第28話 守るって決めたからな。力こそパワー!

 数刻後。リミュエールは学園の西棟、資料室の裏庭でセスと向き合っていた。


「……で、俺に協力してほしいってわけか」

 セスは腕を組み、やや渋い顔つきでリミュエールを見た。


「うん。矢を撃った犯人を、絶対に突き止めたい。この前みたいに……セスの水属性の分析魔法なら、きっとできると思って」


「得意ではあるけどな。それなりに条件がある」

 そう言って、セスは腰に下げた魔導スコープを指先で軽く弾いた。


「たとえば解析水視アクア・スキャン。魔力の流れとか、属性の残留痕を可視化できる魔法だ。ただ……この前みたいに、目の前に魔獣がいるケースとは違う。狙撃の瞬間に現場にいなきゃ、痕跡はすぐ薄れる。細かい分析は難しい」


「つまり……誰かが狙われる、その瞬間にセスが居合わせないといけないってこと?」


「ああ。しかも、ただいるだけじゃだめだ。魔力の反応を測定するには、魔法視でピンポイントに捉えてる必要がある。俺の目でな」


 リミュエールは小さく唇を噛む。

「なるほど……」


 セスは目を細め、声を潜めた。

「――どうせ、狙われているのはエアリス王子だろ?」


 その口調には、わずかな不機嫌さが滲んでいた。


「ああ。狙撃の精度とタイミングを考えると……明らかに、エアリスを狙ってた」


「ってことは」

 セスはさらに声を落とす。


「犯人は――第一王子派の可能性が高い。第二王子であるエアリスを狙う理由がある連中ってことだ」


「……なるほど」


 第一王子は側室の子で、第二王子であるエアリスは正室――つまり王妃の子。王位継承を巡って、派閥は二つに割れている。


 今のところ、ちゃらんぽらんで軽薄だと噂されるエアリス王子は、民意の上ではやや不利。


 だが、第一王子の母の実家――男爵家の一派は、王位を狙って動いているという話もある。


「……だから、セスの力が必要なんだ。協力してくれるか?」


 セスの眉が、わずかにひきつった。


「なんでそこまで必死なんだよ。それに……エアリスのそばにいたら、おまえも巻き込まれるかもしれないんだぞ」


「守るって決めたからな。それに、巻き込まれたって――ねじ伏せるだけだ。力こそパワー!」


「…………はあ。ほんと、そういうとこだよな、おまえは」


 セスは頭をがしがしとかきむしり、露骨に顔を背けた。


「なんか怒ってる?」


「別に」


「ヤキモチ?」


「してない!」


 食い気味の即答だったが、視線はそらしたまま。リミュエールは不思議そうに首をかしげたが、深く追及せず、話を切り替えた。


「じゃあ決まりだな! 次も王子が狙われるなら、セスが現場にいれば解析水視アクア・スキャンも使えるってことだ!」


「……ああ。なるべく協力するよ」

 その声は、どこか照れと複雑さがにじんでいたが――


「ありがとう、セス! さっすが俺の幼馴染! 信頼と実績の男!」

 リミュエールは親指を立て、満面の笑みを浮かべる。


「……ほんっと調子いいな、おまえは」

 セスは呆れたように息をついた。


 ふとリミュエールは話題を変えて、気になっていたことを聞いてみる。


「そういえば……フレイアーク家って、イザルナがそんな家の出だって聞いたけど、どんな家なんだ?」


「イザルナ=フレイアークが? ああ、フレイアーク家ってのは、代々、王家直属の護衛騎士団――王衛騎士団グラン・セイバーのトップを務めている家だな」


「なるほど。さすがセス、物知りだな」

 リミュエールは感心したように声を漏らす。


 思い返せば、イザルナがやたらとエアリス王子のそばにいるのも頷ける。

 フレイアーク家が王家直属の護衛騎士団――王衛騎士団グラン・セイバーを率いる名門なら、王子のそばで守るのは彼女イザルナにとって、家の名誉と誇りを背負った当然の務めなのかもしれない。


「うちの父も、セラフィーヌ侯爵家の護衛騎士だ。だから、そういう貴族同士の力関係とか、裏の繋がりには多少詳しいんだよ。平民からのたたき上げだから、王衛騎士団グラン・セイバーとは、地位は比べ物にならないけどな」


「そっか……ありがとうな、セス」


 礼を口にしながら、リミュエールの心に一つの思考が浮かぶ。


(そんな家なら……レオナート先輩にも、エアリス王子に関する事情を聞いてみようか。それに、俺自身も、もっと強くならないとな)


 空を見上げ、ふうっとひと息。


 そして彼女かれは、踵を返して歩き出す。


 向かう先は、古びた倉庫。かつて足を踏み入れた、あの静かな訓練の場だ。


 近づくにつれ、倉庫の中から低く、重い打撃音が響いてきた。


 ──ドン、ドン、ドン。


 拳が何かを叩く、まっすぐでぶれのないリズム。空気に緊張感が混じる。


 リミュエールは足を止め、扉の前で深呼吸する。


 そして、拳を軽く握ってノックした。


「レオナート先輩! ちょっと、相談したいことがあって!」


 返事を待ちながら、リミュエールはまっすぐ前を見据えた。


 その瞳には、次なる戦いのための覚悟が宿っていた。



 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




「相談ってなんだ?」


 鉄の軋む音が訓練場に響くなか、筋トレをこなしていたレオナート=フレイアークが、逆さのままリミュエールに声をかけた。


 リミュエールはベンチプレスマシンの上で、ぎしぎしと軋む鉄のバーを押し上げながら、同級生である第二王子・エアリスが狙撃された事件について、一気にまくし立てる。


 話し終えるころには、二人の呼吸がほぼ揃っていた。


「なるほど……それは、第一王子派が動いた可能性が高いな」


 確信めいたレオナートの声。ダンベルを支えながら、彼は天井を見上げて息をついた。


「実はな、ウチの親父──フレイアーク家の当主は、王衛騎士団グラン・セイバーの将軍なんだ」


「あ、はい。存じ上げているぞ」


 リミュエールは片手で汗を拭いながら応じる。


「だから俺、小さいころから第一王子と第二王子には面識がある。まあ、幼馴染みたいなもんだな」


「……じゃあさ、聞いてもいいか? エアリス王子って、どんな人だ?」


 唐突な問いに、レオナートは逆立ちをほどき、静かに着地した。ストレッチ代わりに首を回しながら、彼はしばし考え込む。


「……お前からは、どう見える?」


 乙女ゲームならここで選択肢が出るな、などと思いつつ、リミュエールは言葉を慎重に選んだ。


「そうだな……ちゃらんぽらんとか、風見鶏みたいで頼りないって噂もあるけど、本当は頭が切れる。魔法の腕も相当だと思う」


 魔力測定で数値を抑えていたことや、首席なのに入学式の挨拶を辞退したことは、本人の意向を尊重して黙っておいた。


 レオナートはふむ、と頷き、プレートを片付けながら言った。


「よく見てるな。正直、驚いた。有象無象の貴族令嬢とは違うらしい」


「そりゃ、有象無象の貴族令嬢なら、こんな場所で筋トレしないだろうな」


「はは、確かに!」


 二人は笑いながら、それぞれのトレーニングへと戻っていく。


 リミュエールはプッシュアップバーを握り、再び体を起こし始めた。


「っく……いち、に……さんっ……」


 華奢な腕に汗が浮き、こめかみを伝って落ちる。呼吸は荒くとも、目の奥には強い意志が宿っていた。


「お前……ほんとにやるんだな。しかも、続けてる」


 レオナートはサンドバッグを打ちながら、ふと呟く。


「エアリスが軽く振る舞ってるのも、兄貴の派閥に睨まれないための処世術だ。あいつはそういうやつだ」


「第一王子に……?」


「ああ」


 拳を止め、レオナートの顔が引き締まる。


 兄弟間で命のやり取りがあるかもしれない。リミュエールは背筋をぞくりとさせた。


「俺は卒業したら、父と同じ王衛騎士団グラン・セイバーに入るつもりだ。エアリス王子を……いや、王族を守ってみせる」


 その言葉には、鍛えられた拳のような重みがあった。


「実はな、昔の鍛錬部ガーディアン・フォージには伝統があった。卒業生の多くが王衛騎士団グラン・セイバーに入隊してたし、推薦枠もあった。『鍛錬部ガーディアン・フォージ出身』って肩書きは、それだけで力を持ってた」


「なのに、なんで今はこんなに人いないんだ?」


 疑問を口にしたそのときだった。


 カシャン、と扉の金具が鳴る音。


 そして、颯爽と現れたのは一人の少女だった。


「……お兄様」


 燃えるような紅の髪をきっちりと結い上げ、制服の皺ひとつない立ち姿。炎属性特有の芯の強さを漂わせた空気を纏い、冷ややかな瞳が鋭く室内を見渡す。


 イザルナ=フレイアークは、まるでこの場所に汗や埃など存在しないかのような雰囲気をまとっていた。


「部活の件で、話があるの」


「おう。こっちも話したいことがある」

 レオナートの声には、さきほどまでにはなかった硬さが混じっていた。


 新たな火種の匂いに、リミュエールの背中がじわりと汗ばむ。



 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




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