第27話 メッセージ

「ねぇヤン君、ジュンちゃんのときみたいに場所の目星はつかないの?」

「無理ですね。レベル1の人間など、どこにでも監禁できますから」

「そうよね〜。なんだったら、そのへんの箱に詰めとけばいいもんね」

「お二人とも、さすがにひどすぎませぬか……?」

 

 そのときだった。

 突然、左腕に鋭い痛みが走った。


「いっ! った……!」

「どうしました、主君?」

「わ、分からない。いきなり引っ掻かれたみたいに……いっ、痛っ!?」


 痛みはさらに続いた。

 何もされていないのに、左ヒジから先に、赤い線のような傷が走ってゆく。 


「ヤン君、これ、何かの攻撃?」

「いえ、待ってください。………ジュンさんの腕をよく見て」

 

 ひとりでについた傷は、ヒジから手首にかけて伸び、曲がり、途切れながら、何かの形をかたどってゆく。

 これって、もしかして――。


「まさか……文字?」


 そうだ。

 しかも、これは――この世界の人たちには読めない文字だ。

 

「ひ………ひらがな、です。日本語――アタシたちの国の文字です」


 全員が息を呑む気配が伝わった。


「もしかして……」

「ええ、タクミさんです。自分の腕に爪か何かで傷をつけて、ジュンさんに転写させたんです。――何かを伝えるために」

「な、何て書いてあるの? ジュン!」


 やがて傷は手首のあたりで止まった。

 描かれた五文字のひらがなを、アタシは震える声で読み上げた。


「た か い と う」


 ラウラさんたちは顔を見合わせた。


「たかいとう……高い、塔?」

「タクミが、塔の上にいるってこと?」


 ヤンさんがハッと声を上げた。


「グラマン塔です。この王都の端にある、王族や貴族のための監獄塔……あそこなら確かに、幽閉するにはうってつけです」

「なるほど。ずいぶん贅沢な牢屋ね」

「しかし、そうなるとタクミさんを監視しているのは……」

「え?」

「……いえ、なんでもありません。とにかく場所は判明しました。のんびりしてはいられません」

「そうね。行きましょう、みんな」


 ラウラさんの言葉を合図に、全員が一斉に動き出した。


 ただ一人を除いて。


「……主君?」


 足が、動かなかった。


 うつむいたまま、アタシはその場に立ち尽くす。


 頭では分かってる。行かなきゃって。でも――

 体と心が、どうしても前に進むことを拒んでいた。


 その先に、星野君がいる。


 会いたい。会って、助けたい。

 でも――怖い。


 もし、星野君がアタシに失望してたら。

 夢みたいに、軽蔑する目で見られたら――


「ジュンちゃん………」


 ラウラさんの声にも、顔を上げることができなかった。


 そのとき。


 アタシの視界に、誰かの靴が飛び込んできた。


 顔を上げた瞬間――


 パァン!


 頬に鋭い衝撃が走った。


 ロキシィが、アタシを平手打ちしていた。


「ロキシィ………」

「いい加減にしなさいよ! いつまでもウジウジウジウジ! あんたたちの関係って、そんな程度なわけ!?」


 彼女はそう怒鳴ってから、アタシの手首を掴み、傷跡を突きつけてきた。

 星野君が痛みをこらえて刻んだ、あの文字を。


「見なさいよ! いったい誰が――他の誰がこんな方法で言葉を伝えられるっていうのよ!」


 ロキシィの琥珀色の目に、涙がにじんでいた。

 

「タクミが今待ってるのは、誰だと思う!? わたしじゃない! 悔しいけど………きっとわたしじゃないの!」


 張られた頬がじんじんと痛い。

 強くなったアタシのカラダは、平手打ちなんかで傷ついたりしない。

 でも――どうしようもなく痛かった。


 そのとき。


「うっ……?」


 また、あの引っ掻かれるような感覚が走った。

 今度は右腕だ。


「! ジュンちゃん、もしかして、また?」

「新しい情報でしょうか?」


 右の手首からヒジに向かって、また傷文字が伸びてゆく。

 でも、どうしてだろう。

 その文字の刻み方は、さっきと違って勢いがなかった。

 ためらうように――あるいは恥ずかしがるように。


 やがて、傷はヒジの前で止まった。


「あ……」


 その文字を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。

 堰を切ったように、涙があふれ出す。


「えっ、な、なに? ジュン、なんで泣いてるの?」

「主君、なんと書かれていたのですか?」


 二人が驚いて問いかけてくる。

 でもアタシは、口元を手で押さえて、ただ首を振るしかできなかった。

 こみ上げる想いが胸を詰まらせて、言葉にならない。


 どうして、アタシはこんなところで立ち止まっているんだろう。


 ロキシィ、アイギスさん。

 ラウラさん、ヤンさん。

 そして――星野君。


 みんなが、こんなアタシに手を差し伸べてくれている。


 応えなきゃ。

 みんなの想いに。

 そして、自分自身の気持ちに。


「……みんな、心配かけてごめんなさい」


 涙をぬぐい、まっすぐ顔を上げる。


「アタシ、行きます。星野君を助けに」

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