リュカと時の魔女(君に贈るものがたり)
真留女
#1 ご先祖マリエッタ
毎年一度、イアレ山のてっぺんから闇と光を半分ずつ持つ月が上った日の真夜中に、リュカと母さんは誰にも内緒で、畑を抜け、野原を過ぎ、山裾の森のずっと奥に住む〝ご先祖様〟に会いに行く。
母さんはおじいさんの最初の子〝一の子〟で、リュカはその母さんの〝一の子〟だから。
代々ずっと、千年の命を持つという〝ご先祖様〟に会いに行けるのは、その不思議な言葉が聞こえるのは、一の子だけと決められているから。
リュカは赤ん坊の頃は母さんにおんぶされ、少し大きくなってからは母さんの腰に巻いた縄の先をしっかり握って、毎年ご先祖様のマリエッタに会いに行った。
ご先祖様の声は、直接胸に聞こえてくる。リュカも母さんもその前の一の子もみんな、赤ん坊の時から言葉を覚えるように少しずつ、その声が分かるようになってきた。だから他の人には聞こえないし、聞き方を教える事もできない。
「だって僕、道も知らないし。マリエッタにちゃんと挨拶もできないよ」
行かなくてすむ言い訳を必死で考える。優しいマリエッタは好きだけど、一人でこの森には入りたくない。
「もう十三歳になったんだから大丈夫。道はランプが案内してくれる。行けばわかるわ」
〝やだよ、怖いよ。母さん一緒に行ってよ〟リュカはまだ心の中で叫んでいる。
でも母さんは知らんぷりで、リュカにランプを持たせて森に押し出した。途端にランプの炎の色が変わって、ランプを持つリュカの手が引っ張られた。勢いで一歩踏み出してしまい、あわてて振り返ると、母さんは笑顔でうなづいている。
もう逃げられないのか、リュカは大きな息をついて森の奥へと歩き始めた。
幼い頃母さんが手を引いてくれた時のように、ランプはリュカに合わせてゆっくり優しく案内してくれる。前方を見ると、灯に浮かびあがる草や木の緑は、見た事もない程鮮やかで美しく、所々に赤や黄色の花が咲いていて見とれそうになる。でも、灯りのささない左右の茂みは真っ黒で風が少し吹くとリュカに向かって迫ってくるようでとても恐ろしい。
「こんなに遠かったかなあ。まだ着かない」
リュカはもっと小さかった時の事を思い出す。
それはもうすぐ6歳になる頃だったろうか。マリエッタが千年の寿命を持っていて、これからまだ400年は生きるのだと初めて知った夜のこと。真夜中に目覚めたリュカは
〝僕が死んでしまっても、ご先祖様は生きているんだ。ご先祖様はずっと生きているのに、僕は死んじゃうんだ。いやだよそんなのいやだよ! 怖いよ! 僕、死にたくないよ!〟
と思ったら大声で泣き出してしまった。すぐに母さんがやってきてリュカを抱きしめてくれた。
「どうしたのリュカ、怖い夢でも見たのかい」
母さんの胸に抱きしめられて少しだけ落ち着いたリュカの耳に母さんの心臓の音が聞こえて来た。
〝母さんのこの心臓もいつか止まるんだ。母さんもいつか死んじゃうんだ〟
そう思った瞬間、リュカは今までよりもっと激しく泣き出した。
あれからどうしたのか、覚えてはいない。でも、母さんが死んじゃうと思った話は誰にもしなかった。話してはいけない事だと思っていた。そして少し忘れかけていた。
そうだ今日は聞いてみよう、あなたはなぜ千年も生きられるのかと。
ようやく暗い森の奥に小屋が見えて来た。リュカが一人で来ると知っていたのだろうか、マリエッタがドアを開けて待ってくれている。
今日は、母さんが縫ったドレスにおじいさんが木を彫って作った頭を身につけている。おじいさんは死んじゃったけど作ったものは今でも残っている。
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