第30話 "Sorrowful goodbye and the cry of resolution"
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失敗だったと思うのなら、次はどうする?
あれ?
もう辞めちゃうの?
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戦場は混乱の渦に飲み込まれていた。
味方だと思っていた者が影に堕ち、敵だと思っていた者が懸命に戦っている。
指揮官を失い、統率の取れていない軍隊など、最も簡単に崩れ落ちてしまう。
「もう終わりだ……」
「フェノス様もダチュラ様も死んでしまった……」
「俺たちもこのまま死ぬんだ」
戦意をなくす者も現れ出す始末。
それでも、彼女たちは折れなかった。
「まだだっ! あんたら、まだ戦えるだろ!」
燃え上がる炎に身を包み、レヴィはひたすら影堕ちと戦い続けた。
周りの兵士たちが何人倒れていこうと、影に堕ちた者がどんな嘆きを口にしても。
彼女の炎は止まらない。
この祭りが始まった瞬間から、レヴィたちに後退の文字はない。
「この国は! あんたら獣人は! 誇りがあんだろ! 強えんだろ! だったら、戦え! ダチュラさんだってそうしたろ!」
敵にかける言葉ではないけれど、彼女は何度も何度も叫ぶ。
彼らが立ち上がらなければ、レヴィたちが戦う意味がなくなってしまうからだ。
誰か、一人でもいい。
誰かが立ち上がれば、それに続く者が現れるはずだから。
「……頼むよ。誰かっ!」
レヴィは周りを見渡すけれど、もはや影に堕ちていない者の方が圧倒的に少ない状況で、希望はなかったかもしれない。
「まだ生きてるやつは、俺に続け!」
レヴィが俯きかけた瞬間、雷光がレヴィの横を駆け抜けた。
彼の表情は見えなかったけれど、誰がどう見ても、今のカエルムは、この国を背負おうとする者だった。
戦場の温度が上がる。
まばらではあるけれど、カエルムの声に応える者たちは、確かにいた。
「レヴィ、すまねえ。……遅くなった。俺はもう大丈夫だから、まだいけるか?」
「あはは、ちょっと見ないうちに強くなって戻ってきたね」
「……ふん、まだ終われねえからな」
「だね」
レヴィは、もう一度顔を上げる。
そう、心は折れていない。
炎も消えていない。
まだ戦える。
「よくやったな二人とも……この戦場は、ルルたちに預けても大丈夫そうだな。まだ死んでねえヤツもちらほらいたみてえだしな」
いつの間にか、ミーシャも合流してきていた。
ミーシャは軽く剣を振り、襲い来る影堕ちたちを斬り伏せる。
「レヴィ、カエルム。お前らはあたしについてきな」
「どこ行くの?」
「くっくっく、もう一人いるだろ? あたしらが向き合わなきゃなんねえ強敵がよ」
ミーシャが誰のことを言っているのか、レヴィもカエルムも瞬時に理解する。
王族でありながら、この戦場に姿を見せていない人物。
獣王国第二王女ロマ・ザフメリアである。
「……姉貴」
「そ、お前の姉ちゃんに挨拶しに行こうぜ」
ミーシャを先頭に、三人は中央地区の真ん中に堂々と
彼女たちの行く手を阻む者は、影堕ち以外にはもう誰一人としていなかった。
最上階、北側の一室。
鍵はかかっていなかった。
「嘘だろ……姉貴」
「くはは、これは驚いたぜ」
「こんなことできるの?」
三人が部屋に入った時、ロマは既に影堕ちと成り果てていた。
彼女の美しい外見は、ことごとく影に飲み込まれている。
しかし、三人が驚いたのはその表面上の事実にではなく、彼女の魔法が影を抑え、逆に飲み込もうとしていたからである。
ロマの身体がすっぽり入るくらいの大きさの球体状の水の中で、彼女は意識を保っている。
少しずつ、本当に少しずつではあるけれど、影は縮小していく。
「お見苦しい姿を……すみません。しかし、ここに貴方たちが来ることはわかっていたので、それまでは死ぬわけにはいきませんでした」
「くっくっく、充分すぎるぜ。ダチュラの主人なだけあるな……王女様よぉ」
ミーシャは、ダチュラが羽織っていた衣服の一部を、ロマに見えるようにかざした。
それが意味することは、ロマにも伝わっているのだろう。
彼女はなにも言わなかったけれど、その沈黙が全てを語っていた。
「姉貴! ……俺、えっと」
カエルムがロマの近くまで歩み寄る。
彼は先ほど兄を失ったばかりである。
レヴィはカエルムに駆け寄ろうとするも、ミーシャが静かにそれを制した。
「今は、あいつの時間だ……」
ミーシャはただ黙って、向き合う二人を見守っている。
ロマがいつまで意識を保っていられるかの保証はない。
仮に、完全に意識を失ってしまった場合、彼女が真っ先に襲うのは一番近くにいるカエルムとなる可能性が高い。
それでも、それをわかった上で、彼は姉の前に自らの身を置いたのだ。
「姉貴! ……兄貴は」
「カエルム、大丈夫です……全て視ていましたから」
悍ましい影に身体を飲み込まれているにも関わらず、ロマの声はただただ優しかった。
「何年ぶり……でしょうね。貴方とこうして言葉を交わすのは……できることなら、こんな姿では会いたくなかったのですが……お元気、でしたか?」
「……姉貴はなんでそんな普通にしてられるんだよ」
「お兄様もそうしたのではないですか? 兄や姉というのは、弟の前では意地を張りたいものですよ」
「……俺は、ずっと一人だったんだぞ。今更姉貴ヅラされても……どうしていいかわかんねえよ」
カエルムの声は震えている。
彼が望んだこと、願ったこと、それらの全てが崩れていく。
何一つとして、彼の夢は叶わない。
それがどんなに優しいものであろうと。
それがどんなに細やかなものであろうと。
「その通りですね。私たちは貴方を一族から追放し、その存在を否定しました」
「……」
「それが、貴方を……そしてこの国を護る最善だと信じたからです」
「……なんでだよ! 俺はそんなこと頼んでねえ! 俺がどんな思いをしたか……」
「勘違いしないでください、カエルム。あの日の決断に関して、貴方の感情は関係ありません」
「……は?」
声色は優しいままなのに、ロマの言葉は冷たく響く。
それに呼応するように、カエルムの心がささくれていく。
「貴方がどれだけ私たちを恨もうと、嘆き悲しもうと……仮にあの日に戻ってもう一度選択できるとしても、私たちが貴方を追放することは変わりません。そのことを謝るつもりも、悔いるつもりもありません。私たちはそうする他、貴方を守る術を持っていなかったから」
ロマは一定の声色で話し続ける。
水の中にいながら、普通に会話ができているのは、彼女の魔法の補助のおかげである。
彼女の属性は【水属性】。
しかも、彼女はその属性を知り尽くし、自身の魔力の扱いにも長けている。
魔力が触れられる範囲の全ての水を完全に支配できる。
大気中だろうと、体内だろうと。
彼女は今、その全てを影の溶解に集中させている。
そんな芸当、ミーシャにさえできるかわからない。
時間をかけ、入念に準備できるのであれば不可能ではないかもしれないけれど、ロマは魔法の扱いが不得手とされている獣人種なのだ。
ミーシャとロマでは、最初から条件が違いすぎるのだ。
それでも、彼女は迷わず自身の精神を守るために全力を注いでいる。
それは、決して自分の命を守るためではない。
彼女は今未来を守るために、己の命を懸命に保持しているのだ。
「少しだけ、昔話をしましょうか。こうして可愛い弟が会いにきてくれたのですから」
「……」
「貴方は覚えていますか? 貴方の母君と私と三人でよく街を散策した日々を。私にとって、何にも代えられない大切な思い出です。しかし、あの方が亡くなってしまわれた日、私は未来を視ました。貴方が殺されてしまう未来です。信じてもらえないかもしれませんが、あの日から、私はその未来を変えるためだけに行動しました。幼かった私にできることなど、高が知れているというのに……」
「……」
「しかし、私の未来視は私の想像以上に、そして鮮明に未来を映すように成長していくことになります。貴方がいつ、どこで、どのように殺されるか……その結果、この国がどうなってしまうのか。それはもはや幼い私一人でどうこうできる規模を遥かに凌駕していました。だから、貴方を除く全ての国民の意識に介入し、貴方の存在を抹消する手段を取りました」
「……?」
「もちろん、私一人ではそんなことはできませんが、私の母なら、それができます……彼女は稀代の呪術師ですから。その結果、未来は書き換えることができた……そう思い込んでいた。私は、貴方が殺されなくなったことに喜び、重要なことから目を逸らしてしまったのです。何度も視たはずの未来で誰が貴方を殺していたのかを失念してしまっていたのです」
「……俺を殺していたやつ?」
レヴィは二人の会話に大人しく耳を傾けるけれど、聞き逃すことのできない情報があった。
当然のように、ミーシャもそれに気付いているのか、レヴィの方を見て、ゆっくりと首を横に振った。
今は、まだ言わなくていい、と。
「結局、今この瞬間までその者が誰なのかはわからないままです。ただ、この国に巣食う邪悪の尻尾は掴みました。私たち……と言っても私とお兄様、そしてお父様……あとはダチュラやゲインなどの信用できる者にのみその情報を共有し、私たちは貴方を離れた場所から護ることに決めたのです。……昔話は、これで終わりです。カエルム、貴方はここに何をしに来たのでしょうか」
「……」
「レヴィ様、ミーシャ様。お二人も気を遣っていただき、感謝いたします。今から、この国の最後の王族として、お話をさせていただきますので、お二人も聞いていてください」
ロマは、顔色も声色も変えないまま、レヴィたちの方を見る。
しかし、先ほどまでの姉としてとは違い、今のロマからは力強い意志を感じ取ることができる。
「……だとよ、あたしらも近くに行ってやろうぜ」
「うん、そうだね」
レヴィとミーシャは、無防備なままロマに歩み寄る。
彼女に対する敬意なのか、信頼なのか。
二人はカエルムと並ぶように立つ。
「いい仲間に出会えましたね、カエルム」
カエルムは、静かに歯噛みしたまま俯いている。
「では、まずこの国の今後について……獣王国ザフメルは本日をもって、滅亡します。ここまで兵を失い、民を傷付けてしまっては、もうどうにもなりません。ただ、私たちは、貴方たちに敗けたのです。既にこの国から亡命させた民たちには、そう流布するよう命じています。竜人たちの手によって、獣王国は滅ぶ……それがせめてもの救いですね」
「……」
「次に、貴方たちにお伝えしたいことをいくつか。一つ、この国を裏切っていた人物に気を付けてください、ということ。二つ、私たちの宝を継承していただきたい、ということ。そして三つ……私が視た最後の未来視について、です。一つずつ話していきましょうか」
レヴィもミーシャも、ロマの身体から目は離さない。
こうして話していること自体、既に異常なのだ。
その均衡はいつ崩壊してもおかしくはない。
ロマが繋いだ時間の価値を、可能な限り引き上げる。
それしか、二人にできることはない。
「この国を裏切っていた者、レヴィ様とミーシャ様はもうお気付きのようですね……」
「くっくっく、こりゃなんだ? あたしらは試されてんのか? レヴィ、答えてやれよ」
「え、私? えっと、さっきの話で変な言い回しがあったなって思ってんだけど」
ロマは小さく笑う。
自分たちの未来を託す相手を、間違えていなかったことに対する安心か、期待の表れか。
「ロマ王女が言った『カエルム以外の国民全員』にその呪術? ってのが本当にかかってたのなら、おかしいことがあった……」
カエルムは、ゆっくりと顔を上げ、怒りに染まった目でレヴィの方を見る。
それ以上のことは、慎重に話せと脅すかのように。
「カエルム、レヴィ様に当たってもどうにもなりません。もう既に彼らはこの国にはいないでしょうし」
「……やっぱり、そうなんだね? この国を裏切ってたのは黄旗軍のラウカン……だよね」
「ご名答、レヴィ様の言う通り、この国を裏切り続けていたのはラウカン率いる黄旗軍そのものです。そしてそれを裏から支えていたのが、女王である我が母でした」
カエルムの魔力が部屋に充満する。
それは、育ての親を侮辱されたからではない。
この後に及んで、敵を見誤るようなことを、彼はしない。
「あいつらが、兄貴や姉貴を……いつからだよ」
その疑問には、ロマが応える。
「最初から、です。貴方の母君もおそらくは……今思えば不自然なことが多かったですから。女王に関しては、十年前から警戒していました。しかし、まさか自身を殺した者を道連れにする呪いを仕込んでいたとは……そのせいでお父様を早々に失ってしまいました。もしかしたら、お父様は全てをわかった上で、そうしたのかもしれませんけどね」
ロマの言葉に、レヴィもカエルムも絶句してしまう。
この騒動は一体いつから仕組まれていたのか。
静かに少しずつ地盤を蝕み、気が付いた時にはもう手遅れ。
それは、執念にも近い恐ろしさを二人に植え付けた。
「そこで、二つ目の話です。私たちの宝、ミーシャ様は心当たりが?」
「おいおい、悠長に謎かけなんかしてる場合かよ。こんだけ情報が揃えば、バカでもわかんだろ……こいつなんだろ?」
ミーシャは横にいるカエルムを指差し、挑発するように笑った。
「重ねて言えば、こいつの中にある神獣だろ?」
「流石でございます。その通り、カエルムの体内には我が獣王国が建国された日から隠し続けてきた神獣様の魂が宿っています。四神獣が一柱、【
「くっくっく、こんなとこにいたのか……見つからねえわけだぜ。それで? こいつの中にいる神獣様とやらは、まだ眠ってんだろ?」
「……えぇ、覚醒していただくには、とある場所で封印の鍵を開けなければなりません」
「……くはは! そうかそうかそういうことか! ロマ、お前最初からこうなることをわかって、あたしらを誘ったんだな? くっくっく、このあたしを駒として使いやがったな?」
「無礼は承知の上です。ですが、この子……カエルムを守り抜くにはこれしかありませんでした……申し訳ありません」
ミーシャは、嬉しそうにロマの謝罪を受け入れる。
この状況、この場面で中心にいるのはカエルムである。
ロマの言うことが全て真実なのだとしたら、彼ら、この国の王族たちは、カエルム一人のために国ごと犠牲にしたということになる。
正気の沙汰ではない。
少なくとも、国を動かす者の判断としては、間違っている。
しかし、それでも彼の感情は、その事実を否定することができない。
「俺なんかのために……ずっと前から守ってたとか、今後のためにとか! 都合のいいこと言って、死んでいった奴らにも同じこと言えんのかよぉ! 姉貴!」
頭ではわかっている。
こうして声を荒げて、糾弾しなければ、彼らの想いに魂が震えてしまいそうになる。
ロマは、冷静な声で答えた。
「もちろん……あの場にいた幹部以上の者には作戦の前に全てを話しましたから」
「……は?」
「誰一人として、反対する者はいませんでした。ただ、何も知らないまま死んでいった兵士もまた、多くいたこともまた事実。しかし、彼らにも私は言えますよ」
「……」
「この国の未来のため、この国が紡いできた歴史のため……そして私の愛おしい弟のために死んでくれますか、と」
ロマの目には、力が籠っている。
誰に何と言われようが、彼女はこうなのだろう。
ただ一人、最も大切な者のために全てを捨てる覚悟を持った者、それがロマ・ザフメリアである。
「何でだよ……ちげえだろ……姉貴はもっと賢くて強くて……何でもわかってて……俺なんかのためにそんな顔をするようなことねえだろ!」
「存外、ヒトを見る目はないみたいですね……カエルム」
「……だっておかしいだろ! 俺を生かすことがこの国のため? 国そのものがなくなってんじゃねえかよ!」
「それでも、です。私たちは確かに敗けました。しかし、敵に渡すものは何一つ残すつもりはありません。たった数万人の獣人の命、喜んで差し上げましょう」
狂気とも言える愛情。
弟を守り、獣人たちの未来に何かを託すために、自分を含めた目の前の数万の命を切り捨てて見せたのだ。
それを狂気と呼ばずして何と呼ぶのだろう。
純愛だろうか。
「兎も角、カエルムをこの国から安全に離脱させ、その身に宿る神獣様の封印を解く、それが二つ目に話しておきたかったことです。三つ目……私が見た最後の未来視について……ぐっ!」
影に身体を蝕まれながら、凛と姿勢を保っていた彼女の顔が歪む。
ついに、その瞬間が訪れてしまったのだ。
「レヴィ、カエルム! 離れろ!」
ミーシャは二人を守るように、ロマと二人の間に割って立つ。
「おい! 何するつもりだ! まだ姉貴は……」
「黙りな。ここから先は、あたしの仕事だ」
ミーシャは刀を抜いて、剣先をロマに向ける。
「頼む! やめてくれ! もう少し……なあ! 待ってくれよ!」
カエルムの叫びは、ミーシャにもロマにも届かない。
わずかに残った意識で、ロマはミーシャの剣先に己の心臓を合わせる。
レヴィは、ロマの覚悟とカエルムの願いを天秤にかけて、どちらを取るべきか逡巡していた。
しかし、ミーシャはここからは仕事だと言ったのだ。
それは、レヴィとミーシャがロマから受けた依頼のことだろう。
この国の幕を引くには、まだ一人残っている。
その者が、どれだけ弟を愛していようと、国の未来、獣人種の未来のために多くのものを犠牲にしていたとしても。
彼女の物語は、この場で終わりを迎えなければならない。
「あたしは受けた仕事はきっちりやるぜ?」
「そうで……しょうね。だからこそ、貴方を……選んだ、のです。もう時間がありません、よろしくお願いします」
ロマは、意志に反して、目の前の敵に襲い掛かろうとする自分の身体を無理矢理拘束してみせる。
水でできた檻が、彼女の自由を一切許さない。
「姉貴! これが本当に姉貴がしたかったことなのかよ! 姉貴には……もっとあったんじゃねえのかよ!」
「……」
ロマの視線がカエルムを避けるように、ミーシャに向けられる。
影は暴れるように、ロマを飲み込んでいく。
彼女には、もうそれに抗う余裕は残されていない。
「竜桜剣……」
「待て待ってくれ……頼むよ」
ミーシャの握る剣に、桜色の魔力が宿る。
優しい魔力、全てを許し包み込んでくれるような。
「あ、姉貴! 姉貴!」
最後に残された意識、たった一雫。
ロマの目がカエルムを捉えた。
「あぁ、可愛い私の弟……どうか……生きて」
「……
一本の美しい剣筋が、水の檻ごとロマの身体を貫いた。
一瞬過ぎて、レヴィやカエルム、貫かれたロマでさえ、その動きを視認することは叶わなかった。
「ごふっ……ミー、シャ……さ、ま……」
「あぁ」
「わた……とを……いて、は……」
「ああ」
「ぜ、た……い……」
「ああ、任せな。よく頑張ったな」
ロマの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
同時に、カエルムは膝から崩れ落ちて、声を上げて泣いている。
「ミーシャ……ロマ王女は……」
「ああ、ちゃんと自分の役目を真っ当したぜ……大したタマだよ、ったく」
剣をゆっくりとロマの身体から引き抜き、崩壊していくロマを見つめる二人。
「おい、カエルム。ちゃんと見ろ、目え逸らしてんじゃねえ。お前の姉ちゃんが選んだ道にお前は生きて立ってんだ……泣いて喚いて、こいつの覚悟を否定すんな」
「……」
カエルムは、涙を拭い、もうほとんど残っていないロマの欠片に目を向ける。
拭っても拭っても、彼の目は涙を流す。
後悔も反省も、期待も信頼も、死んでしまった者が相手では、虚しいだけ。
カエルムが彼女に対してできることは、もうほとんど残されていない。
それでも、彼は必死に願った。
姉の想いを、兄の願いを、そしてこの国の未来を。
カエルムはその小さな身体で、懸命に背負おうとしている。
漏れ出る嗚咽が、部屋に静かに響く。
サラサラと、彼女だったものが消えていく。
「許さねえ……姉貴や兄貴を……俺の国を壊した奴らは、絶対に俺が殺してやる」
ミーシャは剣を鞘に収め、レヴィに目配せをして部屋の外に出るよう指示する。
素直に従ったレヴィは、部屋にカエルムを残し、ミーシャと二人で廊下に出てきた。
「レヴィ、お前これからどうする?」
「……どうするって?」
「いや、このまま私らについてきても、親父に殺されんだろ?」
「……あ」
「どうせ、カエルムも放って置けねえしなぁ……。ここは手分けして効率的に行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待って! いきなり次って言われても、私だってまだ頭の整理ができてないっていうか……」
「ロマが言っていたことで、一つだけ気にかかることがある。本当に敵はもうこの国を出てんのか? あたしなら、最後まで状況を観察するけどな」
「……え」
「ラウカンっつー爺は情報収集が得意なんだろ? しかも、カエルムの近くに長くいたらしいじゃねえか。あたしがそいつと同じ立場なら、この絶好の機会は逃さねえ」
直後、カエルムの残る部屋から凄まじい衝撃音が轟く。
「……くっくっく、かかったか? 行くぜ」
ミーシャは臆することなく、楽しそうに扉を蹴り飛ばし、部屋に入っていく。
レヴィもそれに続いて入っていくけれど、レヴィの目に映ったのは、想像よりも酷いものだった。
カエルムと対峙するのは、ラウカン。
しかし、ラウカンの両隣には見覚えのある姿があった。
「……なんで?」
「ボケっとしてんなよレヴィ。こいつが情報通りの智将だっつーなら、まだ何か仕込んでるはずだぜ」
ラウカンの両隣にいたのは、フェノスとダチュラだった。
もちろん、二人は先ほど死んでいる。
影に飲み込まれた部分は灰となって消えたはずなのに、影を補充することで、死した肉体を無理矢理動かしているのだ。
「ほっほっほ、保険で連れてきて正解じゃったかのう」
「ラウカンっ!」
叫んだのはカエルムだった。
雷を纏い、殺気に満ちた目で睨みつけている。
「安心せい……今のお主に用はない……どうせまだ封印は解けておらぬようじゃしのう。それでは土産にならん」
そういうと、ラウカンはわずかに残ったロマの肉片を乱暴に拾い上げ、瓶のようなものに入れられた赤い液体を、彼女に数滴かけた。
すると、ロマの身体が再び影を繋ぎ合わせて、再構成されていく。
残った彼女の綺麗な瞳は、未だ光を失い、虚なまま。
「ほっほ、あの美しかった王女様もこれではただの傀儡じゃのう。多く血を飲ませ過ぎたか……半分でも身体が残っていれば、もう少し別の使い道があったというのに……」
カエルムの怒りが限界を迎えたのだろう。
周囲のことなどお構いなしに、カエルムは魔力を解放する。
「殺す……お前は俺が殺してやる!」
「かかっ、青二才が……」
《獣王国ザフメル》の崩壊まで、残り零日。
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