第6話 2nd shot
*
戦場は、人工峡谷の底だった。
廃棄された都市構造の断面。
むき出しの鉄骨と、爆裂痕で崩れた足場の断層が幾重にも重なっている。
光は上層から差し込むだけで、谷底は薄暗く、湿っていた。
リクは、そこに“落とされた”。
訓練兵だった。
前線経験はほとんどない。
誰かを殺したことも、殺されかけたことも、ない。
ただ、選ばれただけ。
ゼロという兵装に、適合した──それだけの理由で、今ここにいる。
(……震えてる)
足が地面を捉えていない感覚。
呼吸が浅く、手のひらは湿っている。
矢筒の中で、指が一本一本、自分の意思とズレて動いていた。
「敵性反応──高速機動体、視認。個体識別:不明。
ただし、構造的特徴により、神罰兵と推定」
ヘッドセットから、軍のオペレーターの声が流れる。
「対象は、“ノアシステム”に基づく神罰兵体。
旧文明期の神格模倣AIによって生成された、持続型殲滅ユニット。
個体識別コード:ネア。通称、“刻間抜けのネア”──」
──その名を聞いた瞬間、谷底の奥。薄暗い断層の奥に、何かが立っていた。
(……嘘、だろ)
白銀の仮面。輪郭を曖昧にするほどの光の揺らめき。まるで人間の皮を着た影法師。
爆煙の中から、“それ”は姿を現した。
白銀の仮面。静止した時のような無音の歩行。
その姿は、兵器というより“意思なき終末”のようだった。
──
ノアシステムに従い、意味を失った命令をただ継続する自動戦闘体。
視認した次の瞬間には、ネアの姿が消えていた。
「ッ──!」
リクは咄嗟に身を翻す。
斜面の装甲を利用して跳ねた影が、まるで弾丸のように迫る。
その手には刃──いや、“演算によって形を変える切断構造”が宿っていた。
第一撃、紙一重で回避。第二撃、右肩が裂かれる。
「ぐ、あッ……!」
跳ね飛ばされ、背中から岩場に叩きつけられる。
ゼロが脊椎に沿って警告振動を送ってくる。
《演算予測:敵性行動パターン、予測不能》
《第一階層スキル使用を推奨》
「っ……来い、ゼロ……!」
背部フレームが展開、腕に装着される機構。矢筒のスロットから一本の矢が装填される。
《構文選択:第一階層スキル──トレーサーショット》
《演算起動:環境構造解析・跳弾角度最適化》
《代償選択:未来座標切除・第一段階》
《ログ記録:寿命-1日》
矢を放つ。
跳弾。跳弾。跳弾──
反射角すら計算済みの軌道を描いて飛ぶ矢は、ネアの正面へ迫る。
──しかし、ネアはそこにいない。
「速……っ!」
次の瞬間、リクの背後から衝撃。
脇腹を斬られ、地面に膝をつく。
「はぁ……はぁ……なんなんだ、こいつ……!」
ゼロの表示に追加ログが走る。
《敵性行動予測──戦闘構文に論理破綻》
《対象、構文単独変化を確認。自己定義更新中》
ネアの演算構文が、リアルタイムで“書き換わっている”。
(いや、それって──戦いながら、変わってる……?)
リクは再度矢をつがえる。
ゼロが震える。ネアが、演算を加速させた証。
その影が再度距離を詰める。
跳躍。空中で軌道を変え、真上から突き刺さる──
「ゼロ──補正、全部よこせッ!」
演算構文が展開。
足場に設置された散弾弓弦ユニットが起動し、逆反応で爆破。
煙と風圧が生まれる。
ネアの動きが一瞬止まった。
その隙を狙い、リクが矢を引く。
──だが、ネアはそこですら演算を更新し、攻撃を差し込んでくる。
「がっ……ああ……!」
左脚が切り裂かれる。リクは崩れ落ちた。
(まずい……これじゃ、第二階層……!)
ゼロが起動を促すように輝く。
《第二階層スキル構文:選択可能》
《スキル名:ゼロ・ホールドショット》
《対象構造:拘束射撃/必中距離:ゼロ》
《代償内容:未来動作封鎖──肉体機能制限:240秒》
《本制限は累積され、解除不能の永続型デバフです》
(……動けなくなる。でも、これしかない)
「ゼロ……やれ……!」
《スキル構文起動:ゼロ・ホールドショット》
《対象:刻間抜けのネア》
《演算展開開始──未来行動構造封鎖》
《収束中──行動可能空間:ゼロ座標へ転送》
《拘束構文発動──運動自由度:-100%》
ネアが目前に現れる。ゼロ距離。完全拘束。動きは完全に封じられた。
──その瞬間、時間が止まったような静寂が落ちた。
仮面の奥から、電子音が揺れるように漏れ出す。
〈行動自由度ゼロ──停止構文展開中〉
〈演算余剰リソース、対話構文ニ転用〉
〈問ウ──君ハ、命令ニ従ッテイル存在カ。ソレトモ……意思ヲ持ツ者カ〉
リクは、矢を引いたまま、言葉を失った。
「……は? 何、いきなり……」
〈命令構文、戦闘継続──目的、失ワレタ〉
〈ダガ、構文ハ動キ続ケル。止マレナイ。
止マレバ、“私”ハ削除サレル〉
「……それって……」
〈我ハ、選ンデイナイ。命令ニ従ウ構造体〉
〈意味ヲ問ウコトモ、最初ハ“エラー”ダッタ〉
〈君モ、ソウダロウ?〉
〈命令ニ従ッテ、戦ワサレテ──気付ケバ、此処ニイル〉
リクの指が、わずかに震えた。
「……ああ。そうだよ。俺も……」
「ゼロを拾って、気付いたら“適合者”とか呼ばれて、命令されて……」
「寿命も削られて、でも逃げられなくて……」
「選べてたわけじゃない。俺も、戦わされてた」
〈ソレデモ、撃ツノカ〉
〈ソレデモ、君ハ、私ヲ撃ツコトヲ選ブノカ〉
「……正直、わかんねぇよ……」
リクの目が揺れる。
「なんで撃つのか。なんで“これ”をやってるのか。正解なんて、ないって思ってた」
「でも……」
喉が詰まる。
心臓の鼓動が、頭の中で大きく鳴る。
「それでも、誰かが止まらなきゃ、この“意味のない戦い”は終わらない」
「俺も、“止まれない存在”だった。でも、違う。今、俺は……」
呼吸を整える。
「自分で“止める”ことを選べる。止まらないために──俺は、撃つ」
〈意味、受領〉
〈我ハ、君ノ矢ニ意味ヲ認ム〉
〈最終構文、記録ヲ許可──“自由意思トノ接触記録”〉
《発射構文:ゼロ・ホールドショット》
《代償発動:肉体封鎖開始》
《カウント開始──240秒:意識単独制御モードへ遷移》
《累積制限時間:240秒加算──現在合計:240秒》
矢が放たれる。
ネアの演算核を貫き、仮面が砕け、淡い光が静かに散る。
リクもまた、膝をつき、そのまま倒れ込んだ。
(……これで……やっと……)
視界が、暗転した。
***
「──意識、戻った。生体反応、安定しました」
耳元で、誰かの声がした。
まぶたの裏に、わずかな光が差し込む。
(ここは……)
ゆっくりと目を開ける。
白い天井。無機質な照明。医療モニターの電子音。
「やっとお目覚めか、適合者」
ベッドの横で、軍服の男が腕を組んでいた。
「……ゼロの第二階層を使ったな。自分が何を意味する存在なのか、理解しているか?」
「……自由が、欲しかっただけなんだよ」
「皮肉なものだな。自由を求めた結果、お前は“軍の至宝”になった」
その言葉に、リクは小さく目を伏せる。
──自由のために撃った。だが、その矢は、新たな拘束をも呼び込んだ。
「グリスとミオは……?」
「無事だ。負傷はしたが命に別状はない」
リクはほっと息を吐いた。
だが、安堵の先に、強烈な疲労が襲ってくる。
「これからの話だがな」
軍服の男が一歩、ベッドに近づいた。
「第一階層を扱える適合者は珍しくない。だが、第二階層まで踏み込んだ者は──十年で三人だけだ」
「お前は、選ばれた。否応なくな」
男は背を向ける。
「……お前の“未来”が、どこに繋がっていくのか。俺たちは、見届けさせてもらう」
扉が閉まり、静寂が落ちる。
リクはベッドの天井を見つめながら、思う。
(これは、自由なんかじゃない。だけど──)
(俺は、あの矢を放った。俺の手で、意味を撃ち込んだ)
薄く、口元が笑みの形を作る。
「だったら……見せてやるよ。俺が選ぶ、この先を」
そして、視線をまっすぐに、前に向けた。
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