海底文明のティアマト

下垣

第1話 また髪の話している……

 燦燦と照り付ける太陽が俺を照らす。


 荒れやすい海の天気にしては今日は絶好のダイブ日和である。


 俺はバディのユリウスと一緒に甲板の上に立っていた。


 波が俺たちの足場を揺らす。俺の三半規管が仕事をしているお陰で、この状況でも難なく立っていられる。


「ジョー。今日こそはお宝が見つかるといいな。かっかっか」


 ユリウスが俺の背中をバンバンと叩く。筋骨隆々のユリウスに背中を叩かれると痛みでじんじんと痺れる。


 でも、俺はここで痛がるのはカッコ悪いと謎のプライドが生まれて、やせ我慢をし特にリアクションすることはなかった。


「ああ。髪の毛が生えてくるような不思議な能力を持つお宝なら良いな」


 俺はユリウスの頭部を見ながら言う。


 ユリウスはかなりベテランのダイバーであり、俺の大大大先輩くらいである。


 これまでのダイバーとしての実績も凄まじいものがあり、かつて海に沈んだ幻の大陸レイシックスを発見したほどだ。


 本来ならば、俺がこうしてタメ口を利くことなど許される相手ではない。


 しかし、ダイバーたちのしきたりとして、バディを組んだ相手とは対等な目線で話をしなければならない。


 命を預け合うパートナーにどちらが上で下とかない。背中を預け合う以上は対等な目線で話し合い、意見を出し合い、そして助け合う。


 それがダイバーとしての心構えなのだ。


「おい、ジョー。1つ良いことを教えてやろう。ダイバーにとってハゲることとは名誉なことなんだ」


「そうなの?」


「ああ。ダイバーは殉職率が高い。若い内に海底に沈んで墓の下にすら入れない無縁仏がごろごろといやがる。そいつらはハゲる年齢まで生き残れなかったんだ」


「つまり……ハゲを見たら生き残りだと思えってことね」


「そういうことだ。俺のハゲは名誉のハゲだ。その辺の酒場で飲んだくれているような親父のハゲと一緒にするな」


 そう言われてみれば、この禿げ上がった頭髪も彼がここまで生き抜いてきた証のようなものであるだろう。


「じゃあ、仮にハゲを治せるお宝が見つかったとしてもユリウスはいらねえってことか」


「そうは言ってないだろ! 人の話を曲解するんじゃあない!」


 ハゲにプライド持っているのか持ってないのか。どっちだよ。


「まあ、ジョー。お前も無茶やって早死にするんじゃねえぞ。ちゃんと歳取ってハゲるようにがんばれ」


 ユリウスなりの励ましのつもりなんだろうけど、どうもハゲが関わってくるせいで感動が薄い。


「いや、別に歳取れば全員ハゲるわけじゃないだろ」


「お前も後10年したらわかるさ」


「10年後でも、俺は24だが?」


「俺は23で来た」


「若ハゲじゃねえか。歳取るとか云々の話はどこいった」


 20代のうちにハゲるのは嫌だな。せめて、30代後半以降に来てくれ。


「それじゃあ、準備ができたら行ってくれ。お前の心の余裕に合わせてやるさ」


「いや、俺はもう大丈夫。ハゲの話でだいぶリラックスできた」


「なんだよ! そんなに俺の髪がない話が面白いっていうのかよ!」


 ウケ狙いじゃなかったのか……


「まあ、そんなことはいいや。ジョー。行くぞ……すぅううう!」


 ユリウスが鼻から大きく息を吸った。俺もユリウスに負けじと大きく息を吸う。


 吸引の限界。体の中にこれ以上酸素が入らないと思うくらいに酸素を溜める。


 そして、その酸素を……とどめる!


「ふん!」


 俺とユリウスの体の周囲に空気の幕が発生した。


 この膜がある状態だと水中でも呼吸ができる。水中で息を吸う度にこの空気の膜は減っていく。


 水中には空気がほとんどないから、空気膜を作り直すことは原則としてできない。だから、よく考えて空気を消費しなければならない。


 海底調査をするのにこの空気膜は必須。いわば、生命線だ。


「ほう。お前の空気膜もかなり成長したな。俺の半分程度もありやがる」


「ありがとう。最大の賛辞として受け取っておくよ」


 空気膜は当人の肺活量や体力やその他身体的状況に依存する。


 ユリウスの肺活量は常人のそれを遥かに凌駕している。常人の100倍以上あるとの噂もある。


 そんなユリウスの空気膜の半分も作り出せるのは十分すごいことだ。比較対象がおかしいだけで。


「まあ、これだけの量の空気膜が練られるんだったら死ぬことはないな。酸欠では」


「ああ。ユリウスがバディに決まった瞬間から今日まで死に物狂いで肺活量を上げる特訓をした。なにせバディがユリウスだからな……」


 俺はあえて含みを持たせるようなことを言った。


「おい、それはどういう意味だよ」


「鏡見ればわかんだろ」


 ダイバーには意味が通じるジョークをかます。


 海中はとても危険である。だから原則として1人で特定海域に潜ることは禁じられている。お互いに助け合えるバディの存在がなによりも重要なのだ。


 空気膜の管理もその1つだ。バディの空気膜が消えそうになった時に、もう片方のバディから空気膜を補充することができる。


 そのお陰で2人で潜水した時の生存率は1人の時と比べて大幅に上がるのである。


 そして、その空気膜を補充する方法は……


「よし。まずは俺が先に潜って様子を見る。ジョーはその後に続け」


「ああ、わかった」


 ユリウスが三叉の矛トライデントを持って船から飛び降りる。そして、海面に顔を付けて海の様子を探っている。


 俺も自分のトライデントを持ち準備をする。ユリウスが海面から顔を出してOKのサインを送ってくる。


 俺も船から飛び降りて海へとダイブした。


「座標、1400ポイント、270ポイント確認。この座標を忘れると船に帰れなくなる可能性があるから気を付けろよ」


「ああ。わかっている」


 俺はユリウスと一緒に海へと潜る。空気膜につつまれている俺たちは海中でも呼吸ができる。


 それでも一気に海の深いところまで潜ると水圧で内臓がやられる可能性があるので少しずつ慎重に潜っていく。


 海の中は太陽に照らされてキラキラと輝いていてとてもキレイである。


 この辺の海は熱帯であるために、色鮮やかな小魚が泳いでいる。中にはこちらに興味を示して近づいてくる人懐っこい個体もいる。


 岩肌にも海藻が生えていたり、貝類等がへばりついている。貝の殻も薄いピンク色で女子受けしそうなスポットだな。


 しかし、俺たちは観光に来たわけではない。俺たちの目的はお宝探しだ。


 現在、この惑星の表面の陸地面積は全体の1割ほどしかない。残りの9割は海である。


 しかし、太古の時代。人間がまだ機械文明に頼っていた時代は3割ほどが陸だったという話もある。


 つまり、2割の大地は海の底へと沈んでしまったのだ。


 失われた2割の大地。そこには古代の文明が眠っている。俺たちの仕事は海底を調査してその文明の遺産を回収することだ。


「水深10メートル……異常なし」


 ユリウスが記録を取っている。俺もユリウスと同じく異常がないかをチェックする。


「水深10メートル……異常なし」


 二重チェックが終了して俺たちは更に海の奥深くを目指す。


 海底に近づく。下の方向に細く長い黒い影が見える。


「ユリウス、あれ……!」


「ああ、間違いない。ティアマトだ」


 ティアマト。海にいる危険な生命体の総称。浅瀬にはほとんどいないものの、深海には多くいて、深度が深くなればなるほど強い個体が出る傾向にある。


 性格は基本的に獰猛で、人間を見かけたらすぐに襲ってくるほどである。つまり、俺たちダイバーにとっては邪魔な存在である。


「どうする? 引き返すか?」


 ユリウスが俺に判断を求めてくる。ダイバーにとって戦闘は極力避けたいことである。


 戦えば命の危険があるし、それに勝っても酸素を消耗して空気膜が薄くなってしまう。


 普通ならばここは一旦引き上げて様子を見るのが最善ではあるが……


 俺はじっくりと海底の様子を凝視した。


 するとティアマトよりも下に人影が見えた。


「いや、ユリウス。あそこに人がいる。生きているかはわからないけど、倒れてぐったりとしている!」


「なるほど……救助者の可能性ありか」

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