⑱ 2025.11.12

約1ヶ月前のことを日記と称して書いているのは中々妙な気分になって参りましたが、まあ書き始めてしまった以上書き上げるしかないでしょう……ということで続けます。


翌10月10日は朝6時半ごろに宿を発ちました。普段から朝型の生活をしている私にとってそこまで早朝という感覚でもないのですが、橋本の町も人通りは少なかったです。

この点はやや意外でした。失礼な言い方をすれば、田舎の方が高齢の方などが早朝から活動しているのではないか、という感覚をなんとなく私は持っていたということです。しかしそうではありませんでした。もちろんこの橋本という一例で他の地の傾向まではわかりませんが、東京の方が街として稼動し始める時間は早いのかもしれない、ということを私は思いました。

東京では朝の5時ごろでも散歩している高齢の方も多いですし、電車も6時台ともなれば老若男女問わずかなり混んできます。やはり東京という街は皆が働き過ぎているのではないか、ということを思いました。


さて本題に戻ります。

旅行時はなるべく多くの場所を回りたいと私は考えているので、もっと早くに出発したいくらいだったのですが、この日は交通機関の関係上それは叶わない状況でした。むしろ9時頃まで寝ていても工程には支障ないくらいだったのですが、まあそんなに寝てもいられないので6時頃の出発となったわけです。

少しブラブラと橋本の地を歩き時間を潰してからJR和歌山線に乗り、電車で15分ほどで奈良県の五条という地に着きました。ここからバスで十津川村に入り熊野本宮大社を目指すというのが、この日の工程です。

バスの出発は10時半頃なのでかなり時間がありました。「すき屋」の朝定というおよそ旅情とは無縁の朝食を平らげ、五条駅周辺をぶらぶらしてもまだ時間は余っていたので、結局バスの待合室で執筆をしていました。……旅に来てまで原稿を書くという行為が執筆へのトラウマとなり、この日記の更新をここまで遅らせたことには疑問の余地がないでしょう。


まあそんなわけでいよいよ五条発~十津川経由~新宮行のバスに乗り込みます。

興味ある方はぜひ地図アプリを開いて見て欲しいのですが、とにかくこの辺りは広大な紀伊山地のド真ん中。山の中の山、山を分け入ってもまた山が広がるような地域です。紀伊山地中央には鉄道も通っていないので、こんな所を訪れる物好きは自家用車かこうしてバスを用いることになります。しかしこの長時間バスは意外と人気のようで、ほぼ満席に近かったのには驚きました。

……しかしバスに乗り込んで20分もすると景色にも飽きてきます。イヤホンでラジオを聴きながらうつらうつらと眠ってしまいます。

私の目指す熊野本宮大社までも4時間超のバス旅ですので、何回かバスは休憩所での停車を挟みます。そして発車から3時間近く経った頃でしょうか。ずっと狭い峠道だった景色が一気に開け、今運行している場所が深い渓谷の中だと気付かされます。十津川村に入っていたのです。

十津川という場所に私は以前から興味がありました。十津川村は北方領土を除くと日本で一番大きな村なのですが(北方領土の村を含めると日本で五番目に大きな村となる)、ご覧のような地理的要因ゆえに陸の孤島、本州最大の秘境の地、というような呼ばれ方をします。しかし私が最初に興味を持ったのは司馬遼太郎の幕末小説の中で度々「十津川郷士」という存在が出てくるからです。十津川郷士たちは勤王の志が強く、幕末期一つの勢力を築いていたようです。

しかし正直今回の旅では十津川をバスでほぼ通過しただけなので、受け継がれる気風や雰囲気などはあまり感じられませんでした(十津川に宿を取ろうと思っていたのですが叶いませんでした)。


それからさらにバスは進み14時半にいよいよ熊野本宮大社に到着しました。バスの乗客はほとんどが熊野本宮を目指しているのだと私は思っていたのですが、どうもそうではなくここで降りたのは私以外に数組だけでした。

というわけでやや小雨の中、熊野本宮の地に降り立った私は


(ああ、なんか良いなぁ……)


という感覚を覚えました。

宗教的聖地とされている高野山にやや俗っぽい印象を抱いていた対比かもしれませんし、単純に高野山に比べて観光客の数が少なかったことに起因するのかもしれません。しかしともかく四方を山に囲まれた中に少し開けた盆地に祀られた熊野本宮大社に、日本の原風景・日本人のルーツといったものを私は感じたのです。連綿と受け継がれてきた日本というものを感じ、基本的には無神論者である私も(あるいは無神論者であるがゆえに)自然と敬意の感覚を覚えました。


世界遺産となっている「熊野古道」は幾つかのルートがありますが、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社・熊野那智大社)へと向かう参詣道のことを指すようです。私が熊野古道というものに興味を持ったのは何年か前に吉野の地を訪れたのがきっかけです。吉野から熊野へと向かう「大峯奥駈道」という修験者が用いるような道を覗いたのがきっかけです。

やはり人間はちっぽけなもので自然の中で人は生かされているのだ……というような感覚をその時も抱きましたし、今回のこの熊野の地でも感じました。

しかし今回はバスでこの地に降り立っただけで、熊野古道を本来の意味で感じたわけではないので、いつかは数日かけて山の中を歩いてみたいと思いました。


最後にお土産としてTシャツと鈴を買い熊野を満喫した私は、17時ごろ再びバスに乗り込みこの地を後にすることになります。今回の旅で一番感動したのはこの熊野の地でした。


……まだ続きます。次回で終わりにしたいと思いますが。



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