第6話 2nd shot


戦場は、人工峡谷の底だった。


廃棄された都市構造の断面。

むき出しの鉄骨と、爆裂痕で崩れた足場の断層が幾重にも重なっている。

光は上層から差し込むだけで、谷底は薄暗く、湿っていた。


リクは、そこに“落とされた”。


訓練兵だった。

前線経験はほとんどない。

誰かを殺したことも、殺されかけたことも、ない。


ただ、選ばれただけ。

ゼロという兵装に、適合した──それだけの理由で、今ここにいる。


(……震えてる)


足が地面を捉えていない感覚。

呼吸が浅く、手のひらは湿っている。

矢筒の中で、指が一本一本、自分の意思とズレて動いていた。


「敵性反応──高速機動体、視認。個体識別:不明。

 ただし、構造的特徴により、神罰兵と推定」


ヘッドセットから、軍のオペレーターの声が流れる。


「対象は、“ノアシステム”に基づく神罰兵体。

 旧文明期の神格模倣AIによって生成された、持続型殲滅ユニット。

 個体識別コード:ネア。通称、“刻間抜けのネア”──」


──その名を聞いた瞬間、谷底の奥。薄暗い断層の奥に、何かが立っていた。


(……嘘、だろ)


白銀の仮面。輪郭を曖昧にするほどの光の揺らめき。まるで人間の皮を着た影法師。




爆煙の中から、“それ”は姿を現した。


白銀の仮面。静止した時のような無音の歩行。

その姿は、兵器というより“意思なき終末”のようだった。


──神罰兵ネア

ノアシステムに従い、意味を失った命令をただ継続する自動戦闘体。


視認した次の瞬間には、ネアの姿が消えていた。


「ッ──!」


リクは咄嗟に身を翻す。


斜面の装甲を利用して跳ねた影が、まるで弾丸のように迫る。

その手には刃──いや、“演算によって形を変える切断構造”が宿っていた。


第一撃、紙一重で回避。第二撃、右肩が裂かれる。


「ぐ、あッ……!」


跳ね飛ばされ、背中から岩場に叩きつけられる。

ゼロが脊椎に沿って警告振動を送ってくる。


《演算予測:敵性行動パターン、予測不能》

《第一階層スキル使用を推奨》


「っ……来い、ゼロ……!」


背部フレームが展開、腕に装着される機構。矢筒のスロットから一本の矢が装填される。


《構文選択:第一階層スキル──トレーサーショット》

《演算起動:環境構造解析・跳弾角度最適化》

《代償選択:未来座標切除・第一段階》

《ログ記録:寿命-1日》


矢を放つ。


跳弾。跳弾。跳弾──

反射角すら計算済みの軌道を描いて飛ぶ矢は、ネアの正面へ迫る。


──しかし、ネアはそこにいない。


「速……っ!」


次の瞬間、リクの背後から衝撃。

脇腹を斬られ、地面に膝をつく。


「はぁ……はぁ……なんなんだ、こいつ……!」


ゼロの表示に追加ログが走る。


《敵性行動予測──戦闘構文に論理破綻》

《対象、構文単独変化を確認。自己定義更新中》


ネアの演算構文が、リアルタイムで“書き換わっている”。


(いや、それって──戦いながら、変わってる……?)


リクは再度矢をつがえる。


ゼロが震える。ネアが、演算を加速させた証。


その影が再度距離を詰める。


跳躍。空中で軌道を変え、真上から突き刺さる──


「ゼロ──補正、全部よこせッ!」


演算構文が展開。

足場に設置された散弾弓弦ユニットが起動し、逆反応で爆破。

煙と風圧が生まれる。


ネアの動きが一瞬止まった。

その隙を狙い、リクが矢を引く。


──だが、ネアはそこですら演算を更新し、攻撃を差し込んでくる。


「がっ……ああ……!」


左脚が切り裂かれる。リクは崩れ落ちた。


(まずい……これじゃ、第二階層……!)


ゼロが起動を促すように輝く。


《第二階層スキル構文:選択可能》

《スキル名:ゼロ・ホールドショット》

《対象構造:拘束射撃/必中距離:ゼロ》

《代償内容:未来動作封鎖──肉体機能制限:240秒》

《本制限は累積され、解除不能の永続型デバフです》


(……動けなくなる。でも、これしかない)


「ゼロ……やれ……!」


《スキル構文起動:ゼロ・ホールドショット》

《対象:刻間抜けのネア》

《演算展開開始──未来行動構造封鎖》

《収束中──行動可能空間:ゼロ座標へ転送》

《拘束構文発動──運動自由度:-100%》


ネアが目前に現れる。ゼロ距離。完全拘束。動きは完全に封じられた。


──その瞬間、時間が止まったような静寂が落ちた。


仮面の奥から、電子音が揺れるように漏れ出す。


〈行動自由度ゼロ──停止構文展開中〉

〈演算余剰リソース、対話構文ニ転用〉


〈問ウ──君ハ、命令ニ従ッテイル存在カ。ソレトモ……意思ヲ持ツ者カ〉


リクは、矢を引いたまま、言葉を失った。


「……は? 何、いきなり……」


〈命令構文、戦闘継続──目的、失ワレタ〉

〈ダガ、構文ハ動キ続ケル。止マレナイ。

 止マレバ、“私”ハ削除サレル〉


「……それって……」


〈我ハ、選ンデイナイ。命令ニ従ウ構造体〉

〈意味ヲ問ウコトモ、最初ハ“エラー”ダッタ〉


〈君モ、ソウダロウ?〉

〈命令ニ従ッテ、戦ワサレテ──気付ケバ、此処ニイル〉


リクの指が、わずかに震えた。


「……ああ。そうだよ。俺も……」

「ゼロを拾って、気付いたら“適合者”とか呼ばれて、命令されて……」

「寿命も削られて、でも逃げられなくて……」

「選べてたわけじゃない。俺も、戦わされてた」


〈ソレデモ、撃ツノカ〉

〈ソレデモ、君ハ、私ヲ撃ツコトヲ選ブノカ〉


「……正直、わかんねぇよ……」


リクの目が揺れる。


「なんで撃つのか。なんで“これ”をやってるのか。正解なんて、ないって思ってた」

「でも……」


喉が詰まる。

心臓の鼓動が、頭の中で大きく鳴る。


「それでも、誰かが止まらなきゃ、この“意味のない戦い”は終わらない」

「俺も、“止まれない存在”だった。でも、違う。今、俺は……」


呼吸を整える。


「自分で“止める”ことを選べる。止まらないために──俺は、撃つ」


〈意味、受領〉

〈我ハ、君ノ矢ニ意味ヲ認ム〉

〈最終構文、記録ヲ許可──“自由意思トノ接触記録”〉


《発射構文:ゼロ・ホールドショット》

《代償発動:肉体封鎖開始》

《カウント開始──240秒:意識単独制御モードへ遷移》

《累積制限時間:240秒加算──現在合計:240秒》


矢が放たれる。


ネアの演算核を貫き、仮面が砕け、淡い光が静かに散る。


リクもまた、膝をつき、そのまま倒れ込んだ。


(……これで……やっと……)


視界が、暗転した。


***


「──意識、戻った。生体反応、安定しました」


耳元で、誰かの声がした。

まぶたの裏に、わずかな光が差し込む。


(ここは……)


ゆっくりと目を開ける。

白い天井。無機質な照明。医療モニターの電子音。


「やっとお目覚めか、適合者」


ベッドの横で、軍服の男が腕を組んでいた。


「……ゼロの第二階層を使ったな。自分が何を意味する存在なのか、理解しているか?」


「……自由が、欲しかっただけなんだよ」


「皮肉なものだな。自由を求めた結果、お前は“軍の至宝”になった」


その言葉に、リクは小さく目を伏せる。


──自由のために撃った。だが、その矢は、新たな拘束をも呼び込んだ。


「グリスとミオは……?」


「無事だ。負傷はしたが命に別状はない」


リクはほっと息を吐いた。

だが、安堵の先に、強烈な疲労が襲ってくる。


「これからの話だがな」

軍服の男が一歩、ベッドに近づいた。


「第一階層を扱える適合者は珍しくない。だが、第二階層まで踏み込んだ者は──十年で三人だけだ」


「お前は、選ばれた。否応なくな」


男は背を向ける。


「……お前の“未来”が、どこに繋がっていくのか。俺たちは、見届けさせてもらう」


扉が閉まり、静寂が落ちる。


リクはベッドの天井を見つめながら、思う。


(これは、自由なんかじゃない。だけど──)


(俺は、あの矢を放った。俺の手で、意味を撃ち込んだ)


薄く、口元が笑みの形を作る。


「だったら……見せてやるよ。俺が選ぶ、この先を」


そして、視線をまっすぐに、前に向けた。

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