ぷぴっと赤ちゃん無双シルヴィーと家族の手捏ねパン繁盛記

いすみ 静江

Ⅰ 転生

ぷぴ1 シルヴィー・アモンと精霊

 私は自我が消えてたぷんと浮かんでいた。楕円を描きながら砂金を散らして舞躍った美しい方を【女神】様だと思った。ドレープに金の刺繍が見事だ。


『はてなです? 私はどこかにお勤めしていた気がしますわ』

<あなたは、これから赤ちゃんとなり、アモン家で可愛がられるでしょう。過去よりも未来を描いてください>


 とても狭いところにいるらしい。髪に絡まっているものがあった。


『頭にピンクのリボンが巻かれているわ。解いてもいいかしら』

<リボンが取れたとき、あなたはアモン家から飛び立つときとなりますよ>


 アモンとは苗字だろう。放り出されては困る。リボンは結い直さなければ。ちょんちょりんにはなったかな。


『以前の自分のことをつぶさに思い出せません……。【女神】様』

<ヒントをさしあげましょう。懸命に働いておりましたが、トラブルに巻き込まれて失職いたしました。天界から覗いて事情を知り、ロゼ島で新しく幸福な道を歩まれるように転生させます>


 新生活? 転生? 驚いている間に、私は真っ暗な道からすとーんと落ちていった。


 ◆◆


<儂は【精霊のおさ】だ。そなたをあらゆる【精霊】をもって護るであろう>

≪煌めきのラムル湖から飛んできたの。【裁縫の精霊】よ。ご生誕を全ての【精霊】に伝えるべくリボンと【精霊の長】様の杖を結びつけるわね。ほら、これで【精霊】の澄んだ声がよく囁かれるわ。魔法のリボンと思って大切にしてね≫


 苦しい狭い道を押し込んで出口を目指す。あの扉を開ければ、ロゼ島のアモン家になるのか。よいっしょっと、よいしょと。


『ぶああー! ぶっ』


 えええ? 小さくないかな。手、足、動かせるので小さな体でも生きていると分かった。


「赤ちゃん、元気で嬉しいわ。まーまのルイーズ・アモンよ」


 まーまの体はふるっと震えた。季節は春に差し掛かろうというのに、気まぐれな雪が降っていたからだろう。窓からは明るい陽射しが差し込む。冴えた空気から早朝だと分かる。


≪美しい女の赤ちゃんよ。雪は寒いけれども、あらゆるものを綺麗に覆うの。【小雪の精霊】も護っているからね≫

≪愛くるしいわ。【ぼたん雪の精霊】も幸せを願っているの。デュフールのお父様とお母様によく似ているわ。赤ちゃんも会いたいわよね≫


 【雪の精霊】がまーまを囲む。はらはらはら……。雪の姿も美しかったけれども、まーまとぱーぱが素晴らしすぎてどきどきしていた。


「ストールをありがとう。ミシェル」


 まーまはピンクの瞳を輝かせ、栗色の髪は高いところで結い上げて肩下までストレートに落ちている。


「僕はぱーぱのミシェル・アモンだ。元気そうだね。森の奥にある小屋には四季があって寒い時期なんだ。ルイーズと結婚するときに建てた家だから質素ながら新しいよ」


 ぱーぱは、人懐っこい碧眼に銀髪を腰まで伸ばしていた。


「妻がね、女の子に違いないと話していた通りになった。【精霊】を呼んでいるとも喜んでいたし」

「うふふ、この家は森に囲まれていて実家の近くに開拓したのよ。隠れ家風よね。チュンチュン達と連れ立って朝がくる度に露に濡れた【木の葉の精霊】が教えてくれるの。可愛い女の子と【精霊の長】もお喋りしているって」

「ルイーズによく似ているよ」


 まーまはしばらく私を覗き込み、ベッドから抱っこして木枠が緑色の家具へと歩む。


「シルヴィーちゃんは自分の姿が見えないんだわ。じいじからもらった食器戸棚よ」

『あぶあ』


 ピンクの瞳に長めの銀髪が顔にかかるからか左上でピンクのリボンで結ってある。ぼんやりと頬は薔薇色に染まっている感じがした。


「いいこだわ」

「楽しみな子だ」


 ぱーぱがまーまの頬を撫でた。仲良し夫婦なんだね。


「フラン国のロゼ島に新しい春がきたよ! ああ、命名だなんて僕には荷が重い。ルイーズはどうかな?」

「わ、私はてっきりミシェルが考えるものかと」


 お名前、お名前、らたらただ。まーまとぱーぱのあたたかい会話が続いていたが、とうとう新しい世界の戸を叩く日がきた。


「家は森の中にあるだろう? 森を意味する女の子の名前、シルヴィーちゃんはどうかな」

「シ、シルヴィーちゃん……! シルヴィー・アモンちゃん? ここはロゼ島の真ん中にあるメルシー地方なの。メルシーとはありがとうの意味だわ。感謝しているのは森に対して。そこで山羊やコココと暮らして、小麦や野菜を育てているのよね、はあと」


 はあとは可愛いが。まーまは、涙を流しながら首を縦に振っている。喜ばれて生まれるって嬉しいことなんだ。私も気に入った。


『あーぶー』

「ほうら、シルヴィーちゃんだ。喜んでいるぞ」

「ミシェル、まだ首が据わっていないわ。すん……」


 ミシェルが私を連れていくと、お湯をはった桶があった。


「さあ、産湯だよ」


 私の体にガーゼをかけて、そっとちゃぷりちゃぷりと湯をかけ、首をしっかり支えて湯に優しくつけてくれた。気持ちよくで眠りたいくらい。


『あぶうい』

「そうか、ルイーズがミルクをくれるから、僕は別のことをしないとね」


 【雪の精霊】の足音もぱたりと消えた。春に様々な蕾がぽわんと開き、香りを放った頃だ。ロゼ島は広くて中にはラムル湖があるとぱーぱから聞いた。ラルム湖畔にある神殿にお祈りしたから、アモン家に赤ちゃんを授けられたそうだ。神様は命をも預かるのか。


「僕は一生懸命祈ったよ。どうか……。ルイーズと産まれくる赤ちゃんが無事でありますようにと」


 ぱーぱが心から願ったお陰で、私は新天地を初めて見る。


『あぶ、あぶう』

「ああ、そうね。お腹が空いたわね」


 まーまが白い肌に私の頬を当てた。あたたかいミルク。ふんふん、香りも素晴らしい。産まれてすぐにおしめをして、今度は初のお乳だ。吸啜きゅうてつの本能はあるでよ。赤ちゃんが母を嗅ぎ分ける理由は包み込むような愛だと実感した。


「よしよし。お目目もすっかり開いているわね。吸い込まれてしまうピンクの瞳、相当な魔力を感じるのよ」


 おでこの髪を掻き上げられた。


「気になるのは、額にはオリオンのような銀色の粒が三つあるのよね。銀髪とお揃いの色だわ。でも、聞いたことがある伝説の……」

「どうかしたか」

「いえ、しばらくは様子をみる方向にするわ」


 ミルクを終えてゲップをすると、新しいおしめにしてくれてゆりかごに寝かせられた。


 ――毎日がシルヴィーちゃんで始まりシルヴィーちゃんで終わらせてくれなかった。大人と子どもの一日は相当差がある。


 産まれて三日で首が据わり、ミルクは十四日で卒業した。お座りができるようになったかと思えば、トイレットトレーニングも三日で終わった。生後二十日で頗る元気だ。


「凄いわ、シルヴィーちゃん!」

「僕には語彙がないよ。天使かな?」

「うん、発達は抜きん出ているけど、それも個性だわ」

「ルイーズは長生きする考え方だね」


 だから、生後二十日だって。


「ミシェル、おしめ卒業記念に新しいパンを焼こう」

「豆パンはまだ喉に詰るといけないから、うーん」

「任せてほしい。僕もマチュー師匠に弟子入りしたから」


 まーまとぱーぱの話を聞いていると、パンを作るのが大好きなようだ。魔法のように色々な種類を焼き、私には牛乳やシチューに浸したりして食べさせてくれた。早くまーまとぱーぱのお手伝いをしたい。だから、ぐんぐん大きくなるんだ。


「ミシェル、パンを浸したものも食べなくなったわ」

「異様に成長するな。どんなことが起きてもシルヴィーちゃんだからな」


 そろそろとおねだりをしたい。赤ちゃんは甘えん坊なのだ。


『きらきらと瞬く【お日様の精霊】よ、お天気のいい日にお出掛けしたいでちゅ。素敵な家族おデートコースはありまちぇんか?』

≪ラムル地方にエルフも暮らすその名もラムル湖があります。エルフはいつかあなた様の力になるでしょう≫


 よし、念派ねんぱだ。


『まーま、ぱーぱ、ラルム湖畔で日向ぼっこしたいでちゅ!』

「あら、頭の中に声がするわ? ラムル湖畔へシルヴィーちゃんがいきたいそうよ。ゆりかごと乳母車でいきましょう」

「焼きたてパンも持っていこうか」


 ハイハイをしていた期間は殆どなかった。


「あんよが上手、シルヴィーちゃん」

『ばぶあ』

「お、ルイーズの胸元へと駆け寄ったか。天才だな」


 まーまとぱーぱは力を合わせて、薬を使わない野菜や小麦を育てた。山羊のお乳やバターも得ようと、一歩一歩私のためにがんばってくれた。ラムル湖が湛えた水が乱反射する。


『きえい』


 綺麗だと、綺麗の概念は景色ではなく自身の心にあった。恐らく辛かったであろう前世では感じ取れなかった美しいものについて、無垢な体に無垢な心に沁みてくる。


「結婚の深い意味なんてなかった。楽しく一つ屋根の下にいるのかと」

「僕は高等教育の後、おうちのパンが美味しいと頬を落ちそうにするルイーズの笑顔を思い出して、パンの修行をしていたんだ。袋小路にはまったとき、特別な恐らくはパン作りに必要な【精霊】の力を宿していると噂の高いマチュー・デュフール師匠の門戸を叩いた」

「私、びっくりしたの。まさかお兄さんのところへミシェルが訪れるなんて」

「これも運命だよ。僕も生涯の伴侶、青い小鳥が眩しかったよ」


 ハイハイときどきたっちを楽しむ私の後ろ姿をみて、二人は感動を語り合っている。


「ミシェル・アモンは変わらずにほのぼのとしているのね」

「ルイーズ・デュフールちゃんだって。あ、ちゃんはないか」


 スプーンが転げても笑い続けそうな勢いだった。


「お互いの性格を気に入り、ルイーズが二十歳と僕が二十一歳のときに結婚したんだよな」

「一年後に愛らしい天使が舞い降り、神様に感謝したわ」


 ラムル湖からの煌めきもさながら、【湖の精霊】も楽しそうにしている。


≪長の申し子として面会にきたの?≫

『ちょれは……。分かんないでちゅ』


 よちよちもいいけどちょっと遅い。


「成長には金子きんすが必要だろうな。森の管理や家庭用の菜園以外に仕事を考えるよ」

「お仕事? 兄、マチュー・デュフールのパン店なら設備もそのままで居抜きだわ」


 夫婦でいき着く先はパン店と一致する。


「うふふ……」

「やだなあ、あはは」

『ぶぶ、ばぶ? お話に入りたいでちゅよ』


 今夜も楽しい夢がみられそうだ。

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