第2話 ざわめく不安の影

 三日後。


「桃源様、一体どうすれば……」


 憔悴しきった顔の村人が、桃源に不安を訴えた。

 井戸の水は一向に湧き出る気配がなく、残されたわずかな水も、時間をおうごとに減っていくばかりだ。

 枯れ始めた畑は、手入れをしても一向に活力を取り戻せず、村人たちの心には、やりきれない不安の影が落ちた。


 桃源は、村の中心にある一番大きな井戸の中をのぞいて眉をひそめていた。

 異変発生から、犬彦、猿丸、雉乃と共に、里の異変の原因を探ってきたが、決定的な手がかりは見つからない。

 枯れた作物の黒い斑点、病に倒れた家畜、枯れた井戸の水。

 どれも、植物の病害や天候不順では説明がつかなかった。


「皆、正気を保て。原因が分からぬままでは、むやみに動いても混乱を招くだけだ。」


 桃源は、不安でざわつく村人たちに声をかけた。

 しかし、その声の奥には、 焦りが感じられた。

 彼自身も、この不可解な事態に、動揺していたのだ。


「ですが、桃源様。このままでは、水も食料も底をついてしまいます。何か打つ手はないのですか?」


 別の村人が、切羽詰まった声で詰め寄った。

 その顔には、睡眠不足と不安の色が濃く現れた。


「……分かっておる。今、犬彦と猿丸には、周辺の森を調べさせている。雉乃には、空からおかしな兆候がないかを探らせておる。わしも、この井戸の言い伝えを調べてみるつもりだ」


 桃源は、そう言うと、井戸の石枠に刻まれた 古い文字を なぞり始めた。

 それは、この里が建つよりも遥か昔から伝わる、 古い方陣のような文字だという。


 その時、雉乃が 大きな声で鳴きながら桃太郎の元に舞い降りてきた。


「御館様!大変です!鬼ヶ島の方角で、不気味な光が何度も光っています!」


 雉乃の言葉に、周囲の村人たちの間に、再び不安が広がった。

 先日の嵐の夜にも見られた、あの眩しく異様な光。

 それは、この里の異変と何か関係があるのだろうか?


「 詳しく話せ、雉乃」


 桃源は、雉乃に鋭い視線を向けた。


「はい!嵐の 過ぎ去った後も、 時折、鬼ヶ島の上空が怪しげな光に 染まっているのです!まるで、何かが脈打っているかのように……」


 雉乃は、 激しく羽ばたきながら、見た光景を説明した。

 その異様な光は、嵐の夜の雷光とは明らかに異質で、もっと弱いながらも、 常に脈動しているという。


 桃源の顔色が、一層険しくなった。

 鬼ヶ島。かつて、 悪の根源であった場所。

 征伐されたはずの鬼たちの残滓が、再び何かを引き起こしているのだろうか?


「桃様!」


 その時、 犬彦が猿丸と共に、息を切らせて駆け寄ってきた。


「桃様、大変です!森の中で、奇妙な獣を見つけました!」


 犬彦の言葉に、桃源は眉をひそめた。


「 奇妙な獣だと?」


「はい!体は大きく、目は真っ赤に不気味に光り、まるで正気を失ったように暴れていました!私と猿丸で何とか追い払いましたが……」


 犬彦は、興奮した様子で、森の中で遭遇した奇妙な獣の様子を説明した。

 それは、野生の獣とは明らかに異なる、禍々しいオーラを纏っていたという。


 桃源は、犬彦の報告を聞き、確信した。

 里を襲っている異変の原因は、 激しいの嵐の夜に鬼ヶ島で起こった、あの 異様な光と深く関係している。

 そして、その背後には、 前回討伐した鬼たちとは異なる、新たな脅威が存在している可能性が高い。


「皆、聞け!」


 桃源は、不安でざわつく村人たちに向かって、 大声で言った。


「この里を襲っている異変の原因は、 おそらく鬼ヶ島にある!わしは、再び鬼ヶ島へと向かい、その原因を突き止めねばならん!」


 桃源の予想外な言葉に、村人たちさらにざわついた。

 かつて英雄として鬼を退治した桃源とはいえ、再び危険な鬼ヶ島へと向かうという彼の決意に、不安と心配の色が見て取れた。


「桃源様、しかし……それはあまりにも危険すぎます!」


「そうです!もう、 前のような無茶はなさらないでください!」


 村人たちは、桃源を制止しようとした。

 彼らは、桃太郎の勇敢な過去を尊敬しているが、同時に、彼の身の安全を心から案じていた。


 桃源は、不安を訴える村人たちを、静かに見渡した。

 彼らの瞳には、 一抹の不安と、彼への絶対的な信頼が宿っている。


「皆の気持ちはありがたい。だが、この異変を解決できるのは、わししかいない。このまま手をこまねいていれば、里は滅びてしまうだろう」


 桃源は、強い決意を声に込めて言った。

 その眼光は、 前の戦いのそれと変わらず、固い決意を物語っていた。


 犬彦、猿丸、雉乃も、 真剣な眼差しで桃源を見つめた。


「桃様、我々も、再びお供いたします」


 犬彦の低い声には、 変わらない忠誠心が宿っていた。


「ああ、わしらも、あんたの恐れを知らないな姿を見てきたからな。今更、危険だから留守番なんて言えやしねえよ」


 猿丸は、ニヤリと笑いながら言った。


「クケケッ、御館様とご一緒ならば、この老いた翼も、まだまだ早く飛べますぞ!」


 雉乃も、誇らしげに胸を張った。


 桃源は、昔と変わらぬ忠誠心を示す老いた家来たちを見た。

 彼らの固い決意に触れ、桃源の心にも、再び英雄の炎が灯り始めた。


「……分かった。皆と共に、鬼ヶ島へ向かおう。だが、決して無理はするな。わしらは村を守るために戦うのだ!」


 桃源の大声の宣言に、 不安に見守っていた村人たちの目にも、わずかながら希望の光が灯った。

 再び立ち上がった英雄と共に、彼らはこの 不可解な異変に立ち向かうのだ。

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