第27話 "Beasts denied by the world"
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今、僕は自由だと知った。
でも、ぼくはどこにもいけないことをしっている。
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カエルムが身体を起こした時、ミーシャは既に中央地区に戻った後であり、レヴィたちもこれからの行動について話し合っている最中だった。
「お前……強えんだな」
短い間に、二度も地に伏すことになったカエルムは、若干恥ずかしそうな表情をしつつも、今更どう振る舞えばいいのかわからないのか、ぶっきらぼうな態度のままレヴィたちに歩み寄った。
「あ、起きたんだ。改めて、私はレヴィ。よろしくな! こっちはタニアとチェルミーね。私の仲間だよ」
「……ああ、カエルムだ」
レヴィはにっこりと満足げに笑って見せて、それにタニアたちも続く。
しかし、緊急事態というものは、最悪のタイミングで発生する。
耳を
レヴィもタニアも、チェルミーも、そしてカエルムも何が起きたのかわからないまま、周囲を見渡し異変を探す。
一つとして成果を得られぬまま、警報音に包まれる四人。
その状況を打破したのは、その場に駆けつけたラウカンの喝だった。
「御三方っ! カエルムを連れて今すぐこの国を出るんじゃ! 東と南が堕ちてしもた。敵さんもいきなし本気っちゅうわけじゃ……青旗軍も壊滅させられておる!」
ラウカンは数名の兵士を連れ、レヴィたちの元へ駆け寄ってきた。
状況は逼迫しているのだろう、ラウカンの顔には焦りが見える。
先ほどラウカンが言ったのは、東地区と南地区の陥落、そして青旗軍の壊滅。
それがこの国に、一体どれだけの被害をもたらしているのかは計り知れないけれど、レヴィたちはすぐさま状況への介入姿勢をとった。
「私らもできることをやろう」
「ええ、そうね」
「……はい!」
カエルムだけがこの状況に置いていかれていた。
口を大きく開け、ラウカンを唖然とした表情でぼんやりと見つめている。
「カエルムっ! ショックなのはわかるけど、動こう! ラウカンさんたちも、私たちのことはいいから!」
いつまでも動こうとしないカエルムの肩を、レヴィが激しく掴む。
我に返ったのか、カエルムはようやくしっかりとレヴィに焦点を合わせることができた。
「あ、ああ……悪りぃ、もう大丈夫だ」
レヴィは、できるだけいつも通りに笑う。
そうすることが、この状況に相応しいかどうかはわからないけれど、今のカエルムには効果はあった。
自分に匹敵し、あろうことか勝ってみせるほどの実力者が笑ってくれることの意味を、レヴィはよく知っている。
危機的状況において、正しい行動をするというのは極めて難しいことである。
それぞれの価値観を度外視した上で、優先順位を合わせるというのは、言葉で言うよりも遙かに難しいのだ。
しかし、状況は一切の手を抜くことなく進行する。
レヴィたちがいるのは、西地区の端、その爆発音は彼女たちの元まで確かに届いていた。
「むぅ……こちらまで来よったか。御三方、ここも直に呑み込まれるじゃろうて。できるだけ遠く、国を出なさい」
「……ごめんねラウカンさん。私らにそれはできないよ……この街にはまだ仲間が残ってるし、それに……この国はまだ負けてない!」
レヴィの胸の内は、不安や葛藤が渦巻いている。
しかし、それを馬鹿正直に口に出すことはしない、したくないのだ。
レヴィを信じて、共に歩んでくれている仲間やミーシャたち、彼女たちのことを失望させたくない。
再び大きな爆発音が、遠くで鳴った。
小さく悲鳴も聞こえてくる。
今、《獣王国ザフメル》は侵略されている。
戦争が始まろうとしているのだ。
「……そうじゃな。若いもんに教えられるとはのぅ……カエルム、戦えるな?」
「当たり前だろ」
「あいわかった、であれば御三方……西地区は儂らが受け持とう。中央区の応援に向かってくれんか?」
「ああ! 任せてくれ!」
レヴィとカエルムは目を合わせ、静かに頷き合った。
異論はない。
タニアたちも、既に準備はできている。
四人が目指すは中央区。
ミーシャやルルーシュが、そしてこの国の中枢である王族がいる区域。
走る。
走る。
悲鳴。
血。
走る。
影堕ち。
血。血。血。
「なんだよこれ……さっきまで普通だったのに……」
レヴィの目に映るのは、絶望そのものだった。
そこらじゅうで影堕ちが姿を現し、周囲の者へ無差別に襲い掛かっている。
兵士たちも応戦しているけれど、影堕ちの強さは素体となった者の強さに比例するようで、影堕ちとなった者の中には当然、兵士だった者もいた。
「くそくそくそ! なんなんだよこれはぁ!」
「許せない……」
カエルムもタニアも苛立ちで、今すぐ介入してしまいたいのを必死で抑え込んでいる。
四人が中央区へ辿り着いた時、既に状況は終了しており、西地区に比べて、穏やかな雰囲気だった。
「よう、来たか」
ミーシャは中央区入り口の辺りで、レヴィたちを待っていたのか、すぐに声をかけてきた。
レヴィたちの顔に、一瞬安堵の色が浮かぶ。
西地区で目にした凄惨な光景は放置することはできないけれど、この場でミーシャという強者が普段通りの顔を見せてくれるというのは、非常に安心できる。
レヴィは西地区で起きていることを共有し、中央区の状況に目を配る。
「ああ、こっちはひとしきり終わったみたいだぜ。つってもあたしもルルもそこまで手ぇ貸してねえけどな。王女様の采配ってやつのおかげかもな」
「でも、西地区や東と南もやられたって……」
「あたしのとこに入ってきた情報では、一割近くが影堕ちになったらしいな。いきなりやってくれんじゃんよ」
ミーシャは笑うけれど、それは殺気の籠った凄みを含んでいた。
そうこうしていると、ルルーシュも合流してきた。
当然、傷どころか汚れひとつ付いていない。
「はぁ……こんなに早いなんて聞いてないんだけど。東の方はとりあえず終わったよ」
「おう、お疲れさん」
カエルムは、目の前のミーシャとルルーシュを見て、歯軋りする。
肌で感じたのだろう。
目の前の二人が、自分が逆立ちしても勝てないことに。
直後、チリチリと肌を刺すような空気がその場を覆う。
その発生源はすぐに現れる。
大層不機嫌そうな顔で。
「ったく……てめえらこんなとこに固まってんじゃねえよ。影堕ちの処理はあらかた済んだみてえだし、説明してもらうぞ」
ダチュラは、ミーシャとルルーシュに詰め寄る。
その際、確かにカエルムの存在は確認しているはずだけれど、まるでいない者のようにすぐに視線をミーシャたちの方へ移した。
それに気付いたのは、レヴィとタニア、そしてカエルム自身だけだった。
「……」
「気にすんな。……こんなのいつものことだからよ」
ダチュラが合流したことで、ミーシャとルルーシュは三人で何かを話し合い、レヴィたちはその様子を見守ることしかできない。
話し合いは存外早く終わったようで、ミーシャとルルーシュは四人の方へ歩いてくる。
ダチュラはというと、用事は終わったと言わんばかりに既に次の仕事へと向かって消えてしまった。
「レヴィ、タニア、チェルミー。お前らにはこれから影堕ちの殲滅に向かってもらう」
ミーシャの声は落ち着いていた。
こちらに不安を抱かせないように配慮してくれての声色だったのかはわからないけれど、それは逆にレヴィたちの心を浮き足立たせる。
彼女は対処や対応ではなく、殲滅と言った。
影堕ちになったばかりの者には、僅かに意識が残っていることを知っているはずなのに。
それらを全て殺してこいと、そう指示しているのだ。
「ルル、お前もついてってやれよ」
「えぇー、うちじゃなくてミーシャが行けばいいじゃん」
「あたしだと正確な位置に飛ぶのに時間かかるだろ。それにあの街に行くならルルの方が上手くやれるって」
「……そう言ってこっちの方が面白そうってだけでしょ」
「くっくっく、そんなんじゃねえよ。あたしはこれから王女様とその兄貴ってのに会うんだよ。代わるか?」
「うわ……絶対面倒なやつじゃん」
ルルーシュは、深いため息を吐いて、諦めたように四人に視線を向けた。
「ん? この子も連れて行くの?」
ルルーシュはカエルムを指差してミーシャに尋ねるけれど、ミーシャは楽しそうに即答する。
「そりゃそうだろ。こいつにとってもきっと意味がある」
はいはいと、ルルーシュは然程興味がないのか、すぐに了承し、転移の魔法を展開する。
しかし、流石に黙っていられなかったのか、タニアが口を開いた。
「ミーシャさん、私たちはどこに?」
ミーシャは意地悪な笑みを浮かべた。
「お前らもよく知ってる街だよ……獣人が多くこういう状況の予行練習にはもってこいの街を知ってんだろ?」
レヴィとタニアは一瞬でそれがどこを指しているのかを理解する。
想像したくはないけれど、思い当たったその街で間違いないだろう。
「覚えてるか? レヴィ、あたしはお前に言ったよな? 影堕ちになっちまったら、もう殺すしかない。どんな時でもその剣を振れんのかってな」
「……私は」
「たとえ、目の前のそれが顔見知りだろうが、放っとけばさらに被害が広がるだけだぜ?」
「……」
「ルル、行ってくれ」
ルルーシュは、返事の代わりに転移の魔法を発動する。
レヴィたちの顔には迷いが見えたけれど、そんな余裕はすぐになくなった。
転移した先は、レヴィたちが想像した通り、《モダンジーク街》だった。
先ほど目にした、《獣王国ザフメル》の西地区とは比べ物にならないほどの被害が目の前に広がっていた。
「嘘……だろ」
それは一体誰の声だったのか。
ルルーシュでさえ、顔を顰めて眉間に皺を寄せて、状況を見つめている。
しかし、先述した通り、そんなことをしていられるほどの余裕はこの場では存在しない。
五人目掛けて、数体の影落ちが襲い掛かる。
レヴィはキツく目を閉じ、それでも鋭い剣筋で影落ちを屠る。
タニアとカエルムも同様に、自身の魔法で対処する。
「うん、まあ動きは悪くないね。はぁ、でもこの量だと……うちが一発大きいのやるから、後を任せていい?」
「待って!」
ルルーシュが黒い魔力を放とうとした瞬間、レヴィとタニアが同時にそこに口を挟む。
当然である。
この街には、彼女たちの知った顔が多くいるはずなのだ。
その安否も確認しないまま、ルルーシュの魔法に巻き込まれてしまっては本当に手遅れになってしまうかもしれない。
「ま、まだ生きてるヒトがいるかもしれないから! 私らが先に行って探してきていい?」
「……ん、いいよ」
ルルーシュは特に反論する様子もなく、レヴィの申し出を受け入れる。
彼女なりに、何か狙いがあったのかもしれないけれど、レヴィたちにはそんなこと関係がない。
助けたい誰かがいる。
助かっていて欲しい誰かがいる。
決して、レヴィたちが命に優先順位をつけているつもりはなくとも、こういう事態になった時、命の価値には差が出るものである。
それは、ある意味当然のことであり、仕方のないことなのだ。
レヴィとタニアは瞬く間に街の奥の方、正確には冒険者ギルドがある方へと駆け出していった。
「……で、二人はどうする?」
呆然と立ち尽くすチェルミーとカエルムに、ルルーシュは声を掛ける。
チェルミーは、この場に来てから身体中が震えてしまい、まともに話すことさえできていなかった。
強くなると決めたはずなのに。
仲間と共に、どこまでも一緒にいると啖呵を切ったはずなのに、彼女の足はレヴィたちを追いかけることさえできなかった。
悔しさなのか、恐怖なのか、チェルミーの瞳が涙で濡れていく。
「チェルミーはうちのサポートに専念して。……君はどうする? うちが守ってあげてもいいけど」
「……いや、いい。俺もできることをやってくる」
カエルムは雷を身に纏い、目にも止まらぬ速さで、レヴィたちの駆けて行った方へと消えていった。
「……はぁ。こういうお守り役は絶対うちじゃないのに」
ルルーシュは、三人を見送った直後、襲いかかってきた十数体の影堕ちを顔色を変えないまま魔法で跡形もなく消しとばす。
視点はレヴィたちへ移る。
二人は迷うことなく、冒険者ギルドへと向かう。
胸が痛い。
緊張なのか焦りなのか、そんなことはあり得ないと思い込みたいだけなのか。
道中、何度も襲われるけれど、二人は無意識にその顔を確かめてしまう。
影に堕ちたばかりの者であれば、それが誰だかわかるはず。
そして、その面影を感じさせるものはまだ現れていない。
「タニア、大丈夫だよな」
「うん、大丈夫……お願い……」
最短距離で、駆け抜けた。
二人の願いは、叶わない。
しかし、なるべく速く走ってきたからこそ、最期の瞬間には間に合ったと言えるかもしれない。
冒険者ギルドは、完全に倒壊しており、数えるのも嫌になるほどの死体が転がっていた。
もちろん、獣人種だけではなく人間種や亜人種の死体もある。
戦闘になって、殺されてしまったのだろう。
ミーシャが言っていた。
影堕ちは、死んだ瞬間から灰か砂のように消えてしまうのだと。
この場の惨状を見れば何が起きたのか、大体のことはわかる。
わかってしまう。
「お……前た、ちは……レヴィに、タ、ニアか……?」
聞き覚えのある声。
しかし、二人が知っているような力強いものではなく、今にも消えてしまいそうな、そんな声だった。
「ビルゼさん!」
赤獅子族である彼は、逞しい体躯と強さの象徴とも言える赤い
それなのに、二人の目の前にいる彼は、体の半分以上が黒く変色し、
思わずビルゼに駆け寄ろうとした二人を、凄まじい威力の突風が遮ってしまう。
「す、ま……ない。身体が、勝手に……」
二人の足を止めた突風。
それの正体に、レヴィたちは瞬時に気が付く。
今のは、間違いなく魔法である、と。
影堕ちとなった者の強さに個体差が出る最たる理由がこれである。
影堕ちは、素体となった者の魔法をそのまま使うことができるのである。
「がぁ……もう、意識が……レヴィ! タニア! 遠慮はいらん、本気で……ぐはぁ……ぜぇ、かかってこい」
ビルゼは、自身の背丈ほどもある斧を振り回し、その風圧で幾重にも風を操り始める。
「レヴィ、戦おう。今ビルゼさんを止められるのは、私たちだけでしょ?」
「ああ、これ以上ビルゼさんにこの街の誰かを傷付けさせちゃ駄目だ」
レヴィとタニアは同時に構える。
炎と聖なる光が、風を霧散させていく。
戦いは激しく、苛烈を極めた。
現役を退いていたとはいえ、冒険者ギルドをまとめ上げるほどの人物である。
弱いはずがないのだ。
鋭い
炎が、全ての無念を燃やし尽くさんと、激しく爆ぜる。
優しくも温かい光が、彼らの魂を浄化するように包み込んだ。
「世話……かけたな。がはっ……二人とも強く、なった」
既に、ビルゼの身体は灰となって消えかけている。
「お前、たちに……一つ、たの……みたい。そ、この路地の奥に……アリーシアが、逃げていった……はずだ。彼女を、助けて……やって、くれ」
息も絶え絶えのまま、ビルゼは残った右腕で路地を指した。
「わかったよ! ビルゼさんっ! ……あぁ! 身体が……どうしたらいい? タニア!なんとかできない?」
「……ごめん。こうなってしまったら、私じゃ何もできない」
既に動くことすらできないほどの損傷を受けたビルゼの身体は、左側から崩れ落ちていっている。
それでも、立ち続けている彼は、やはり強き者なのだろう。
「……あり、がとう」
そう言い残して、彼の拍動は永遠に停止してしまった。
灰となって消えたのは、影に堕ちてしまった部分だけで、彼の面影が残る部位はその場に残った。
大量の血が、今更彼の身体から溢れ出す。
レヴィもタニアも、言葉を失っている。
しかし、二人には彼に託されたことが残っている。
二人は顔を見合わせ、気持ちを奮い立たせて、ビルゼが指差した路地へ入っていく。
路地は、驚くほどに静かだった。
そう入り組んだ造りではなく、二人はすぐにアリーシアを見つけることができた。
彼女は背を向けて泣いていた。
たくさんの者の死に触れたのだろう。
誰よりも、冒険者たちの無事を願ってきた彼女だ、その辛さは計り知れない。
この状況で彼女に非があるはずがない。
全ては、この状況を作り出した者が悪いはずなのに、彼や彼女たちが負った傷は誰が治すのだろう。
彼女たちが背負った負い目は、どうすれば軽くなるのだろうか。
「アリーさん、大丈夫?」
レヴィもタニアも、アリーシアの明るい髪色と特徴的な耳、そして小さく漏れる彼女の嗚咽の声で、目の前にいるそれがアリーシアであると確信していた。
振り返った彼女は、確かにアリーシアだった。
身体のほとんどが影堕ちとなってしまっているけれど。
「そんな……、アリーさんまで」
「レヴィ! 離れて!」
駆け寄ったレヴィは、アリーシアが振り返った瞬間、つい足を止め思考してしまった。
それは誰から見ても隙でしかない。
すかさずタニアが呼びかけたことで、レヴィの意識はなんとか目の前の状況そのものに向けられたけれど、あと数秒遅かったら、レヴィはここで死んでいたかもしれない。
瞬時に飛び退いたレヴィは、自分が立っていた場所が地面ごと抉り取られていることに絶句する。
「タニア、今の見えた?」
「うん、これがアリーさんの魔法……なんだよね?」
ゆらりと、アリーシアは立ち上がる。
意識はまだそこにいるようだけれど、身体の制御はできていないようだ。
「ぐすっ……レヴィさん、タニ、アさん……。お願い、します……助け、て」
言葉とは反して、アリーシアは魔力を放ち、大きく口を開け、空を噛む。
瞬間、レヴィたちの周囲の空間が歪む。
「タニアっ避けろ!」
二人は間一髪で、その攻撃を躱す。
「あ、あぁ……ご、ごめんなさい。こんなの、私は……した、くない……のに」
彼女の涙が溢れる度に、レヴィの胸の中に怒りが募っていく。
アリーシアがこんな思いをする必要がどこにあったのだろうか。
彼女はこんな悲惨な最期を迎えねばならないほどの罪を犯したのか。
そんなわけがない。
「……ふざけんな」
レヴィは、静かに炎を身に纏った。
怒りに染まりそうな感情を、必死に押し殺しているのだろう。
その炎は、ゆらゆらと荒く揺れ動いている。
「レ、ヴィさん……ごめんな……さい」
彼女が謝ることなんて、きっと何もないはずなのに。
これから、彼女は死んでしまう。
そんな瞬間に、なぜ彼女はこんなにも絶望しなければいけないのか。
なぜ、こんなに悲しい涙を流さねばならないのか。
「アリーさん……よかった。私らのこと覚えてくれたんだ」
レヴィの声は、震えている。
今にも溢れそうな涙を、必死に止めている。
「……私らがこの街を出て、そんなに時間は経ってなかったっけ。アリーさん、私らね、今獣王国ってとこに……いるんだよ。……もしかしたらアリーさんの故郷だったのかな……」
タニアは、ゆっくりと力を抑え、レヴィを見守ることにした。
彼女だって、アリーシアに言いたいことは多くある。
それでも、レヴィがタニアの知らないところで背負ってきた何かが、今のレヴィの言葉となっているのであれば、それは邪魔したくないというのが、タニアの考えだった。
「アリーさん……こんなに強かったんだね。一緒に、冒険……してみたかったな」
レヴィの言葉は、彼女に届いている。
アリーシアの動きは、徐々に鈍くなり、アリーシア自身の声が返ってくる。
「レ、ヴィさん……も、タニアさんも……。ずっと心配、して……まし、た。忘れ……るはずが、ないで、す。わ……私は、お二人の……せん、ぞ……く受付、嬢ですから」
レヴィの瞳から、ついに涙が溢れ出す。
先ほどまで、助けてと泣いていたアリーシアが、二人の戦う姿を見て、そして自らの最期を悟って、レヴィの言葉に懸命に笑って応えたからである。
「……タニア、ごめん。私がやる」
「うん、わかった」
レヴィは、涙を拭かなかった。
ただの一瞬たりとも、アリーシアから目を離したくなかったのかもしれない。
一歩ずつ、ゆっくりとアリーシアへと歩み寄っていく。
「アリーさんに、もっともっと話したいことあったんだよ」
「……は、い」
「あの頃より、……結構強くなったんだよ」
「……はい」
「……ずっと私らの専属受付でいてくれてたんだね」
「……ふふ、もち、ろんです」
「アリーさん、ありがとう……あの日、私らを見つけてくれて」
「……」
「……アリーさん」
「レヴィ、さん。タ、ニアさん。お二人は、私……の大切、な……友人、です。ちゃんと、見守っ……てますから」
「……」
「楽しかったです……お二人と、出会え、て……よかったです」
アリーシアは言葉を発すると同時、身体を大きく震わせ始める。
必死に抑え込んでいた衝動が、溢れ出しそうなのだろう。
身体を覆っている影も、もう身体全体へと至ろうとしている。
「お、願いします……せめて、私のまま……アリーシアのまま死なせて、くだ……さい」
レヴィは、叫ぶ。
力の限り。
喉が潰れようと、血を吐こうと。
タニアも、レヴィの横に並ぶ。
彼女の目にも涙が溢れている。
「……二人の、姿を最期に……見れたこと、嬉し……かったで、す」
アリーシアはゆっくり目を閉じて、レヴィの炎を優しい笑顔のまま受け入れた。
悲鳴も上げることなく、ただ黙って。
熱いはずなのに。
怖かったはずなのに。
彼女は最後に、笑ってみせた。
レヴィとタニアは、彼女が完全に消えてしまってからも、しばらくの間その場で泣き崩れていた。
絶望は、まだ始まったばかり。
《獣王国ザフメル》の崩壊まで、残り三日。
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