第7話 第5層から

————第5層。


 そこは、4層までと比べて明らかに異なり、階層全体に静寂とさっきが満ちていた。


 岩肌の洞窟から一転、床も壁も黒曜石のように黒く滑らかで、まるで人工的に整えられた空間のようにすら感じる。



 空気は重く、肌にまとわりつく魔力の密度も一段違う。



『第5層に侵入しました。これより監境種セントリーの領域に入ります』


「……来た」


 メナスがそう告げるや否や、奥の影から音もなく現れたソレは、二足歩行の人型モンスター。



 体長は3メートルくらいだろうか、手には黒曜石でできた斧のような武器を持っている。


 ゴブリンをそのまま大きくしたような見た目だが、黒い鋼のような体表、燃えるような赤い双眸はゴブリンとは似ても似つかない。



 視線が合った瞬間ぞわり、と全身の毛穴が開くような感覚がした。牙を突き立てるような殺気だ。



 ただ、恐怖はない。むしろ感覚は研ぎ澄まされ、血が滾るような感覚がする。



「———悪くないね……」


『警告:第5層監境種セントリー、黒曜鬼、ブラックオーガの出現を確認。斧を使った攻撃は大振りで単調ですが、当たればひとたまりもありません、その他————』



 メナスが何やら言ってくれているが、敵は待ってくれない。言葉が終わるよりも早く黒い影が突貫してくる。



「……【まとい】」



 刀を引き抜き、魔力を纏わせる。刃は魔力に共鳴するように唸り、かすかに震える。



 魔力によって強化された視界が端から迫る黒曜の斧を捉える。



 鋭く、重い。


 しかし、遅い。



 腰を落としてしゃがみ込むように横薙ぎの斧を躱し、巨大な斧の影に隠れるように体を移動させ、がら空きの腹に向かって刀を振るう。



 刃がブラックオーガに触れる瞬間、一気に魔力を放出する。



 ドクンと心臓が脈打ち、全身の血管を押し広げるように更に魔力が駆け巡る。その脈動に押されるように、オーガの腹をなぞる。



 ぬるりと、刀は腹部をすり抜け、ブラックオーガの下半身は立ったまま、上半身はべちゃりと音を立てて、地面にずり落ちた。



『……監境種、黒曜鬼ブラックオーガの討伐を確認。お疲れさまでした』



「……ふう、まだいけそうだな」



 大きく息を吐いて、余韻に浸る。



 全身を駆け巡っていた魔力がすぅっと引いていく感覚がどこか心地いい。



 メナスは黙々とブラックオーガの死骸を回収している。


 





 ふと、メナスは自身の回収の様子を眺める総司の様子を見やる。



 特段疲労の兆候は見られない。これがたった数時間前に登録を済ませたばかりの新人探索者だと、誰が思うだろうか。


 もちろん初めての探索で、この5層を突破したものはそう少なくはない。



 ただし、それは魔法ありきの話。



 魔法を使って似たようなことをする探索者は何人か記録があるが、久住総司はここに至るまで、一切魔法を使用していない。



 魔法を戦闘の基本として戦う現代の探索者を数億人規模で実際に見てきたからこそ、メナスは総司の異常性に興味を示した。



『……現在、午後12時27分です。探索開始から4時間14分が経過いたしましたが、如何いたしましょうか』



「もちろん、まだ潜るよ」




 そこから先は、滑るように進んだ。



 第6層、7層、10層、20層。



 擬態、飛行、群れを形成……バリエーションは様々だが、それらを一刀のもと切り伏せ、黙々と攻略していく。



 ペースは落ちるどころか、階を進みメナスとの連携になれていくにつれて、どんどん上がっていった。



 5層おきに登場する監境種はそこそこ強かったが、基本的に24層まで、モンスターの強さは大差なかった。



『……24層最終地点に到達しました。推奨はしませんがこのまま25層を突破すれば、久住5等は新たな記録保持者となります』



「ま、正直記録に興味はないけど……まだ、物足りないね」



 そう言って25層へとつながる階段へと目を向ける。闇に包まれた階段の奥底から、今までとは桁違いの濃密な気配を感じる。



『25層、境界層クォーターラインは上層最終地点とされていますが、そこに住まう級外種オーバークラスである魔白狼、カレイドウルフは中層級モンスターに分類されます』



「成程、だから種ってわけね……」



 境界層は文字通り、上層、中層、下層、深層を隔てる領域。


 

 この先に生息する級外種を倒せないようでは、中層以降には通用しない。



 ある意味ではテストのようなものだ。



 まだイケる。体力も集中力も、限界には程遠い。



 その級外種がどの程度かはまだ分からないが、行ってみようじゃないか。



 そう決めて、25層へと続く階段に足を踏み入れた。


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