第8話 戦闘訓練と美味しい料理
「ん、朝か……」
カーテン越しに差し込む朝日が眩しくて目が覚める。
窓を開けて背伸びをすれば、風がふわりと頬をなでた。
鳥のさえずり、草木の香り。
気持ちの良い良い朝だ。
ふと振り返ると、布団の中では千夜がまだ眠っていた。
すぅ、すぅ、と静かな寝息。
その白くて柔らかそうな頬を、つい……
「……触りてぇ」
理性が抵抗する間もなく、手が動いていた。
ぷに、ぷに──
「ふふ……かわいい」
「んぅ……そろそろ怒るわよ?」
「はは、悪ぃ悪ぃ。おはよう」
「おはよう……いい朝ね」
朝食は、千夜のリクエストでエッグトーストとオニオンスープ。
焼きたてのパンにとろける卵、スープからはじんわりとした甘みと香ばしさ。
千夜はぱくりと頬張ると、幸せそうに目を細めた。
「ん……おいしい……」
その表情を見るだけで、作ったかいがあるってもんだ。
自然と、俺にも笑みがこぼれた。
食後、今日は街へは出ず、庭へと向かう。
今日は久々の戦闘訓練だ。
数日前、千夜が「そろそろ身体を動かしたいわね」と言ったことがきっかけだった。
俺自身も、感覚が鈍るのは嫌だったので、丁度いい機会だ。
庭で軽く準備運動を終えると、互いに距離を取り、構えた。
「よし、始めるぞ」
「先手を譲ってあげる。……どうぞ?」
返事が終わったとたん、地を蹴る。
一瞬で距離を詰め、殴りと蹴りを連続で繰り出す。
だが俺の攻撃をすべて、最低限の動きでいなされる。
アッパーを放ったその隙を突かれ、みぞおちに鋭い一撃。
のけぞった俺に、連撃が降りかかる。
正中線を狙った攻撃、いなした瞬間に滑り込む追撃。
まるで流れる水のような連携。
──美しい。
彼女の戦い方は、ただ強いだけじゃない。
視線の運び、ステップ、攻撃のリズム。
全てに意味があり、全てが次の布石になっている。
彼女は、今素手で戦っている。
それなのにここまでの差がある。
本来、彼女は血魔法を操る中長距離の戦闘が本領のはず。
魔法を縛ってこれだ。化け物と言うほかない。
「はぁ、はぁ。参った。俺の負けだ」
「ふふ、わかったわ。よく持った方よ」
「数分も持たなかったんだがな」
「でも、素の身体能力に差があるのに、私の動きについてきたのは大したものよ」
「……素直に受け取っとくわ、ありがとよ」
俺がこの身体能力の差をある程度埋めれているのかというと幾つか理由がある。
そのうちの一つは、人間というのは本来無意識に全力を出さないようリミッターをかけている。
全力を出せば、自分の体が壊れてしまうからだ。
だが、俺にはその制限がない。
どれだけ筋繊維が裂けようと、関節が外れようとすぐに再生する。
だから俺は訓練を重ね、本来の力を最大限引き出せるようにしている。
応用として、関節を逆方向に負荷をかけて使うこともできる。
普通の人間なら即骨折、だが俺なら一瞬で治る。
それを活かせば、人間では不可能な動きができるわけだ。
加えて、俺は基本的に防御を捨てている。
どんな攻撃を受けようがどうせ治る。
なら、回避するより攻撃に全振りした方が効率的だ。
この肉体で、俺は自分の命という最大のリスクを捨てた。
それが、俺が千夜の動きにくらいつける理由だ。
「識? 不死前提の戦いって、どうかと思うけど」
「でも、それが俺の強みだからな」
「はぁ……言っても聞かないのは知ってるわ」
「よくご存じで。んじゃ、次は魔法訓練といくか」
「ええ。貴方はそこにいて頂戴」
俺が半歩下がると、地面に染み込んだ俺の血が、すうっと浮かび上がった。
赤い液体は空中に漂い、千夜の周囲をふわりと舞う。
彼女の魔法──「血魔法」は、
血液の凝固・操作・硬化・射出・切断、さらには他者の体内の血を動かすほどの制御力を持つ。
望めば、俺の体内の血を搾り出すことすらできる。
……まぁ前に出来るのか聞いた際、出来なくはないがかなり無理をしないとできないのだそう。
千夜が手を前に出すと宙に舞っていた血が、鋭利な槍の形へと変わっていく。
そして、軽く腕を振ると──
バシュッ!
赤い槍が一直線に飛び、目の前の木を貫いた。
綺麗に開いた穴を見て、その威力の凄まじさを改めて実感する。
人間なんざ、一撃で消し飛ぶだろう。
だが怖い、というよりも。
「……うん、やっぱり綺麗だな。お前の魔法」
黒いドレスに赤黒く輝く魔力。
空中に舞う鮮血はまるで花びらのようで、
魔法を操るその姿は一枚の絵画のようだった。
この瞬間だけは、本気で思う。
──千夜になら、殺されてもいい。
「あれ、大丈夫か?」
千夜は顔を手で隠し、小さく震えていた。
「辛いなら言えよ?」
「……ち、違う。大丈夫よ」
「……? なら、いいけどさ」
訓練の後、俺はひとり街へと出かける。
千夜は少し休むらしい。
ひとりで歩く街は久しぶりで、なんとなく違和感があった。
……少し、寂しく感じる。
今日の目的は食材の買い出し。
最近、本格的に料理を始めようと思っているのだ。
きっかけは千夜がご飯を食べてる時の、あの笑顔だった。
「おっちゃん、これ二つくれ」
「へい、まいど!」
一通り買い物を終えた後、街を出る前に千夜用に甘い物を探す。
目に留まったのはイチゴが抱くさん使われた箱入りのケーキ。
「こういうの、喜びそうだな……」
帰宅後、早速キッチンに立ち、調理を始める。
そこへ、ふらりと千夜がやってきた。
「ねぇ、何を作ってるの?」
「んー、それは出来てからのお楽しみ」
そんなやり取りをしながら、完成した料理は我ながら上出来だった。
皿を前にした千夜が、目を丸くし──ひと口食べて、ぴたりと動きを止めた。
「……なにこれ、美味しすぎるわ」
「ま、昔から自炊してたからな。多少はな」
「ずるいわ……こんなに美味しいなんて。ちょっと、嫉妬するじゃない」
ぷぅっと頬を膨らませながらも、
その顔は嬉しそうで──
だが俺は、ひとつだけ嘘をついた。
本当は昔はこんな料理、できなかった。
でもお前に食べさせたくて本を読んで覚えたのだ。
──まぁ、そんな事は恥ずかしいから言わないのだが。
夕食を終えた後は、暖炉の前でお茶とケーキ。
薪がパチパチと音を立て、部屋は優しい明かりに包まれていた。
千夜は膝を抱えて、火を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……ねぇ識。こういう日がずっと続けばいいわね」
「続けるんだよ。願いじゃなくて俺たちがそう思ってる限り終わらせる理由なんてない」
「ふふっ……そうね。続けましょう?」
「……あぁ。いつまでも、な」
──俺たちは不死だ。
俺たちが望んでいる限りこの幸せは、永遠に続くのだ。
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