてくる。俺は加速をつけた状態で上段から闇色の光を放つ刀を振り下ろす。


 ズガーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!


 激突!!!



 凄まじい熱風が二つが衝突した地点から吹き荒れる。

刀を持った手が徐々に焼かれ、痛みが走る。前髪もチリチリと焦げ付き、硫黄が焼ける嫌な匂いがする。


 それでも引けない。

譲れないものがある。


 伊邪那美命も力を振り絞っているのか漆黒の太陽の圧力も増す。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 俺は雄叫びを上げる。

裂帛の気合を込めて、この願いは譲らないと想いを込めて。


 防御に使っていた魔力も全て刀に込める。

それに伴い、肌が焦げ、喉の奥が焼ける感覚があるがそれでも俺は刀を前に押し出す。

そして、



「いっっけーーーーーーーーーーーーーーーー!」



 パリーーーーーーーーーーーーン



 澄んだガラスが割れるような音が響く。

それと同時に漆黒の太陽が左右に割れ、サラサラと空気に溶けていく。

闇の刀はその勢いのまま、吸い込まれる様に伊邪那美命を袈裟懸けに切りつけた、その体には傷一つつけず。


 俺と伊邪那美命は倒れ込む様にそれぞれ地面に落下する。

俺は刀を支えに何とか立ち上がるが、伊邪那美命は倒れたままだ。

その体からはキラキラと黒曜石のようなかけらが立ち上っては消えていく。


「見事だ、人の子よ。」

「はあ、はあ、はあ、やった、のか、はあ、はあ。」

「なるほど、破邪の刃か。見事なものだ、妾の魂のみを切るとは。」


 そう言って、伊邪那美命は満足そうに笑っている。


「人の子よ、最期に其方の名を教えてはくれまいか。」


 その黒曜石の美しい瞳で俺を映す。

俺は数秒、ゆっくりと息を整えてから、真っ直ぐその瞳を見つめ返しながら告げる。


「拓斗。拓斗です。来栖拓斗。」


「そうか来栖拓斗か、良い名じゃ。であれば拓斗よ。」

「はい。」


「其方の守りたい者は護れたか?」

「はい。」


「其方は救うことが出来たか?」

「はい。」


「其方はこの先もこの娘を護っていけるか?」

「命に代えても。」と言いかけてやめる。それだと美桜が悲しむから、


「俺はまだ未熟です。今回のようなことがまた起こるかもしれません。きっとその時はまた右往左往して、失敗してしまうこともあるかもしれません。

ですが、それでもみっともなくあがきます、あがき続けます。そして、理不尽に抗い、戦い、美桜を守り切ると誓います。これからも同じ時間を歩んで行くために。」


 だからせめて、心にある感情を吐き出すように、これからの決意を表明するように宣言する。


「ふ、ふはは。そうか、それは人らしい良い答えじゃ。」


 伊邪那美命の体から立ち上る黒曜石のかけらが徐々に少なくなり、その衣装も崩れていく。


「もうあまり時間がないようじゃ。のう、拓斗よ。もし、もしも妾が其方の大事の者だったとして、もし、その時にどうしようもなく困っておったら、其方は妾を助けてくれるか?」


 伊邪那美命がやや不安そうに聞いてくる。数秒考えた後答えを出す。


「正直分かりません。俺にとってあなたは止めるべき相手だったから。でも、そうですね。もしあなたと違う出会い方をして、その時にあなたが本当に困っていたのなら助けたと思います。」


「なぜじゃ。」


「俺はあなたの中にある優しさと誇り高さを知ってしまったから。」


 伊邪那美命はきょとんとした顔をした後、笑いが堪えられないといった表情で笑った。


「ふは、ふはははは、あはははは。」


その笑顔はとても純粋で


「ああ、こんなに笑ったのは初めてかもしれん。のう、拓斗よ。」

「はい。」


 そして、とても優しい笑顔で伊邪那美命はこう言った。


「幸せになりなさい。」


 そうして、最後の黒曜石が空中に溶け、そこには白い薄絹を纏った美桜が残った。

結界が解けた空には満天の星空が瞬き、瑞々しい新芽をつけた桜の大樹が静かに二人を見守っていたのだった。

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