【01-2】凍死体(2)

「加藤さん、お久し振りです」

天宮がベテラン刑事に挨拶すると、彼も「久しぶり」と笑顔で挨拶を返した。

天宮が見ると、倉庫の扉は閉じられていて、中の様子を確認することは出来ないようだ。


彼女の様子から心中を察した加藤は、

「冷凍倉庫だから、開けっ放しにしとく訳にもいかなくてね」

と事情を説明してくれた。


「中の検分は終わったんですか?」

「今鑑識の小林さんたちが入ってるよ。

でも中は寒いから、刑事は外で待機ということになってる」


加藤の説明に頷いた天宮は、倉庫の扉を繁々と眺めている真田に気づいて、

「どうしたの?何か気になることがあった?」

と声を掛ける。


「この扉の鍵なんですけどね」

そう言いながら真田は、天宮に振り向いた。

「これって電子錠なんですけど、ガイシャは暗証番号を知っていたんでしょうか?

もし知らなかったのなら、ガイシャ一人では中に入れないことになりますよね」


その時真田に答えたのは加藤だった。

「暗証番号を知っているのは、この倉庫の管理事務所のスタッフだけだったらしいよ。

だからガイシャは知らなかった可能性が高い」

「ああ、さすがにもう確認されてたんですね」


「その管理事務所の方から話を訊くことは出来ますか?」

二人の会話に興味を持った天宮が尋ねると、加藤は管理事務所の方を指差した。

「検分が終わるまで、あそこで待機してもらっているから、話を訊いてみたら。

もしかしたら、うちの刑事の聴取の最中かも知れないけど」


天宮と真田は彼の言葉に頷くと、管理事務所に向かった。

事務所内には第一発見者の村井正和と管理人の山村静雄が、落ち着かない様子で座っていた。

〇山署の刑事による事情聴取は、既に終わっているようだ。


天宮と真田は村井たちに警察手帳を示した上で、事情を訊き始める。

「何度も同じことを質問することになるかも知れませんが、念のための確認ですので、ご協力下さい」


天宮がそう言って頭を下げると、二人は笑顔になって頷く。

相手が女性ということもあってか、少しは落ち着きを取り戻したようだ。


刑事たちが同じ質問を、人を変えて繰り返すことには、それなりの意味があった。

後で擦り合わせて、答えに矛盾点がないかどうかを確認することも、証言の信憑性を高める上で重要だからだ。


「早速ですが、あの倉庫の扉の電子錠は、暗証番号の入力形式ですよね?

その番号をご存じなのは、この事務所の方だけだとお伺いしたのですが、間違いありませんか?」


天宮のその問いに頷いたのは、管理人の山村だった。

「はい、間違いありません。

知ってるのは、ここの事務所の者だけです」


「では他の社員さんや部外者の方は、番号を知らないということですね?」

「ああ、でももう一人。

緊急時に備えて、総務部長の香山さんだけは知ってます」


「香山さんというのは、本社の方ですか?」

天宮の問いに、二人が一斉に頷いた。

「では、その香山さんという方から桑原さんに、暗証番号が伝えられるということはありませんか?」


その言葉に山村と顔を見合わせた後、村井はおずおずと口を開いた。

「一応それは会社の規則で禁止されているんです。

どこから洩れるか分からないので、盗難防止の意味で。

でも実際のところ、なかったかどうかは香山に直接聞いて頂かないと…」


そう言って語尾を濁す村井に、天宮は笑顔を向けた。

「承知しました。

それについては、ことらから直接香山さんにお尋ねしますね。

話は変わりますが、桑原さんはこの倉庫に来られる用事がなかったということなのですが、その理由をお聞かせ下さいますか?」


その問いに答えたのも村井正和だった。

「桑原は営業部長という役職でして、商品の保管や発送業務には全く関わっていなかったんですよ。

ですから業務上でここを訪れることはありませんし、まして私用で来るような場所ではありませんから」


「この事務所の関係者の方で、桑原さんと個人的に親しかった方がいらしたとかはないですかね?」

「それはないですね」

村井が即座に否定すると、山村もそれに同調して大きく頷いた。


「分かりました。

それではまた質問を変えますが、倉庫の扉は中に入った人が外に出るまで、施錠されないままになっているのでしょうか?」

「いえ、扉の鍵はオートロックになってるんです」

次の問いに答えたのは管理人の山村だった。


「それはどういうことでしょう?

少し詳しく教えて頂けませんか?」

「ああ、すみません。

入る時に暗証番号を入れて扉を開いた後、扉が閉まると同時にオートロックが掛かるシステムになっているんです」


「すると中から出る時は、どうすれば扉が開くんでしょうか?」

「その場合も入る時と同じで、中のキーパッドで暗証番号を入れると、ドアロックが外れるようになってます」


「成程。もし仮に、暗証番号を知らない方が倉庫内に取り残された場合は、何か緊急の通報手段があるんでしょうか?」

「ああ、その場合はですね。

中にあるボタンを押すと、事務所のアラームが鳴ることになっています。

夜間事務所に人がいない時は、警備会社に通報が行くことになっています」


その時、二人のやり取りを聞いていた真田が口を挟んだ。

「倉庫の扉を開けた後、閉まる前に何か棒のようなものを隙間にかましておけば、扉は開けっ放しの状態になるんですかね?」

「いえ、開いたドアが一分以上そのままになっていると、自動的に事務所のアラームが鳴ることになっています。

夜間人がいない時は、警備会社に通報が行きます。

冷凍倉庫ですから、中の温度管理のためにそうしているんですよ」


その答えを聞いた真田は、更に突っ込んだ質問を投げ掛けた。

「そうだとすると、倉庫内に荷物を搬入したり、逆に中から搬出する時は、毎回暗証番号を入力して扉を開けるんですか?

それだと結構煩雑だと思うんですけど」


「ああその場合はですね、ドアロック自体を解除するんです。

倉庫の扉は上についているセンサーに反応して自動開閉するようになっているので、ロックを解除すれば普通に出入りできるんですよ」

山村の答えに真田は大きく頷くと、質問を続ける。


「昨日ドアロックを解除して、朝までそのままにされていたとうことはないですか?」

「それはないですね。

現に今朝私が暗証番号を入れて、ロックを解除しましたから」


「成程。念のためですが、昨晩から今朝に掛けて、警備会社に通報がいったりしたことはないですよね?」

山村の答えを聞いた天宮が確認すると、彼はそれに頷いて答えた。

「それはないですね。

もしあれば警備会社から連絡が入ることになっていますから」


「分かりました。ありがとうございます。

それでは最後になりますが、倉庫の鍵の開閉記録のようなものは残っていませんか?」

「ああ、それでしたら、ここのパソコンから見ることが出来ます」

そう言ってデスクに移動した山村は、パソコンを操作して「あれ?」と声を上げた。


「どうしました?」と天宮が訊くと、山村は彼女に顔を向けて答える。

「昨日の夜9時頃に、誰かが暗証番号を入れてロックを解除していますね」


彼の言葉に驚いた二人の刑事は、席を立って山村の後ろに移動した。

そしてパソコンの画面を見ると、確かにその時間にロックを解除した記録が残っていた。

更にその僅か一分後に、再びロック解除の記録が残されていた。


その記録を見た天宮は真田と顔を見合わせた後、山村に問い掛ける。

「この下の方の解除記録は、倉庫の中からのものですか?」

「そうですね。

上の方は外から、下は中からロックを解除した記録になります」


山村の答えは、昨晩9時頃に誰かが倉庫の扉を開いて中に入り、すぐに出て行ったことを示していた。

二人の刑事はそのことを確認して頷き合う。


「大変参考になりました。

ご協力ありがとうございます」

村川と山村に礼を述べて訊き取りを切り上げた天宮は、真田と共に事務所の外に出た。


「誰かが昨晩、ガイシャの遺体を倉庫内に運び込んだということになるんでしょうか?」

「あの記録を見る限り、その可能性が高いわね。

或いはガイシャを意識不明の状態にして、倉庫内に放置して凍死させたか」


「すると殺人事件である可能性が高いということですね」

「事故の可能性も否定できないから断定は出来ないけど。

少なくとも今後の方針については、末松さんや班長と相談してみる必要があるわ」


真田に答えながら天宮の胸中には、昏い予感が沸き上がってくる。

そして彼女の予感した通り、この後事件は複雑な様相を呈しながら、意外な方向へと展開していくのだった。

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