第4話 バレンタイン・チョコは誰のため?

七海5年生、僕6年生


2月13日、夜──


七海が台所で、なにやらゴソゴソやっていた。

夜遅くに。


お母さんと一緒に何かを作っていた。


ああ、そうか…。


明日はバレンタイン・デーか。


好きな男の子に手作りチョコを作ってるのか。


別に、好きな男の子がいても、おかしくないか。


もう5年生だもんな…。


僕はなんだか寂しく思った。


ずっと僕の後をくっついてきてたじゃないか…。


それがいつの間にか、好きな男ができたのか…。


僕は、大切なものを誰かに盗られるような気持ちになった。


台所から、お母さんと七海の「キャッキャッ」いう声が聞こえてきた。


二人は一緒にお菓子作りをしている。


お母さんは、七海を実の娘のように接していた。


実に楽しそうだ。


まったくおもしろくない。


お母さんもお母さんだ。


七海のチョコ作りに協力するなんて!


親バカもいいところだ!


あー、なんかムカつくな。


でも、まあ…


明日、僕もたぶん誰かからチョコをもらえるだろう。


実は、僕は意外とモテるんだ。


毎年、誰かがチョコをくれる。

だいたい、2、3個もらう。毎年。


クラスの女子の誰かが、僕にチョコをくれるんだ。


だから、七海が誰かにチョコを渡したって平気さ。


でも、でも…


毎年、誰か女の子からチョコをもらっても、僕は誰かに心が惹かれることはなかった。


だって、僕は七海が好きなんだから。


もう僕は自分の気持ちを自覚していたんだ。


あの夏の日に、七海が倒れた日から。


小さい時からなんとなく可愛いと思っていた気持ちが…

いつのまにか……


僕は、一人の女の子として七海を見るようになっていたんだ。


それは七海があまりにも可愛く成長していったから。


七海以上に可愛いと思える子は出てこかった。


なにしろ、あのアイドル「神崎まりな」に似て、とびっきり可愛いんだから。


その妹が、男に渡すチョコを作っているのか。


ちっきしょー!!


誰だ! 七海の心を盗んだヤツは!


僕は悶々としていた。


バレンタイン前に受験が終わってて、本当によかったよ。


僕は少し前に中学受験を終えたんだ。


そして、晴れて合格した!


県でトップレベルの私立の中高一貫校に!


まあ、これが受験前だったら、心穏やかにいられなかっただろうな。


だから、よかったよ。


バレンタイン・デーが受験の後で。


そして、今、


イライライラ…


……


……


この夜、

おもしろくなかったから、僕はさっさと寝た。


◆◆


翌日──


七海と僕とお母さん、3人で朝食をとっていた。


今朝は、お父さんは夜勤でいない。


七海「はい。これ。あげる。お兄ちゃんに」


英慈「えっ?」


きれいにラッピングされた箱を渡された。


英慈「これって、もしかして…」


七海「チョコだよ」


母「もう、昨日、七ちゃんに急に『バレンタインのチョコ作るの手伝って』って、言われて、たいへんだったんだからねー」


お母さんは、なんだか嬉しそうだった。


英慈「えっ?!」


七海「そ…そうだよ。日頃の感謝を込めて」


英慈「おまえ、誰かクラスの男に渡すんじゃないの?」


七海「えー! そんなわけないじゃん!

クラスになんか、好きな人なんていないよ。あんなガキみたいな男たち」


英慈「あっ、そうなんだ…」


僕はホッとした。


ふと見ると、七海の足元に紙袋が置いてあった。


英慈「ん? この紙袋はなんだよ?

なんか、大量に入ってるぞ」


七海「もー、お兄ちゃん、見ないでよ。

これは友チョコだよ」


英慈「友チョコ?」


七海「えー、知らないの?

今、友達同士で交換し合うのが流行ってるんだよ。

だから、同じグループの友達みんなに作ったんだ」


母「もー、そうなのよ〜。

友達6人分とお父さんと英慈の分。

昨日は大変だったんだから。本当に!」


母「今の子は女友達にチョコなんてあげるのねぇ〜。

私達の時代は好きな男の子にだけあげたけどね。

時代は変わったのね。

ホント、つきあわされて、大変だったんだから〜」


と、グチっていたが、


お母さんはニコニコ笑っていた。


娘と一緒にチョコを作る体験ができて、うれしかったのだろう。


僕じゃ代わりはできないもんな。


もはや、お母さんは、七海がお父さんの隠し子だということなど、忘れていたのだろう。


どうでもよくなっていたんだ。


お母さんは本当に偉い。


愛情深い人だ。


「マザー・テレサみたいだ」と、つくづく思う。


七海「ごめーん。お母さん、ありがとう」


母「でも、日頃の感謝の気持ちをチョコで伝えるって、いいわね。七ちゃん」


七海「うん! お父さん、毎日、家族のために、仕事がんばってるもん。

お兄ちゃんには、宿題手伝ってもらってるしね。いつも」


母「七ちゃん…」


お母さんはジーンときていた。


七海がいい子に育ってくれて、うれしかったに違いない。


英慈「まあ、そういうことなら、ありがたく受けとってやるよ」


七海「あー、なに。その言い方!

作るの大変だったんだからねー!」


プンプンしてる。

その顔もかわいいな…。


それでもって、僕は、

この時、七海が好きな男にチョコを作ってたんじゃなかったんだ…と、わかってホッとしたんだ。


七海は朝ごはんを食べ終わった。


七海「今日は早く学校に行くから。

お兄ちゃん、先行くね」


英慈「そうか…」


七海「じゃあ、いってきます!」


母「いってらっしゃい」


七海はパンパンに膨らんだ紙袋を持って、一人で学校に出発した。

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