第3章 白桜国と分断
「鳩さん!ほくほくに焼けましたよ!」
「なんだよ"鳩さん"って」
気だるそうに近づいてくる鳩さんに手拭いを差し出す。
芋を持ち上げると、皮がほろりと割れ、中から金色の身が顔を出した。湯気が立ちのぼる。
「どうぞ」
僕は小さく笑って芋を差し出す。鳩は黙って受け取ると、手のひらにのせたまま、じっとそれを見つめていた。
「……なんかさ、こういうの、ひさしぶり」
ぼそりと鳩さんがつぶやいた。
「焼き芋がひさしぶり、なんですか?」
ここカラサキ区やハクレイの主食はこの芋だ。
芋が久しぶりだとしたら今までどんな食生活を送ってきたのだろう。
「焼き芋がじゃなくて、人に焼いてもらうのが久しぶりってこと。嬉しいよね、こういうの、言葉にしづらいけど」
炎を見つめながら呟く鳩さんの横顔が見える。その目にはどんな記憶が写っているのだろうか。出会って数時間の僕にはそれを考える権利すらないのだろう。
明日食べる分も含めていくつか焼いた中で1番大きな芋は「あちっあちっ」と鳩さんの手のひらの上で転がっている。
次に大きめのを食べようと吟味していると…
「…焦げてる」
ある程度冷めてきたのか、焦げついた箇所をまざまざと見せつけてくる鳩さんに思わず笑ってしまった。
「じゃあ、焦げてない大きめのやつと交換しますか?」
「いや、別にいい。これがいい」
少し感傷に浸っていた自分が馬鹿らしくなってツボに入ったかのように笑いが止まらなかった。
ずっと鳩さんに焦がれていたんだ。この人をもっと知りたい。話をしたい。
僕は炎の揺らめきに照らされた芋をかじりながら、問いかける。
「あの、境界を横断する鳩さんにこの国のことで聞きたいことがあるんです」
「カラサキ区の人たちに聞いても白桜国やハクレイのことを罵倒するだけだけなので」
頬張った芋を飲み込んで鳩さんは答える。
「聞きたいのはなに?この陰謀としか思えない分断された亀裂のことか?」
まぁ、詳しく言わなくてもわかるか、この国に対する疑問なんてみんな同じことだろう。
鳩さんは少し黙ってから、一口水を飲み話しだす。
「この国は“白桜国”っていうひとつの国だった。だけど、国が“必要ない”って思った人たちを、まとめてこっちに押し込めたんだ。おれたちのいる東側……国土の五分の一くらいの場所にね。政府はこれを「保護」と称していたが、実際には都市の“負担”から排除するため」
「そして、ある日突然、地面が裂けた。大きな地割れができて、こっちと向こうは完全に分断された。白桜国の工作か、はたまた都合のいい自然災害なのかは上層部の人間にしかわからないだろうが」
鳩さんは芋を食べる手を止め、僕の顔を見る。視線が交差し、僕はその圧に負け息を呑んだ。
口角が上がり艶かしい笑顔を作り話しを続ける。
「政府は“地形上の理由”を盾に支援打ち切りを正当化。ハクレイ国民の多くは、カラサキ区の存在すら知らないし、報道もされず、教育でも触れられない。知っていても「災害で失われた区画」として処理されている。カラサキの“真実”は隠蔽されているんだ」
どういうことなんだ?
鳩さんが噛み砕いて説明してくれているのはわかるけど、思考が追いつかない。
「…ハクレイの市民からすると僕たちはもう死んでいるってこと?」
「そういうこと。死んだ土地と人に興味なんて湧かないだろ?質問はまた明日にでも聞くよ。今日は寝かせてくれ。」
鳩さんは冷えて固まった芋の最後のひとかけを口に放り込みながら、さっきの寝床に戻って行った。
いずれは知ることになるとわかってはいたけど、心臓を掴まれ沈められたような気持ちだ。
このカラサキ区の住民はみんな死んだことになっていたのか。
僕が母さんに会いたいと願うように母さんも僕を探していると思ってた。
でも、母さんからしたら僕はもう死んでいたのか。
前を向いて幸せに生きてるかもしれないのに、僕が生きていたと知ったら母さんはどう思うだろうか。ハクレイに行ったところで絶望するだけではないのか。だとしたら命をかけて越える意味はあるのだろうか。
炎の揺らぎに呼応して心が重く黒く歪みだす。
「だけどな、忘れるな!それを繋ぐために境界を飛ぶんだ」
ハッとした。
鳩さんの力強い声で我にかえる。
僕はなににべそをかいてるんだ。子供が母さんに会いたいと思うことに理由は必要ないだろ。
繋いでくれるなら、しがみついてでも会いに行くしかない。
「……鳩さん、ありがとう。…明日さ、買い物行こうよ」
「いいよ、付き合ってやる」
煙が空へと溶けていくたび、誰にも見せなかった覚悟が胸の奥でゆっくりと形になる
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