第9話 崩れ去る秩序
---
それは、いつもの“異常”と、どこか違っていた。
リクの収容されている施設――適合者管理区画――に、低く震えるような警告音が響いたのは、昼下がりのことだった。
いつもの定期検査の合図か、あるいは機器の起動音。最初はそう思われていた。
だが、静寂の中に紛れ込んだ違和感は、瞬く間に現実の輪郭を歪めていく。
> 【警戒:Cランク事象】
> 【通達:適合者管理区画にて、外部命令を伴わない端末アクセスを確認】
> 【行動指針:封鎖/該当区画の封鎖および現場確認】
警備班が一斉に顔を上げた。
数秒の沈黙。その中で、若い兵士が口を開いた。
「……これ、命令系統が入ってないぞ。誰の指示だ?」
「確認中……いや、待て。総務局にも、戦略局にも記録がない」
「通達なしで部隊が動いてる……まさか――」
その言葉の続きを言う暇はなかった。
廊下の奥、隔離扉のひとつが爆発音と共に吹き飛ばされる。
金属を叩き割る轟音。そして、警備兵の一人が胸を撃ち抜かれて転がり込んでくる。
直後に続く閃光弾の炸裂音。
視界が白く染まり、音が歪み、空間が震えた。
突入してきたのは、軍の正規部隊の装備を纏った――**鉄血派の別動部隊**だった。
---
その頃、リクは。
ベッドの上で、腕を枕にして天井を睨んでいた。
次の発作まで、あと二十数分。
秒単位でカウントダウンされるその時間は、まるで死刑台への階段のようだった。
(静かだ……なのに、心臓だけがうるさい)
耳の奥で、鼓動が脈を打つたびに、“もうすぐ終わる”という声が響いてくる。
ゼロは何も言わない。ログも静かだった。
そのときだった。
地面が揺れた。
反響する金属音。壁を蹴り飛ばすような衝撃。そして、誰かの悲鳴。
数秒後、ドアが爆風で吹き飛んだ。
煙と火花の中から現れたのは、無骨な重装備を纏った兵士たちだった。
「リク=アルストリア! 身柄を確保する!」
視界に入ってきた胸部の紋章。
赤い縁取りと、突き立てられた槍のシンボル。
――戦略局、鉄血派。
「なんだよ、これ……」
言葉が漏れた。震えた声。
けれど誰も止まらない。
兵士たちは無言で包囲を固め、麻酔銃を構える。
「本日より貴様は、鉄血派の直接管理下に移行する。第三階層適合検証の準備に入る」
「勝手に決めんなッ!!」
咄嗟に跳ね起きた身体が、次の瞬間、重圧に潰されそうになる。
四方から迫る銃口。動けば撃たれる。けれど動かなければ、もう何も守れない。
---
そのとき――
「ここから先は、通さない!」
廊下の奥から、別の部隊が現れた。
情報統制局――秩序派。
装備は軽装だったが、展開速度は速く、瞬時に通路を封鎖してみせた。
「この区画は第七特命作戦室の統制下にある。戦略局の単独行動は明確な越権行為と認定する」
「貴様らの遅さが、戦果を損ねている!」
「規律を失った戦果に意味はない!」
緊張が極限に達したその瞬間、誰かが投げ込んだ閃光球が炸裂した。
視界が焼け、音が飛び、数秒の沈黙のあとに銃声が鳴った。
火蓋は、切られた。
---
狭い隔離通路が、戦場と化した。
発砲音と怒号。
装甲が弾ける音。
リクは咄嗟に身を伏せ、跳弾がかすめていくのを感じながら、壁際へ転がる。
(くそっ……なにしてんだ、あいつら!)
怒りが沸騰する。
震える手を握り、立ち上がる。
次の瞬間、兵士のひとりがリクに接近。
ゼロが、反応した。
> 『【接続要求:第三階層展開条件 下位クリア】』
> 『【提案:制圧射撃開始】』
「……やめろ。撃たねぇよ」
> 『【推奨:迎撃】』
「うるせぇっつってんだよ!」
拳が飛ぶ。
銃を構えた兵士の腕を叩き落とし、リクは素手で顔面を殴り飛ばした。
その反動で自分の手も痺れた。
でも、それでも、構わなかった。
「こんなやり方でしか……ゼロを使わせないなら……俺は、何も守れねぇ!」
この空間には、正義なんてない。
あるのは、武力と欲望と命令だけ。
その中で、自分だけは、“誰かを守るために戦いたい”と叫ぶ資格があると思った。
たとえ震えていても。
たとえ、次の発作があと数分後に来るとしても――。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます