第27話 男装の麗人

第二十七話    男装だんそう麗人れいじん



吉原に強烈な風が吹き、建物をらす。


「寒いし、見世が揺れてる……」 小夜がビクビクしていると、


「木枯らしかね~ 今夜は暇になるのかね~」 采は、キセルを持ったまま外を眺めていた。



昼見世の時刻、多くの妓女は張り部屋に入り客を待っていた。

しかし、木枯らしのせいで客足はかんばしくない。



「こんにちは~ 三原屋ですよ~」 梅乃は見世の外に出て、客引きをしていた。


「う、梅乃ちゃん……寒いから中に入ろう……」

古峰が梅乃に呼びかける。



「あら、珍しい……古峰が来るなんて」 梅乃は驚いていた。

普段、妓女の言葉のも返事さえしない古峰が自分から声を掛けに来たのだ。



「うん、でも、こんな時だから役に立たないと……」 梅乃は大声を出して客引きを続けている。



結局、梅乃が叫び続けたが集客ゼロのまま妓楼の中に入っていった。



「こう 風が冷たいと客は来ないか~」 梅乃がため息をつくと、



「それでも梅乃が頑張っているのを見ている人が居るわよ~」

小夜と励まし合い、手をニギニギしていた。



「梅乃、古峰と一緒に、買い物に行っておいで」 采がメモを渡す。


「はーい。 行ってきます」 梅乃と古峰は、震えながら茶屋まで向かった。



「ごめんください。 買い物を頼まれました~」 梅乃は千堂屋の入口で、大きな声を出すと


「あらあら、梅乃ちゃんは元気ね~♪」 野菊が出てきた。



「野菊姐さん、こんにちは」 挨拶をする。

「こ、こんにちは……」 古峰も挨拶をすると


「あら~ 言えるようになったのね。 偉いわね」 野菊は、笑顔で小峰の頭を撫でた。



すると、千堂屋で見た事のない長身の女性が買い物をしていた。

その女性は髪が短く、どこか中性的な顔立ちの美人だった。



「ふえ~ 普通なら髪を長くして、後ろでたばねるのに……」 梅乃は珍しい髪型を食い入る様に見ていた。



女性が梅乃の視線に気づく。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」 女性が梅乃に声を掛けると

「いえ……髪が短くても綺麗だな~と思って、見ちゃいました」


梅乃は恥じらうこともなく、女性を誉めていると



「あ、ありがとう……嬉しいわ。 でも、男みたいでしょ? 背も高いし……」 女性は、恥ずかしそうに言う。 



「全然! 本当に綺麗です……」 梅乃の目は、あこがれのような眼差まなざしを送っていた。



「なんか照れるわね……せっかくだから、お茶でもご馳走するわよ」

「ありがとうございます」 梅乃は、綺麗な女性と話しが出来る事を喜んでいた。



「私は、すぐ行かなきゃだから、あなた達はお茶を飲んでから帰りなね」

女性はそう言って、買い物を済ませ帰っていった。



「野菊姐さん、さっきの女性ひとは……?」 梅乃は興味で聞いていた。



れいさんね。 確か、裕福な家庭で華族かぞくの娘さんとか……」 

野菊自身、あまり関わりがなく 聞いた話し程度のものだったが、


「どこの妓楼なんだろ……?」 梅乃は玲のことを知りたくなっていた。



「確か、小見世の……なんて言ったかな~ 覚えてないや」

野菊は舌を出していた。



翌日、強い風は吹いておらず、寒さも少しは落ち着いている。


「すみません。 少し行ってきます」

梅乃は走って三原屋を出ていくと


「アイツ、何処に行ったんだい? やることあるのに……」 采は梅乃の行動を不思議がっている。



「き 昨日、男みたいなカッコイイ女の人が居たんです。 たぶん、その人の所……」

古峰が采に話すと、

「なんだって? そんな妓女いたかね?」 采は腕を組んだまま考えていたが、



結局、采は分からないままであった。



「この辺かな……」 梅乃は京町二丁目の水道尻まで来ていた。


京町二丁目は九朗助稲荷があり、人も多い場所である。


「見世が分からないからな~」 梅乃が、さんざん歩き疲れてきたところに

「あんれ? 昨日の……」 



「やっと会えた~」 梅乃は嬉しさで疲れが吹っ飛んでいった。



「えっ? 私に会いに?」 玲は目を丸くする。

「はい。 昨日はごちそうさまでした」 梅乃が、しっかり頭を下げると


「あら、ご丁寧だこと。 貴女は、どこの禿かしら?」

「はい。 三原屋です。 私、梅乃と言います」



「そう、梅乃ちゃんね。 私は玲よ。 そこの かえで屋って見世の妓女さ」

玲は気さくな口調で、梅乃と話しをしていた。



「あの……昨日の千堂屋さんで聞いたのですが、華族の人って聞きましたが……」


「そう、聞いたんだ……」 玲は下を向いた。



華族とは、江戸時代の大名家である。

徳川や松平家などが代表的であり、明治二年から昭和二十二年まで存在していた。


その中には公家なども含まれており、後に国会で貴族院(現、参議院)にも入る名家である。



(そんな家柄の人が、どうして吉原に? お金の困っているのかな? お小遣い欲しさか?) 梅乃の考えは、子供なので ここまでだった。



その後、度々会っては話しをするようになっていき

「梅乃ちゃん」 玲が声を掛けると、梅乃は飛びつくように走っていく。


しっかり玲になついていた。



ある日、かえで屋に高貴な男性が見世の前に立っていた。


(なんか小見世の客とは違う感じだな~) 梅乃は、かえで屋の前に立っている男性を見て思っている。



そして、

「嫌です。 離して!」 大きな声が聞こえた。

梅乃は、かえで屋まで急いで向かい、玲と男性を引き離した。


「何するんですか? 嫌がっているじゃないですか!」

たまらず梅乃が声をあげると、


「お嬢ちゃんは関係ないから帰りなさい」 男性は、そう言って梅乃を突き飛ばした。



「―いたっ」 梅乃が後ろに倒れてしまう。

「―梅乃ちゃん」 玲は慌てて梅乃を抱きかかえる。



「すみません、玲さん……他の見世に関わるなと言われていたのに……」


「いいのよ。 ありがとう」 玲は、梅乃の行動に感謝をする。

「いてて……」 梅乃は起き上がると、男性をキッと睨んで



「ここは吉原です。 女の人に乱暴しちゃダメなんです!」 梅乃が男性に向かって言うと、男性は舌打ちをしながら去っていった。



「ごめんね、梅乃ちゃん……」 玲が困った顔をしていると

「大丈夫です。 玲さんが無事なら」 梅乃はニコッとする。



「また服を汚しちゃった……お婆に怒られるな」 梅乃は服を払い、汚れを落としていると、


「私が新しいのを買ってあげるわよ」 玲が言う。



「いいえ、大丈夫です。 三原屋には姐さんたちが居ますので貰えるし、服は私が洗濯をしていますから……」 そう言って、梅乃は三原屋に戻っていくのであった。




そして、梅乃は采に出来事を話している。


「かえで屋? 小見世かい? よく知らないけど、あまり首を突っ込むんじゃないよ」 采も知らなかったようだ。



この吉原では、百軒近くの見世がある。 それは大見世から河岸見世までだ。


小見世や河岸見世は入れ替わりが激しい。 廃業と起業を繰り返しているのだ。


大見世の采には、小見世までの情報は聞き流す程度である。


 しかし、見世の法度はある。

 いくら大見世だからと言って、小見世や河岸見世の事に首を突っ込んではならない。



少し前には、玉芳が意見を言っただけで問題になっていた。


これは梅乃が原因であったが、これはこれで問題となってしまうため、

梅乃は介入しないように心掛ける。



翌日、玲が三原屋に来ていた。

「ごめんください」 


采が玄関まで向かうと、驚いた顔をしている。

「アンタ、その髪で妓女なのかい?」 采が言うと、



「はい。 前は長かったのですが、一度、短くすると楽なもので……」

玲が照れながら言うと



「その顔や髪型だと、女郎の姿より軍服ぐんぷくのが似合うんじゃないか?」

采は、玲の中性的な姿を気に入ったようだ。



「確か小見世の……」 采が言うと、

「はい、かえで屋です。 そこの妓女として働いています 玲と申しんす」



「そうかい。 よかったらウチに来るかい? アンタなら人気が出そうだ」


「いえ、全然です。 殿方は、女らしいのが好きなようで……」

 苦笑いをする玲は、美人と言うよりイケメンというのが似合う表情をしていた。



 「それで、三原屋ウチに何の用なんだい?」 采が聞くと、


 「ここの、梅乃ちゃんに会いに……」


 「梅乃? もしかして、何か迷惑かけたかい? あとで百叩きにでもしておくよ」 采は、もし本当に迷惑を掛けていたら……と少し心配していた。



「いいえ、その逆です。 梅乃ちゃんに助けてもらったので、お礼に来ました」

玲は、団子の入った包み紙を采に見せる。



「なんだい? どうせ勝手に梅乃が首を突っ込んだんだろうけど……ちょっと待っててな」 采が言うと、奥から梅乃を呼んできた。



「玲さん♪」 梅乃が玲に抱き着くと、

「梅乃ちゃん、昨日はありがとう。 これ、団子なんだけど食べてね」

玲は、包み紙を梅乃に手渡した。



玲は、少し梅乃と話しをしてから帰っていった。


すると、奥から妓女たちが梅乃に声を掛ける。

「梅乃、あのカッコイイ方は誰?」 妓女の一人が言うと


「かえで屋の玲さんです」 そう答えた。

「ふ~ん、かえで屋ね~」 梅乃が妓女の顔を見ると


(あら……目が『恋する乙女』になってる……)



妓女という商売は髪型や化粧が似てくる。

着物や装飾品で差が出る程度だ。


今回の玲のように、中性的な美人は刺激があって女性が惚れるタイプは珍しかった。



そして、梅乃が采に説明をすると。

「何? 華族だって? どうして吉原に?」 采は、またもや玲のことで驚いていた。



「野菊姐さんが教えてくれました」

「それで、たたずまいとかで お前が好きになったってことか……」


「はい。 子供でも、一目惚れってあるんですね~」 梅乃は頬を赤らめていた。


「それで、手土産まで持って来れるのか……」 采は納得していた。



普通、妓女なら子供相手に自腹を切ることはない。

稼ぐ為に妓女になっているのだから、簡単に金は使わないものである。


それを簡単に使ってしまう玲は珍しいタイプであった。



(なんか気になる……) 采の直感が働いていた。



そして梅乃は

小夜と古峰、三人で団子を食べてご機嫌になっていた。

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