第30話 お前はほんと、止まらないな
昼休み。学園中央広場は、明るい陽射しと賑やかな笑い声に包まれていた。
制服姿の生徒たちが談笑し、魔法光球が花壇の上をふわふわと漂っている。まるで夢のように穏やかな時間――。
だが、その中に異質な熱気が生まれようとしていた。
「よし、準備は万全だ!」
リミュエールは制服姿のまま、中央広場の一角に立つ。令嬢らしからぬポニーテールが風にふわりと揺れ、決意に満ちた瞳を輝かせていた。
視線の先には、頼れる筋肉先輩――レオナートがいる。
「先輩! 本当にやってくれるのか……?」
「まったく……お前の無茶ぶりには慣れたさ」
呆れたように眉を下げながらも、どこか楽しげに笑うレオナート。ゆっくりと肩まで持ち上げるバーベルの動きに合わせて、隆起する筋肉が力強く躍動する。
「
レオナートは制服のジャケットを脱ぎ、袖をたくし上げる。陽光を浴びて輝く上腕二頭筋に、周囲の生徒たちの視線が釘付けになった。
リミュエールは深呼吸し、雷属性の魔力を指先に集める。
声が広場いっぱいに響き渡る。
「見よ! これが
ざわめきが広がる。女子たちの目が輝き、男子たちは思わず息を呑む。
「まじかよ……!」
「なんでこんなところで筋トレを……」
「でも……あの筋肉……!」
レオナートは涼しげな顔のまま、バーベルを軽々と持ち上げ続ける。薄く光る汗と、制服の白シャツに浮かぶしなやかな筋肉。見る者を圧倒する美しさがあった。
「よし、リミュエール! 次はどうする!」
「この勢いで演説だッ!」
リミュエールはにかっと笑い、雷光をまとった指先を天に掲げる。
「
熱い言葉が、まるで鼓動のように広場を揺らした。
「……ったく。仕方ねーな」
レオナートは苦笑しながらも、さらに力を込める。バーベルが音を立てて持ち上がるたびに、周囲の歓声が一段と高まる。
レオナート先輩――なかなかのイケメンマッチョ。略してイケマッチョ。
言葉でなく、筋肉で語る。それがリミュエールの考えた策だった。
「お、おい……これ……昨日よりはいいリアクションなんじゃないのか……?」
リミュエールは胸を高鳴らせ、目を輝かせながら広場を見渡した。確かに――昨日の演説会のときとは、空気が違う。
(これなら、きっと……
夕陽を浴びて輝く筋肉美。そこに確かにあったのは、仲間と共に進むための第一歩の光だった――。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
──しかし、現実はそう甘くない。
「いち、にっ……さんっ!」
リミュエールは、倉庫の中央に置かれたベンチ台でダンベルを上下させる。隣では、レオナート先輩が無言でスクワット。二人だけの呼吸と動きが、黙々と続いていた。
「ふっ……今日もいい汗だな……!」
「お前はどこまで筋肉に人生を捧げる気だ……」
呆れ顔のレオナートだが、その声に疲れは見えない。むしろ、リミュエールに釣られるように呼吸はますます力強くなる。
だが──。
「……誰も来ないな」
しん、と倉庫に静寂が落ちる。
昨日も一昨日も、あれだけ広場で筋肉をアピールしたのに、部室の扉を開ける者は誰一人いなかった。
「ま、まあ……現実は甘くない、ってやつだよな」
リミュエールは小さく笑い、ダンベルを上げる。汗が頬を伝い、制服の襟にしみ込む。
大部分の生徒は、もう入る部活を決めてしまったのかもしれない……そんな不安が、心の隅でひそやかに広がる。
二人だけのこの空間。けれど、諦める気はなかった。どんな作戦がいいか、策をめぐらせる。
(いっそ、どこかの部に「頼もー!」して、勝ったらうちの部に転部してもらうとか……)
ふと浮かぶ冗談のような作戦案に、リミュエールは小さく笑う。
──そのとき。
「……ん?」
扉がきぃ、と軋む音を立てて開いた。
「……失礼します!」
小さな倉庫に入ってきたのは、三人の男子生徒。緊張した面持ちで辺りを見渡す。体格は中肉中背。まだ若いその筋肉は、これからいくらでも鍛えられるはずだ。
「ここが……
「うお、ガチで倉庫じゃん……!」
リミュエールとレオナートは顔を見合わせ、同時にガッツポーズを取った。
「来たな……! ついに入部希望者が……!」
「落ち着け。まだ見学だ、本入部が決まったわけじゃない」
嬉しそうに目を輝かせるリミュエールに、レオナートは小声で呆れ顔を見せる。けれど、視線はどこか優しい。
「ここが
「ありがとう! ……ちなみに、みんなはレオナート先輩の筋トレを見て来てくれたんだな?」
「……え? いや、その……」
三人は目をそらし、もごもごと言葉を濁す。リミュエールは首をかしげた。
「もしかして、鍛えるんじゃなくて……見たくて?」
筋肉を鍛えたいのではなく、ただ見たいだけなのか? それでも部員としてカウントしていいのか――リミュエールは一瞬考え込む。
「ええっと……違います! いや、違わないけど……!」
何かを隠しているような三人の様子に、リミュエールは首を傾げる。けれど、まぁいいかと気を取り直した。
「いいだろう! 理由はどうあれ、来てくれたなら大歓迎だ!」
レオナートは、何かを悟ったように静かに笑う。
「じゃあ、さっそく筋トレするか!」
「……んー、まずは自己紹介な」
広がる空気に、ほんの少しの笑顔が咲いた。
三人の男子たちは、お互いに目を見合わせては小さくうなずき、順番に前へと歩み出た。ちらちらとリミュエールを見ながら、どこか頬を赤らめている。
レオナートはそんな様子を見て、不思議に思いながらも、まぁいいかと肩をすくめるように笑った。
まず口火を切ったのは、明るい栗色の髪を短く整えた少年。瞳は落ち着いた土色で、土属性を感じさせる。
「1年のヒューゴ=セリスです! 土属性で……実家は大商人の家で、どうしても体を鍛えたいと思って……!」
元気の良い声だが、その腕は華奢で、まだまだ鍛えがいがありそうだ。
リミュエールがにこっと微笑むと、ヒューゴは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
次に出たのは、小柄で緑がかった髪を肩まで伸ばした少年。草属性の使い手らしく、瞳は葉のような深い緑色。
声は控えめだが、しっかりと前を見据えていた。
「1年のノヴァ=ロッシュです。草属性で……父は男爵家の騎士です。自分も、
細い二の腕をそっと握りながら言うノヴァ。
時折リミュエールをちらりと見ては、はっとして視線を下げる。
レオナートはその様子を見て、呆れながらも小さく笑った。
最後に出てきたのは、長身で風にそよぐような淡い銀髪を持つ少年。
風属性を象徴するように、瞳は透き通るような青緑色をしていた。
「1年のロイ=エスパーダです。風属性です。俺は男爵家の次男坊なんだけど……
余裕の笑みを浮かべつつも、シャツの下に見える胸板はまだまだ心もとない。
ロイもまた、リミュエールをちらっと見やり、すぐに目を逸らした。
けれど、リミュエールはそんな視線にまるで気づかないで、明るい笑みを浮かべた。
「ありがとう、みんな! 理由はどうあれ、来てくれたのなら一緒に鍛えよう!」
三人はほっとしたように、同時にうなずく。
「……それにしても、レオナート先輩はすごいな。やっぱりその上腕二頭筋に、男子ならあこがれるんだろうな」
リミュエールはうんうんとうなずきながら、尊敬のまなざしでレオナートを見つめた。
筋トレ風景を見せる――そんな真っ向勝負の作戦が、ついに功を奏したのだ。
しかし、当のレオナート先輩は、どや顔をするでもなく「それ、まじで言ってんのか?」みたいな顔をしていた。
「……まぁ、部が存続できるなら、なんでもいいか」
レオナートは苦笑しながらも、その目には頼もしさと、ほんの少しの楽しさがにじんでいた。
新たな仲間を迎え、倉庫には小さな熱気が生まれる。
──しかし、現実問題があった。
「3人も新入部員が増えたら……この倉庫、ちょっと狭いよな。それに、器具は足りていても、場所がない」
レオナートが周囲を見渡しながらぼそっと呟く。確かに、古びた器具に囲まれた空間は、二人ならまだしも五人では手狭だ。
「……よし、行こう!」
「え?」
「生徒会執行部に行く! 正式な部として認めてもらうために、部室の割り当ても要求しよう!」
リミュエールは制服姿のまま、勢いよく拳を握りしめる。
頬を汗で光らせたその横顔は、夕陽に照らされてなお美しく、凛とした瞳は自信と情熱に満ちていた。
レオナートは小さく溜息をつきながらも、思わず口元を緩める。
「お前なぁ……まだ見学だぞ……?」
けれど、リミュエールは勢いを止めない。
真っ直ぐな瞳を輝かせて、男子三人に問いかける。
「問題ない! 君たち、入部するよな!?」
その迫力と美貌に、三人の男子は顔を見合わせては、たじろぐようにそろってうなずいた。
「え、あ、はい……!」
レオナートは呆れたように笑いながらも、その瞳にはどこか楽しげな光があった。
「……はぁ。しょうがねぇ奴だな」
──こうして、
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
お読みいただきありがとうございます♪
リミュエール目当ての男子生徒が入ってきて、着々と逆ハーレムが形成されつつあります。
続きが気になると思っていただけたら、ぜひ応援♡もしくは評価⭐︎をポチッとよろしくお願いします!
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