【08】蟠る疑惑

香山治郎かやまじろう潟田信かただまことの遺体はその日のうちに司法解剖に廻されることになった。

そして翌日、香山と潟田信かただまことの解剖所見の詳細を訊くために、鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこ、そして真田俊一さなだしゅんいちの鏡堂班三名は、揃って〇〇大学の法医学教室に国定淳之介くにさだじゅんのすけ教授を訪ねた。


三人を教授室に迎え入れた時、国定の表情はこれまでになく厳しいものだった。

その顔を見ただけで、鏡堂たちは事の重大性をひしひしと感じるのだった。


刑事たちが席に着いたのを見定めた国定は開口一番、

「一体この町で何が起こっているのかね」

と、厳しい表情のままで問い質す。

そしてその問いに対して鏡堂が答えようとするのを制して、国定は更に言葉を重ねた。


「私はこの数年、君たちが関わった事件の遺体を、これまで数多く剖検して来た。

酸素中毒や全身ヒ素中毒、中には全身を変形した金属で刺し貫かれた遺体もあったな。

昨年だったと思うが、電磁波を照射されたとしか思えないようなケースもあったと思う。


いずれのケースも、常識では考えられないものだった。

それでも死因は明確であり、その死因に至らしめる手段も、実現性は兎も角、科学的には説明可能なものだった。


しかし今回のケースは違う。

何れも死因こそ明確だが、如何にしてそのような状態に至ったかということは、とても科学的に説明出来ないのだ。


誰がどの様な手段を用いて、あのような遺体を作り上げたか、私が教えて欲しい程だ。

警察ではそれについて、何か掴んでいるのかね?」


国定の指摘は、鏡堂たちにとっては痛い所を突いていた。

それが<怪異>によって引き起こされた<超常現象>だとは、到底彼に説明出来ないからだ。


「先生。大変申し訳ありませんが、現在警察でも捜査中で、犯行手段は分かっていないのです」

鏡堂は苦渋の表情で、そう答えざるを得なかった。

そしてその貌を見た国定は、諦めたように大きな溜息をつく。


「まあ君たちを責めても仕方がない。

では剖検結果の説明に移るが、いいかね?」

その言葉に三人が頷くと、国定はおもむろに説明を始めた。


「まず一体目だが、これはこれまでの二体と同じく、死因は凍結死。

全身の体液、細胞内液共に凍結していた。


そしてこれも前の二体と同じく、体表に現れる鮮紅色死斑や左右心臓血の色調差などの凍死所見が認められていない。

先日そこの天宮刑事に説明したように、低温環境下で徐々に死に至ったとは考えられない状態だった。

ここまではいいかね?」


国定の言葉に三人は無言で頷く。

それを見定めて、国定は次の説明に移った。


「もう一体の死因は循環血液量減少性ショック。

出血性ショックと言った方が、君たちには馴染みがあるかも知れんな。


これ自体は死因としては珍しいものではない。

外傷などによる血管損傷や水分補給不足、消化器の異常などが原因で起こり得るからね。


しかしこの遺体の場合は、それらの原因が一切見当たらない。

外傷や打撲痕もなく、臓器損傷もない。

消化器も正常だった」


「では何故、ショックを起こしたのでしょうか?」

天宮が恐る恐る尋ねると、国定は困ったような表情を作って答える。


「今回のケースでは、全身の毛細血管から大量の水分が漏出したと思われるのだよ。

そのことを示唆する特徴的な所見は、四肢の異常なむくみだ。

通常では考えられないようなレベルのむくみが観察されている」

「水分ですか?血液ではなく」


「君がいぶかる気持ちも分からんではない。

通常血管が損傷すれば、血液自体が漏出する。

水分だけでなく血球成分も含めてだ。


しかし今回のケースでは、毛細血管周辺の細動脈や細静脈を含め、小動静脈の損傷はまったく認められていない。

勿論太い血管の損傷は皆無だった。

そして毛細血管自体にも、大量の血液が漏出する程の損傷は殆ど認められなかった」


「それでは何故、水分が外に漏れたんでしょうか?」

天宮が質問を重ねると、国定はそれに頷いて答える。


「毛細血管というのはそもそも動脈と静脈の間に挟まっていて、血液と組織間で様々な物質や酸素などの気体分子、そして水分のやり取りを行う役割を担っている。

そのためそれらの物質が透過出来るように、他の血管と比べると層が薄い構造になっているのだよ。


そして今回の遺体では、毛細血管からの血球成分などの漏出は殆ど認められず、ただ水分だけが大量に組織内に漏出した形跡が認められた。

出血性ショックというのは、血管内の血液の水分量が減少して血圧が低下することで起こる。


人体の総循環血液量は総体重の約7%で、そのうち30%以上が失われると生死に関わる深刻な状態に陥ると言われている。

つまり血液総量の2%程度が失われることで、生命リスクが生じるということなのだ」


「先生。それはどのような場合に発生する現象なんでしょうか?」

天宮に替わって、今度は鏡堂が質問を投げ掛ける。


「こういう状況はあり得ない。

少なくとも私は、この様な所見を耳にしたことがない。


例えば打撲や内臓損傷などで毛細血管が広範囲で損壊すれば、所謂内出血によって血液が組織内に漏出することはある。

それによって出血性ショックが起こることも、当然あり得るだろう。


しかしこのケースのように、血管の損傷を伴わずに人体の水分量平衡がこれ程崩れる状況というのは、科学的に考えられないのだよ」


国定の結論を聞いて、鏡堂たちは言葉を失った。

潟田信かただまことの死が、何らかの突発的な疾患等によるものではなく、怪異が働いた結果であると考えざるを得なかったからだ。

そしてそのことは、事件がこのまま終結しないことを意味していた。


国定の元を辞した鏡堂班の三名は、重い気分のまま県警本部に帰庁した。

そして鏡堂は、これまでの経緯を高階邦正たかしなくにまさ刑事部長と駿河克昌するがかつまさ捜査一課長に報告し、上層部の判断を仰ぐことになったのだ。


そこで下された判断は、潟田信かただまこと及び彼に殺害された三人の死因は伏せたまま、被疑者死亡という形で捜査を終結するという方針だった。

それに対して鏡堂は異議を唱えるつもりはなかったが、やはり幾許いくばくかの虚しさを感じざるを得ないのだった。


一方天宮は潟田が言い残した謎の石の存在を確かめるために、彼の自宅への家宅捜査を行うことを鏡堂に提案した。

そして家宅捜査自体は上層部の許可を得て実施可能となったのだが、いざ潟田のマンションを訪ねて見ると、潟田美奈子が不在であったため捜査を実施することが出来なかったのだ。


天宮はその後数回に渡ってマンションを訪れたが、美奈子は不在のままで音信不通だったため、結果として強制捜査を実施することになったのだった。

マンション管理人に部屋の鍵を開けてもらい、室内に踏み込んだ捜査員たちは、室内に誰もいないことを確認し、家宅捜査に当たる。


そして捜査に参加した天宮は、以前訪れた時と室内の様子が殆ど変わっていないと感じた。

唯一違っていたのは、白木の神棚がなくなっていたことだった。


結局その方の捜査で目ぼしい成果はなく、潟田信かただまことが最後に呟いていた謎の石も発見するに至らなかった。

天宮は潟田美奈子から直接謎の石の入手経路について訊きたかったのだが、その後も彼女の行方は杳として知れなかったのだった。


その後鮫島食品を舞台にした連続殺人事件は表向き終息を迎え、捜査本部は解散されることになった。

しかし鏡堂班の三人は、このまま事件が終結することはないという思いを抱いたまま、日常の捜査に戻るのだった。


***

「<無量石>が戻りました。

既に割れていましたので、青鬼せいきが覚醒し赤鬼しゃっきを喰らったと思われます」

「それは重畳」


第一話 赤鬼しゃっき 了(第二話 青鬼せいきへと続く)

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