14話 決死の底力

 朝日と共に作戦を開始した僕達は怒涛の勢いでモンスターを殲滅していた。現れるモンスターのレベルに比べ、こちらの戦力は世界屈指。余力がある内に少しでも減らしておこうと皆がちょこちょこと手を出しているうちに死体の山が出来上がっていた。


 しかし、イレギュラーは突然訪れる。


「チヅルちゃん!! チヅルちゃん!!」

「…………」


 頭から血を流し返事をしないチヅルちゃん。陣形は散り散りに分断され、他の皆も無事ではないのかもしれない。


「クソ……スタンピードの真ん中で孤立しちゃうなんて……」


 地形の窪みに何とか隠れる事は出来たけど、一瞬でも早くこの場所から離れないといけない。時間を掛ければ掛けるほどが追いかけてくる。


「なんで……なんでS……っ!!」







 モンスターの群れに強襲を仕掛けること二時間。すでにD級の波を越えC級が半数を占める段階で、僕らの余力は思いの外有り余っていた。


「はぁっ! やっ!」

「『フレイムピラー』!」

「セルシャさん屈んで!」

「いました! あれで最後です!」


 おびただしい足音や鳴き声が響く中、それぞれが声を出し、陣形維持をしながら猛進する。森の中でモンスターの進行も遅く、丁寧に対処することでここまでミスなく作戦をこなしていた。

 スタンピードから少し離れた高台の休憩地点に辿り着いた僕達は、ポーションや回復魔法で体調を万全に戻そうと息を整える。


「凄い数だ。あと何回もあの中に飛び込まないといけないだなんて……」


 インターバルの度に自分の状況に身震いがする。本当に僕があんなモンスターの濁流の中を走り回っているだなんて。


「ユウさん、大丈夫ですか?」

「あ、あぁチヅルちゃん。今のところ問題ないよ。うん、怪我もないしね」

「そうですか。またすぐに出発しますので食事などは手早くお願いしますね」


 周りを見てみると、みんな水分補給をしたり干し肉を齧ったりしていた。長い休憩が取れない時はこまめに補給をするのか。

 チヅルちゃんとスタンピードを眺めていると、補給を終えたセルシャさんが話しかけてきた。


「ユウリ殿、先程は助かった」

「どういたしましてセルシャさん。と言っても、ずっと守ってもらってる僕の方がお礼を言うべきなんだろうけどね」


 優しく笑うセルシャさん。全身真っ白な、機動性を重視した騎士装備に聖なる槍を携えた正統派パラディン。長い金の髪が風に揺れるその姿は『戦乙女』と呼びたくなるほど凛とした佇まい。彼女はファンクラブもあるくらい美しい容姿を持っていて、街を歩いているとよく勧誘される。


「それにしても、スリングショットとはまた珍しいな。前回共に戦った時は投擲だったと思うが、メイン武器にしたのか?」

「ううん、今回は陣形的に両手を空ける必要が無いと思ったから精密に狙えるスリングショットにしたんだよ。その代わり投げナイフとかは使いにくくなっちゃったけどね。ダメージより状態異常を与える方がいいでしょ?」

「あぁ、いい判断だと思うぞ。あの麻痺毒の玉のようなものも手作りなのか?」

「そうだよ。『デバフ玉』って言って、ガラス玉の中に薬品を入れただけなんだけど、他にも強酸性だったり、粘液だったり色んなデバフ玉があるんだ。数は少ないけどステータスダウンの魔法を込めてもらったやつもあって色んなサポートが出来るんだよ」

「ふふ、アイテムの話しをしているユウリ殿は本当に楽しそうだな」

「あ、ごめんね……」

「いやいや、センチメンタルになるよりずっといい。ここからが本番。我々も徐々に余裕が無くなるだろうからな。良い援護期待しているぞ」

「うん! 頑張ろうね!」


 セルシャさんに指揮を高めてもらい、また戦場に舞い戻る。

 一時間、二時間。すでにB級のモンスターがほとんどで、ブラックの三人以外は疲弊が目立っていた。体力もそうだが、反撃を受けることでダメージが蓄積している。休憩もスパンが短くなり、唯一回復魔法を使えるセルシャさんは魔力の使い方をみんなに相談し始めていた。

 そんな何度目かの小休止、チヅルちゃんの異変に気付いたジュリちゃんは小さな特攻隊長に声を掛けた。


「チヅル、そろそろ限界でしょ。イリナと代わりなさい」

「い、いえ……まだ体力もありますしダメージも皆さんほど蓄積していません! 不調もないのに陣形を崩すのはリスクが……」

「身体の話しじゃない。今は心の話をしているのよ」

「心の……」

「初めてのチームアップ。見たこともない数のモンスターの波を先頭で走り続けてまだ動けるのは凄いことよ。誇りなさい。貴方は強いわ」

「だったら!」

「でも、冷静でいられなくなってる。挙動の端々に焦りや不安が見えてんのよ。一歩間違えれば死に直結する中で、自分の選択が正しいのかもう分かんないんでしょ? そんな子を前に立たせられないのよ。今はB級のモンスターまでしか出ていないけど、貴方と同格に当たるA級が出現したら一気に崩れるわよ」

「…………」


 苦虫を噛み潰したように悔しそうな顔で俯くチヅルちゃん。身体がまたまだ動くのに、不確定な内面の不具合を指摘されて納得していないんだろう。

 チヅルちゃんは何度か深呼吸をし、静かに瞑想する。目を開けた彼女は冷静に「分かりました」と呟いた。


「次のアタックを30分で締めます。そこを最後に交代していいですか?」

「…………」


 ジュリちゃんはチヅルちゃんの目をじっと見つめる。彼女の考えていることは僕には分からない。きっと人を率いて戦ってきた経験や、今の状況など色んなものを加味して結論を出すのだろう。


「はぁ、分かった。次がラストね。落ち着いて、今まで通りやりなさい」

「はい!」

「その代わり、A級が一匹でも現れたらすぐにイリナを前に出すこと。約束よ?」

「ありがとうございます。皆さん、最後までよろしくお願いします」


 ペコッと頭を下げたチヅルちゃんにみんな親指を立てて応える。


「さ、行きましょう。ダンジョンの構造上このB級の波が一番長いはずよ。焦らず、最低限の仕事をこなしましょう」


 そして、僕達はまた地獄を駆け出した。

 接敵から15分。ほぼ予定通り、この段階で集団の中央に足を踏み入れる。今までより敵の量も少しまばらで、感覚的に息を入れやすい瞬間が訪れていた。

 みんなこのタイミングで一度息を整え、再び加速しようと目で合図をする。


 再始動の瞬間だった。


「左!!!!」


 この日初めての、ミロちゃんからの指示。

 急を急く短い声は、事の重大さを物語っていた。


 視界を埋める真っ黒な巨体。濁った赤い目。稲妻を纏う二本の角。本で見たこともある。話にも聞いたことがある。絶対にこの場にいるはずがない。


 Sランクモンスター『デモンズミノタウロス』


「このっ!」

「がはァっ!」

「ふんっ!!」


 隙をつかれ、みんなの対応が後手に回る。

 一体、二体、三体……命の危機を本能で感じ取ったのか、僕の視界はゆっくりと流れ始め、状況だけが鮮明に焼き付いてくる。


(七、八……九体……なんだこれ……死の宣告者なんて呼ばれてる伝説級のモンスターがこんなに沢山、しかも完全に不意をつかれて、どう生き残ればいいんだよ……)


 イリナは二体の攻撃を掴んで更に後ろの敵に投げ付けて、計四体を止めていた。同じく左側のフラムさんは完全に力負けしそうなところを気合いで踏ん張っている。それを加勢しようとするセルシャさんはまだ間に合っていない。右側のミロちゃんは完全に狙われていて、三体からの攻撃を弾き返していた。


 唯一、完全に崩れたのはチヅルちゃんだった。


「…………っ!!」


 悲鳴も上げられず巨大な棍棒で殴り飛ばされ、僕を巻き込んで遥か後方に引き剥がされた。


「ユウ………て…っ」


 視界の端に捉えたジュリちゃんが何か言っていた気がする。すぐに緑や茶色が代わる代わる移り変わり、痛いのか熱いのか分からない怪我が全身に増殖していく。


「あっ……ぐぁ……」


 大木にぶつかったことで急停止。脳が高速で回転しているように目線がおぼつかない。

 目を閉じ、何度目も息を吸う。足りない、全然酸素が足りないんじゃないか。ここはどこなんだ。何してるんだ僕は……。

 甲高い耳鳴りが遠くへ行くのと共に、視界がゆっくりと開けていく。口の中の血と砂利の味が認識出来るようになって、急いで震える足を抑え立ち上がる。


「チ…………ヅル……ちゃ……」


 目の前の光景は酷いものだった。木々を何本も薙ぎ倒し、巻き添えを食ったモンスターの死骸まで散乱している。抉れた地面と血の道の真ん中に横たわっているチヅルちゃんを見つけ、血の気が更に引いた気がした。


「チ……チヅルちゃん!!」


 倒れた少女に走りよる。頭から血を流してピクリとも動かないチヅルちゃんは、それでも両手の刀を離さずにいた。

 急いで背負う。しかし、ここで左腕が折れていることに気付き、どうしようもない状況に目頭が熱くなった。周りに仲間はいない。きっと元の場所で交戦中なんだ。


「早く、離れないと……」


 無理矢理肩に担ぎ、スタンピードの波に飲まれないよう脇窪みに滑り込む。急いでチヅルちゃんの安否を確認しないといけない。


「し、心臓は……動いてる! 呼吸は……くそっ! 僕が震えてどうするんだ!!」


 恐怖か、頭を打ったのか分からない。手が言うことを聞かないのだ。感触も怪しい手での触診はやめて、彼女の口に耳を近付ける。


「息もある!! まだ生き残れる!! ……待っててチヅルちゃん。僕が助けるから!!」


 またすぐに肩に担ぎ直し、どうにか安全な場所を目指す。ここに留まればミノタウロスが追いかけてくるだろう。スタンピードに踏み潰されるだろう。集中するんだ。この瞬間だけでいいから。

 腕が折れた方の肩から血が流れ始め、僕は奥歯を強く噛んだ。痛みはもうどうでもいい。それより酷い出血だ。途中で倒れる可能性が出てきてしまった。急がないと。


「行くよ、チヅルちゃん!」


 暴走したモンスターの影を縫って、少しづつ、少しづつ休息ポイントを目指す。


 しかし、そう上手くいくはずもなく。


「あ……………………」


 目の前には棍棒を振りかぶり、嘲笑うように頬を吊り上げたデモンズミノタウロス。

 すでに捉えていたんだ。僕達を……。


「ごめん、ね……チヅル………っぢゃあ!!」


 背中から強い衝撃と共に「ガキィンッ!!」と甲高い音が響いた。

 勢いに地面に倒れた僕。目の前のデモンズミノタウロスとの間に一人の小さな人影。


「…………くも……」

「チヅルちゃん!!!!」


 チヅルちゃんだ! 意識が戻ったんだ!

 しかし、様子がおかしい。


「よくもよくもよくもよくもよくも!!!!」

「……チ、チヅルちゃん?」

「よくも好きな人の前で!! 恥をかかせてくれましたね!!!!」


 怒声と共に魔力が爆発的に上昇するチヅルちゃん。ミロちゃんとの戦いと同じく変則的な構えで腰を落とした。


「…………挽肉にしてやるっ!!」


 そう言うと、更に破裂しそうなほど魔力が増大した。辺りの木々を振動させるほどの莫大なエネルギー。僕は直感的にそれが何か理解した。


「チヅルちゃんの…………固有スキル……」


 ここから激動の二回戦が始まった。


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