【22】訊き込み

コンビニは変死事件のあった<小田ハイツ>から、徒歩5分ほどの場所にあった。

天宮於兎子てんきゅうおとこ真田俊一さなだしゅんいちが店内に入ると、午前中の中途半端な時間帯のせいか、客の姿はなく閑散としていた。


奥のレジに男性店員がいるのを認めた天宮は、近づいて制服の胸にあるネームプレートを素早く確認する。

そしてそこに<三原>と書かれているのを確かめると、警察手帳を提示してその店員に話し掛けた。


「県警捜査一課の天宮ですが、三原駿介さんですか?」

警察手帳を見せられた店員は一瞬息を吞むような表情をしたが、すぐに「はい」と小声で答える。


三原駿介は二十歳前後に見える、如何にも気の弱そうな顔立ちの青年だった。

痩せすぎの体型が実際以上に彼を小柄に見せるせいか、一層気弱な印象を周囲に与える。


「三原さんは<小田ハイツ>の104号室にお住まいですよね?

実はお隣の103号室で事故がありまして、事情をお訊きしたいのですが、少しお時間頂けませんか?」


その言葉を聞いた三原は、どう答えたらよいか戸惑った様子を見せた。

丁度その時レジの奥から出て来た中年男性が、「どうしたの?」と声を掛ける。

天宮がその中年男性に向かって事情を説明すると、その男性は「店長の河村です」と名乗った後、事情聴取に応じるよう三原に指示した。


更に河村は天宮に向かって、

「ここでは何ですから、あそこのイートインスペースを使って下さい。

この時間、利用客はいないですから」

と親切に提案してくれた。


天宮は彼に礼を述べると、三原を伴ってイートインスペースに移動した。

「お仕事中にすみません。

なるべく早く切り上げますから」

一言三原にそう断った後、天宮は早速事情聴取を始める。


「まず状況からお話しますと、今朝103号室から異臭がするというクレームがあって、大家さんと不動産会社の社員さんが様子を見に行かれたのです。

呼びかけても中から返事がなかったので、警官を呼んで一緒に室内に入った社員さんが、中で死体を発見したのです」

天宮の説明を聞いた三原は「えっ」と言った後、絶句してしまった。


「そこで三原さんに先ずお訊きしたいのは、隣室の異臭に気づいておられたかどうかということなのですが。

いかがでしょう?」

「確かに昨日くらいから、物凄く変な臭いがしてました」


「そうですか。

臭いに気づかれた時、お隣に声を掛けたりはしなかったんでしょうか?」

「いえ。隣の人とは余り関わりたくなかったんで」

三原はそう言って目を伏せる。


「それはお隣の小松宗吉こまつそうきちさんとトラブルがあったからでしょうか?

二週間前に警察が駆けつける騒ぎがあったとお聞きしたのですが」

「はい」

そう答える三原の声は、益々小さくなった。

かなり気弱な性格のようだ。


「その時の事を聞かせてもらえますか?

トラブルの原因は何だったのでしょう?」

天宮に訊かれた三原は、一度上目遣いに彼女を見た後でまた目を伏せると、ぼそぼそと語り始める。


「あの時は、夜音楽を聴いてたんですよ。

そんなに大きな音を出してたつもりじゃなかったんですけど、隣の部屋に結構響いたらしくて。


隣のお爺さんが僕の部屋のドアを、物凄い勢いで叩いたんで、びっくりしてドアを開けたんです。

そうしたらいきなり胸倉を掴まれて、外に引っ張り出されたんですよ。


その後大声で音がうるさいって言われて、「すみません」って謝ったんですけど、許してもらえなくて。

殴られそうになったんです」


如何にも気弱そうな三原らしいエピソードに頷いた天宮は、質問を続けた。

「その時同じ階の住人の方が、止めに入ってくれたそうですね?」

「はい、丹羽さんが間に入ってくれて、殴られずに済みました」


「その丹羽さんというのは、どういう方なのでしょうか?」

「丹羽さんは同じ大学の一つ上の先輩です。

学部は違いますけど」


「その後、丹羽さんと小松さんの間で争いになったんですね?」

天宮が念を押すように訊くと、三原は「はい」と肯いた。


「丹羽さんは僕と違ってがっちりしてるし、気も強いんで。

言い合いになった後、逆にお爺さんの胸倉を掴んで殴りそうになったんですよ。


だからびっくりして止めに入ったんです。

その時丁度警察の人が来て間に割って入ったんで、何とか収まりましたけど。

二人とも警察に連れていかれて、僕もその場で事情を訊かれたんです」

 

「なるほど事情は分かりました。

ところで小松宗吉さんは、普段から他のアパートの住人の方にクレームをつけるようなことがあったんでしょうか?」

「僕の所に来たのはあの時が初めてでしたけど、反対側の102号室の人とか、上の部屋の人とかは、しょっちゅう揉めてたみたいです」


「それはどんな方たちなんでしょうか?」

「上の階の人はよく知りませんけど、102の人は女の人です。

四十歳くらいの」


「女性ですか?

独り暮らしをされてるんですね?」

「はい」


「どんな理由でトラブルになっていたか分かりますか?」

「はっきりとは知らないんですけど、多分音がうるさいとか、そういう理由だと思います」

「音ですか?」

「はい、あの部屋の前を通ると、時々中から一人でぶつぶつ言う声が聞こえるんですよ」


「どんな声か分かりますか?」

「うーん。はっきりしないんですけど、お経みたいな。

いや違うか。

でも宗教っぽい感じですかねえ」


三原の口から出た<宗教>という言葉を聞いて、天宮と真田は顔を見合わせる。

咄嗟に潟田信かただまこと瑞木早容みずきさよの自宅で見た、白木の神棚を思い出したからだ。


「あのお、本当に隣のお爺さんが亡くなったんでしょうか?

原因は何だったんでしょうか?」

三原駿介がおずおずと尋ねるのを聞いて、天宮は表情を改めた。


「実は亡くなった方が小松宗吉さんなのかどうかは、まだ分かっていないのです。

そして死因については、警察でこれから詳しく調べて解明されることになります」

「そうなんですかあ。

隣の部屋で人が死ぬなんて、いやだなあと思ったんですけど。

やっぱり本当なんですね」


そう言って肩を落とす三原駿介に、天宮は同情の目を向ける。

身近で死人が出るというのは、確かに気持ちの良いものではないだろうと思ったからだ。

そして気持ちを切り替えると、次の質問に移った。


「最近一週間くらいの間に、小松さんの部屋で何か大きな音がしたとか、変わったことはなかったですか?」

「変わったことですか?

特になかったですね。

逆にこの二、三日全然音がしなかったくらいです」


その答えを聞いた天宮は、事情聴取を切り上げることにして三原に礼を述べる。

「お仕事中にご協力ありがとうございました。

また何かあれば、お話をお訊きするかも知れませんので、よろしくお願いします」

そう言って椅子から立ち上がると、天宮は真田を促して<小田ハイツ>に取って返すのだった。


現場では実況見分が終わり、丁度遺体が司法解剖のために搬送されるところだった。

天宮は現場の指揮に当たっていた〇山署の末松啓介すえまつけいすけに、三原からの聴取内容を説明する。


そして彼に一言断りを入れてから、<小田ハイツ>の102号室に向かった。

玄関脇の表札には<多気雅代>と記載されている。

インターフォンがなかったので、直接ドアを叩いて呼びかけたが、室内から返事はなく留守のようだった。


諦めて今度は二階に上がり、小松宗吉の部屋の真上にある203号室に向かった。

表札には<栗原>と記載されている。

それだけでは住人の性別が分からなかったが、取り敢えずドアを叩いて呼びかけてみた。

しかし一階の多気雅代と同様に、室内から返事はない。

こちらもやはり留守のようだ。


一旦事情聴取を諦めた天宮は、一階に降りると末松に空振りだったことを告げ、今後の方針について意見を聞いた。

「あんな死体ホトケは見たことないから何とも言えんけど、とにかく今は解剖の結果待ちだな。

その後で事件として扱うかどうか、鏡さんを含めて相談しようよ」


末松の言葉に頷きながら天宮は心の中で、間違いなく事件になると確信していた。

そして再度、次の事件を阻止しようと決意を固めるのだった。

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