第10話 桃太郎、玉手箱を開ける

 そのほこらに、そっと俺は近づく。ある場所を境に空気がピーンと張りつめる、まるで聖域に入ったような感じた。これは、何処かで感じたものに似ていた。


 どこだったかな? 何度も感じた空気だ。


 ふと、ブッちゃんの顔が頭を過る。いつも、転生前にブッちゃんと話していた空間に似ていた。もしかして、神の領域なのだろうか。


 祠の前まで行くと、それの強さが一段と増す。トイプルとインドクも一緒に付いてきていたが、ヒデだけがその境から入ってこなかった。余程、神気が嫌らしい。境界を四つん這いになってウロウロとしていた。

 トイプルとインドクは祠の周りをじっくりと確認していく。俺は祠の正面、格子の扉の中をそっと覗き込んだ。


「インドク、トイプル。中を覗き込んでみろ。何かあるぞ」


 うす暗くて分かりづらかったが、中には平たい箱が置いてあるのが、ぼんやりと見える。俺はトイプルとインドクを両脇に抱えるように持ち上げ、中を覗かせる。中には、そう、玉手箱のようなものだ。


「ああ、あれですね」と覗き込んだインドクが言った。トイプルは俺の右脇で、クリクリな黒瞳を輝かせ、尾をパタパタと振り出した。きっと嬉しいのだろう。


 か、可愛い……。否、今はそんな事を想っている場合じゃない。


「この扉を開けても大丈夫なのだろうか?」


 格子扉を触りたいのを俺は、グッと我慢した。神聖な場所らしいから、勝手に開けて良いものか、迷ったからだ。2回前ぐらいの転生した時に、毒が塗ってあるとは知らずに、宝が入っているであろう箱に触って、のたうち回りそのまま、ブッちゃんの所に戻された記憶があった。


「勝手に開けられないようになっています」


 トイプルは何か感じ取ったらしく、頭を横に振りチリンと首の鈴を鳴らし、真剣な面持ちで言った。やっぱり、すんなり開けさせてはくれないようだ。


「そうですね。結界が張ってあります」


 結界……そんなものが張ってあるのか。じゃあ、どうすればいいんだ?


 トイプルとインドクをそっと地面に降ろすと、インドクが「トイプル殿、どうですか? 結界を消せそうですか?」とトイプルに確認する。トイプルが地面スレスレに鼻を近づけ、祠の周りを回った。


「出来そうです。インドクさん、やってみます」とまたチリンと首の鈴を鳴らした。桃太郎様、お願いがございます」

「ああ、どうぞ」


 トイプルのお願いがなんとなく理解できた。言われる前にきび団子を風呂敷から取り出す。それを見てトリプルは、クリクリな目を一段と丸くし、驚いているようだった。大体何かしようとする時は、きび団子が必要なんだろうと、分かってきた。かぐや婆さんは一体どんな『まじない』をきび団子にかけたのだろうか。本当に万能なきび団子だ。


 トイプルは、三口ほどできび団子を食べきった。すると、トイプルの首の鈴が白い玉のように光り出し、その玉は2メートルほど宙に浮いた。


「シャリン!」


 数個の鈴の音が一度に鳴ったかと思うと、光が消え神楽鈴が出てくる。トイプルは宙に浮いている神楽鈴をジャンプして咥えると、そのまま以前見たことのある飛んだりしゃがんだりした動きをしていた。


 シャリン、シャリン、シャリン、シャリン、シャシャンシャンシャン――

 シャリン、シャリン、シャリン、シャリン、シャシャンシャンシャン――


 すると、祠の周りの地面から光が溢れだす。青白く光りと共に魔法陣が出現し、祠自体が光に包まれた。眩しくて腕で光を遮り俺は目を凝らし見つめる。暫くすると、光が落ち着き消えていき、また薄暗くなった。しかし、先程の張り詰めた空気のような感覚は無い。


「桃太郎様、結界は無くなりました。これで扉を開けても大丈夫です」


 俺はそっと格子扉を手前に引く。キィーッと音がし、扉が開いた。玉手箱はずっしりと存在感を出し、そこにある。そしてその奥には琵琶を持っている木で出来た女神像があった。これは転生した時にも何度か見たことがある。


 俺はその両手でそっと玉手箱を持ち上げ取り出す。結構、ずっしりくる重さだ。木製で出来ているのだろう。漆で表面を黒く塗り重ねてあり、艶がある。蓋が外れないように紐が括りつけてあった。ゆっくり、ゆっくりと二、三歩下がりそっと地面に置いた。


「これが……玉手箱ですね」


 俺、トイプル、インドクでじっくりと玉手箱を眺めた。俺は、ゴクリと固唾を呑みこみ、そっと紐をほどく。ヒデが気になり傍まで来て一緒に見ていた。皆がそろった所で、「よし……開けるぞ……」と蓋をそっと開けた。


 中から白い煙がもくもくと立ち上がり、俺以外の三匹を包み込んだ。俺は慌てて蓋を地面に置く。


「キー! な、なんだ。これは! やめろ! 周りが見えん!」


 ヒデが短長い手を振り回し、煙を退かそうとしていた。けれど、物凄い量の煙で全く消える気配がない。暫く黙々と玉手箱から煙が出ていたが、ぱたんと蓋が勝手に閉じた。


  煙が次第に消えていく。俺は目を見開き驚いた。

 目の前には、白い小袖に緋の袴の巫女装束を身に纏った黒髪の女性と、布を身に纏った少し日焼けをした僧侶らしき人物が立っていた。そして、もう一人着物を崩して着ているガラの悪そうな男が一人立っている。


「巫女はトイプルだよな。多分、着物を着た男がヒデ……その、もう一人はインドクか?」


 呆気に取られている俺に対して、トイプルは子犬が飛びつくように俺に抱き着いて来た。


「ああ! やっと元の体に戻れました。桃太郎さん、ありがとうございます!」

「え? あ、ああ、いや……は、はい」


 トイプルが可愛い。透き通るような白い肌に長めの黒髪。純日本人だ。そんな可愛い子に抱き着かれて俺はどう、対応したらいいのか分らず、体が石のように固くなった。

 

「これ、トイプル殿。桃太郎殿が固まっているではないか?」


 インドクの一言で、トリプルは「あ、ごめんなさい!」と言って俺から離れてくれた。俺の心臓はドキドキと激しく打っている。余りにも早鐘を打つ心臓に、息が止まるかと思った。否、実際止まっていたかもしれない。


 犬になっていた時ならともかく、人間の姿で抱き着かれるとやはり、少々照れる……。しかも、こんなに別嬪さんだと、なおさらだ。


「おい! 太郎! 鼻の下、のばしてんじゃねえ!!」

「の、伸ばしてねえよ! そんな事があるわけがない……」


 ヒデは人間に戻れたというのに、どうしたか機嫌が悪い。 


「くそっ! どうしてくれるんだよ、俺まで人間になっちまったじゃねえか!」


 どうやら、人間に戻りたくなかったらしい。本来の姿に戻れたのだから、喜ばしい事だと思ったが、こうして、ヒデを見ると、やはり木下の藤ちゃんのようにしか見えない。会ったことはないが。


「呪いはこれで解けたのか?」

「はい! 完璧です! ほら、見てください、神楽鈴を。元の大きさのままです。もう、きび団子を食べなくても良いんですよ。犬のまま、鈴を使おうとするときび団子の食べ過ぎで太るかと心配してたんです! 良かったあ」


 トイプルは、そんな心配をしていたのか。その細身ならもう少し太った方が良いような……あ、いかんいかん、変な事を考える所だった。

 俺は邪念を頭から追い出すために、頭を横に振った。これで、追い出せるなら問題ないが、追い出せるわけがない。


 なんか、気が抜けるなあ……。


「桃太郎様。この玉手箱、どうしますか? いらないのなら、私が貰っても良いですか?」


 トイプルはどこから出して来たのか分らないが、もうすでに風呂敷に包み込んでいた。


「インドク。あれ、勝手に持って持ち出してもいいのか?」

「さあ? どうでしょう? しかし、結界を解いたのはトイプル殿ですし、問題があればまた元に戻しに来ればいいと思います」

「じゃあ、使い道が終わったら元に戻しに来ます。それで良いじゃないですか?」


 そんな安易な気持ちで良いのだろうか、と思ってしまった。トイプルは一体玉手箱を何に使うのだろうか。


「あれ? まだ中に何かありますよ」とトイプルが、琵琶を持つ木製の女神像を取り出した。

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