第26話 鍛錬部って、正式な部活じゃないのか?

 音楽魔奏団エコーズ・オブ・ルーンの部室には、夕暮れの光がゆっくりと差し込んでいた。


 セスとリミュエールは並んで座り、しばしの沈黙を共有していた。


 すれ違いも誤解もすべて笑いで吹き飛び、肩に乗っていた妙な気まずさは、もうどこにもなかった。


「……入ることにしたんだ、ここ」


 セスがぽつりと口にした。


「ん?」


音楽魔奏団エコーズ・オブ・ルーン。俺、ここに入部する」


 その目は真剣で、揺らぎがなかった。


「へえ。……似合ってると思う」


 リミュエールは素直にそう返した。


 けれど同時に、自分がその輪の中にいる姿はどうしても想像できなかった。


「自分には無理だな。音痴だし、音感もないし」


 音楽のステータス、多分一桁。芸術も一桁。

 筋肉だけは、三桁あると思うけど——そう、リミュエールは心の中で呟いた。


「……否定はしない」


「だよなー」


 肩をすくめて笑い合う二人。

 やがて、上級生たちが倉庫へ楽器を運び始めるのを見て、セスが静かに手を挙げた。


「楽器をお借りした御礼に、運ばせてください。重たいのも、大丈夫です」


「あら、助かるわ。ありがとう」


 上級生から楽器を受け取ったセスが礼儀正しく頭を下げると、その様子を見ていたリミュエールも一歩前へ出る。


「私も運ぶよ。セスの演奏、すごかったし……そのお礼」


「大丈夫?」


「任せて。力だけは自信ある」


 そう言って、リミュエールは一際大きな楽器ケースをひょいと持ち上げた。


「………………」


 部室が静まり返る。

 リミュエールは、渾身のどや顔を見せた。


「え、すご……」

「なんで片手で持ち上がるの?」


 ぽつぽつと上級生の声が漏れる中、ひとりの女子生徒が驚きのあまりよろめいた。


「わっ……!」


 リミュエールは咄嗟に片手で楽器を抱えたまま、もう片方の手でその女子を支える。


「大丈夫か?」


「は、はい……! ありがとう……!」


 耳まで真っ赤になった女子生徒。リミュエールは、よし、と女子生徒の楽器を優しく奪い取る。


「!?」


 そのまま、2つの楽器を軽々と抱えて倉庫へと歩き出した。


 倉庫は講堂裏手の細い通路を抜けた先にいくつか並んでいた。

 木製の扉を開けると、中は薄暗く、楽器が丁寧に並べられている。


 リミュエールとセスは、上級生の指示どおり、協力してケースを定位置に収めた。


「ふう……終わったな」


「うん。ありがと、手伝ってくれて。その……すごい力持ちなのね」


 上級生が感謝の声をかけてくる。


 セスが安堵の笑みを浮かべた、そのとき――


 ドン……ドン……。


 静まり返った音楽魔奏団の部屋に、重たく鈍い音が響いた。

 何かを打ちつけるような衝撃音。間を置いて、また。


 ダンッ、ダンッ……。


「……ん?」


 セスが眉をひそめ、音のする方へ目をやる。


「なんだろ……?」


 リミュエールも同じく顔を上げる。

 音は、すぐ隣の倉庫から聞こえてきていた。


「隣の倉庫かな……?」


 彼女は一歩前へ出た。

 耳をすませば、低く抑えた数え声と、激しい息遣いが聞こえる。


 ――いち、に、さん。


 ――ふんっ、ふんっ!


 聞き覚えが嫌というほどある。いや、忘れようにも忘れられないリズムだ。


(これは……筋トレのリズムッ!?)


 リミュエールの目がカッと見開かれる。


 倉庫の扉の前に立ち、ふと目を上げた。


 そこには、風に揺れるように古びた木札がぶら下がっていた。

 木目はすでにかすれていたが、かろうじて読み取れる文字。


 『――鍛錬部ガーディアン・フォージ


(ここに……筋肉の匂いがするッ!)




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




「先輩、ここは……?」


鍛錬部ガーディアン・フォージね。たしか、体を鍛える部活だったと思うわ」


 上級生の女子がさらりと答える。

 鍛錬部ガーディアン・フォージ――それは読んで字のごとく、筋肉を育てるための部活動らしい。


「でも、部活紹介冊子には載ってなかったような……」


「たぶん、正式な部活動じゃないのよ」


 そう言って、彼女は指先でくるりと円を描いた。

 空中に水の輪が浮かび、その中心に淡く光る針が現れる。

 水属性の時刻魔法。実用的で、小回りの利く便利魔法の代表格だ。


「あら、もうこんな時間。私は音楽魔奏団エコーズ・オブ・ルーンに戻るわ。セス君も、今日はもう帰って大丈夫よ」


 彼女はセスに向き直り、にっこり微笑んだ。


「明日からの活動、よろしくね。新しいメンバー、大歓迎よ」


 手を振って、軽やかに踵を返す。

 廊下に残る沈黙――それをかき消すように、規則正しい打撃音が鳴り続けていた。


「……」


 まるで忘れ去られたような倉庫の一角。

 そこには確かに、鉄と汗のリズムが脈打っていた。


「……気になるのか?」

 セスが呆れたように尋ね、わざとらしくため息をついた。


「うん。気になる」

 リミュエールは、音に吸い寄せられるように扉へ向かっていく。


 ──ガチャ。


 そっと扉を開けると、薄暗い倉庫の奥。

 ひとりの男が、黙々と動いていた。


 赤髪は汗に濡れ、鍛え上げられた肩と背中が力強く波打っている。

 ベンチプレス台に仰向けになり、無骨な鉄のバーベルを静かに持ち上げていた。


「…………」

 リミュエールは息をのむ。


(こんなところに……同士が!)


 男はこちらに気づくと、バーベルをラックに戻し、タオルで首筋を拭いながら立ち上がった。

 太い上腕二頭筋に、逆三角形のフォルム。

 転生前の剛田バルクに勝るとも劣らない肉体だった。


「……新入生か?」


 低く響く声。

 その鋭い視線に、リミュエールは思わず背筋を伸ばす。


「えっ、あ、はい! リミュエール=セラフィーヌです!」


「セス・グランティールです」

 リミュエールの後ろから、セスも丁寧に頭を下げる。


「――ああ、入学式で挨拶していた、首席の」


「……次席ですけど……。えっと、先輩は?」


 セスは苦虫を嚙み潰したような顔で、でもきちんと訂正した。

 そこが彼の律儀なところだ。


「レオナート=フレイアーク。鍛錬部ガーディアン・フォージ、唯一の部員だ」


(フレイアーク……どこかで聞いたような……)


 確かに聞き覚えはあるが、思い出せない。貴族の家名であることは間違いないだろう。


「あの……鍛錬部ガーディアン・フォージって、部活紹介冊子には載ってなかった気がするんですが……?」


 リミュエールの問いに、レオナートは静かに口を開いた。


「三年前、部員が減って自然解散した。俺ひとりになってからは、こうして細々と自主活動をしてるだけだ」


「ひとりで……なんで?」


 その問いに、彼は一瞬だけ目を伏せる。


「戦いの形が変わってきてるんだ。魔法道具、属性兵装、戦術演武……鍛錬だけじゃ、もはや古いと笑われる時代さ。

 今は、もっとスタイリッシュで、見栄えのする戦い方が求められてる」


 言葉には、どこか諦めをにじませた色があった。


「そんな……」


「この部は、俺が卒業したら消える。……それでいいのかもしれない」


 静かに落とされた一言が、妙に胸に残った。


 だが次の瞬間、リミュエールの目に再び光が宿る。


「入れてください! 私、ここ入りたいです!」


「……は?」


「筋肉、鍛えたいんだ! 魔法がどうとかより、まず基本は筋肉から!

 根っこがしっかりしてれば、応用も効く! そっちの方が本物って、俺は信じてる!」


 勢いよくまくし立てるリミュエールに、レオナートは目を瞬かせた。


「……だが、今の鍛錬部ガーディアン・フォージは廃部扱いだ。正式な部活として認められるには、最低五人の部員が必要なんだ」


「じゃあ、あと三人見つければいいんだな? セス――!」


「……ごめん、俺は音楽魔奏団エコーズ・オブ・ルーンに入るから。

 ……って、本気で入るつもりなのか? 鍛錬部ガーディアン・フォージに……?」


 セスは困惑した様子で問い返す。


 リミュエールはがくりとうなだれる。

 だが、すぐに拳をぎゅっと握りしめる。


「それでも、諦めない! 入部させてください!」


 その言葉に、レオナートは一瞬だけ目を見開いた。

 そして――口元をわずかに緩める。


「……よく見れば、なかなかの筋肉してるじゃねーか。その腕、引き締まってやがる。……いいぞ。今日からよろしくな!」


 にかっと、太陽のように明るく笑った。


 そして――がっちりと握手する。


「……脳筋がふたり」


 セスがぼそっとつぶやいた。


「脳筋で何が悪い!」


「いいじゃないか。脳が筋肉なら、きっとよく動くぞ!」


 セスの皮肉なんて、はははと笑って吹き飛ばす。

 レオナートは、リミュエールと同じく、筋肉にすべてを賭ける同志だった。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 お読みいただき、ありがとうございます!

 脳筋と脳筋の邂逅。


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