第12話 "The bell of despair is always watching you"

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 止まない雨はない。

 あなたの頭上に虹がかかるとは限らないけれど。


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 クロノスとミーシャは、二人揃って宿の玄関を掃除していた。

 理解に苦しむほど、平和な時間が流れている。


「なぁ、これあたしが手伝う必要あったか?」

「タダで泊まってるんですから、それくらいの労働は当然だと思いますよ」

「はぁ……それで、お前の見立てでは、そろそろ帰ってくる頃じゃねぇの?」

「そうですね、明日には帰ってくると思いますが、存外……時間がかかりましたね。貴方がここに居座って、もう四日目ですしね」


 ミーシャは、クロノスと会話を続けながら、頭では全く違うことを考える。

 その内容は、今はまだ明かされることはないけれど、きっとレヴィたちに関係することだろう。


 ミーシャは、手際よく箒を操り、床の塵を集める。

 

「そういえば、貴方たちは今もまだ諦めてはいないのですか?」

「何をだよ……なんてな。冗談だよ。あたしらって言われると答えづらいことこの上ねぇが、まあほとんどの連中は諦めるつもりはねぇよ……もちろんあたしもな」

「そうですか……」

「逆に聞きてぇんだけど、お前……今まで何処にいたんだよ。最後に会ったのって何百年前だぁ?」

「……」

「得意のダンマリかよ……変わんねぇな。まあいいや、今はこうして面と向かって話せてるんだし。久しぶりの再会ついでによ、ちょっと付き合ってもらっていいか?」

「何がついでなのかわかりませんが、面倒ごとならお断りしますよ」

「あたしとお前なら、大したことねぇよ。『影堕ち』って知ってるか?」


 クロノスは手を止め、溜め息を吐きながら掃除道具を片付け始める。

 ミーシャも楽しそうに笑い、クロノスに続く。


「場所は?」

「この街から南に行ったとこ、アブダ平原で数体……あれは一体何だ?」

「……移動しながら話します」

「くっくっく、はいよ」


 二人は、人知れず宿を出て、堂々と街を歩き始めるけれど、誰も彼女たちに気付かない。

 メイド服とワフクという、この街においてかなり奇抜で目立つ格好のはずなのだけれど。


「便利だな……これ。どうやってんだ?」

「教えてもらえるとでも? それより、は一緒じゃないんですね」

「今更だな、ルルは別件で任務中だよ」


 二人は足を止めることなく、街の門まで来た。

 ミーシャは軽く伸びをして、空を仰ぐ。

 クロノスは、相変わらず姿勢正しく立っているけれど、微かな魔力を纏っている。


「じゃあ、行くか」

「……ええ」


 直後、門の前から二人の姿が同時に消えてしまった。

 

 この後、二人は一日かけて、《アブダ平原》を走り回り、目的のものを見つけるまでひたすら魔物と戦い続けるのだけれど、それはまた別のお話。

 

 ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、クロノスとミーシャは目的を果たし、確かな収穫を得て帰還することになる。

 

 夕暮れ時、クロノスとの約束を守り、ミーシャは帰り道の途中で別れることになった。


 一人、《モダンジーク街》への帰り道、クロノスは先ほど得た情報について考え、辟易したような表情になる。

 

「全く……厄介極まりないものを生み出したものです」


 クロノスの歩調が少し早くなった。

 考えるべきことは多い。

 それでも、身体は一つしかない。

 

 優先すべきものを間違えることはできない。

 彼女は、はるか昔、とある神に出会ってしまった瞬間から、常にその綱渡りを続けている。


「レヴィたちも帰ってくるでしょうし、そろそろ準備をし始めなければ……間に合わなくなりそうですね」


 彼女は、果たして誰のために動いているのか。

 その答えは、まだ出せないでいる。


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 レヴィとタニア、そしてチェルミーの三人は、それぞれ誰も言葉を発さないまま歩いていた。

 

 三日前、レヴィとタニアが竜と対峙して、激しい戦闘を経験した後、二人は突如現れた小さな鬼のような少女に助けられた。

 本人たちは、受け入れたくはないだろうけれど、少女の助けがなければ、レヴィとタニアのどちらかが死んでいただろう。

 最悪、どちらとも命を落としていたかもしれない。


 レヴィもタニアもそれをわかっている。

 今の自分たちの実力では、竜に挑むには早すぎる。


 さらに、レヴィには少女との会話の記憶が残っている。

 ミーシャとルルーシュのことを尋ねた直後の少女の反応と、悪意に満ちた笑顔でレヴィに対して放った言葉。


「そうか……うぬらが種火か」


 少女は、何かに納得した様子で何度か頷き、気が済むと、竜に合図を送り、共にその場から去って行った。

 少女の言葉の真意はわからない。


 それでも、レヴィの疑念はあながち的外れなものではなかったのだろう。

 少女と、ミーシャたちは何らかの関係があるということ。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは、まだ判断できないけれど、流石のレヴィも楽観的に笑えるような状態ではなかった。


 そんな二人を迎えたチェルミーは、ずっと泣いていた。

 たった一人、置き去りにした仲間を信じ続けて待っていたのだ。

 二人の姿が見えた時、チェルミーの瞳からは涙が滝のように溢れ出ていた。

 そして、ボロボロになって気を失ってしまっているタニアを見て絶句し、何が起きたのかをレヴィから聞いてまた泣いた。


 三人は心身ともに疲れ果てているのだろう、口数は減っていき、ただ黙って街への帰路を歩き続けていた。


 そんな重い空気を最初に壊したのは、レヴィだった。


「街に帰ったら、美味いご飯食べに行こう……三人で。生きて帰ったぞ!ってさ」

「……ふふ、痛た……笑わせないでよ。でもいいね、私も賛成」

「わ、私も! いいと思います!」


 ヘトヘトになりながらも、三人は笑い合う。

 それが、空元気であろうと何だろうと、無理矢理に笑うのだ。

 そうしていなければ、この先に彼女たちを待ち受けるを誤魔化すことができそうにないから。


「このメンバーでの初めてのクエストが、こんなことになるとは思わなかったけど、成功は成功ってことでさ。ギルドに報告したら、その報酬でぱーっと食べよう」

「はしゃぐ元気があるかどうかは微妙だけど、反省会はしたいね」

「わ、私は二人が大丈夫なら、喜んで」


 実際、三人とも体力は底をついていて、ご飯を食べに行く気力などなさそうではあるのだけれど、このまま解散してしまうと良くない方向に頭が働いてしまいそうで、レヴィもタニアも、そしてチェルミーも三人でいることに縋ろうとしたのだろう。


 そうして何かを保つことで、強くなれるかどうかはわからない。

 そうして何かに縋ることで、強くなれるかどうかはわからない。


 それでも、彼女たちは悪くない。

 考えなくてはならないことは山ほどあって、それらから目を逸らすことはできないかもしれないけれど、心を休めることはきっと悪いことではないはずだ。

 

 竜と呼ばれる存在が、どれだけ高い次元にいるのか。

 そして、その竜を従える存在がいたこと。

 

 レヴィには、あの少女とはもう一度会うのだろうという直感に近い確信があった。


 三人が得た教訓はそれぞれ少しずつ異なっているのだろうけれど、それでも三人が抱いた感情は似ていた。

 

 もっと強くなりたい。


 その思いは彼女たちを前に進めてくれるだろう。

 その道の先に、何があるのかは彼女たち自身もわからないだろうけれど。 

 

 三人で街に戻り、そのままその足で冒険者ギルドへ報告をしに向かう。


「あ、お帰りなさい! よかったです、無事に帰ってきてくれて」


 報告をそこそこに済ませ、討伐証明部位を提出し、余分に収集していた素材もついでに換金をお願いする。

 ただし、竜に会ったこと、そしてそれを従えていた少女のことは報告できなかった。

 タニアも口を出すことはせず、ただ黙って報告を聞いていた。

 アリーシアは手際よく、三人を案内し、報告を記録してくれた。


 新たな武器や装備を作るのであれば、素材を持って武器屋に行くといいと教えてくれたり、三人の報告を終始真剣に聞いてくれたりと、アリーシアの対応はよくできたものだった。


「では、手続きはこれで全て終わりになります。三人とも、疲れが顔に出てますよ? 次にクエストを受けるまで、ゆっくり休んでくださいね」


 レヴィはなるべく心配をかけないように笑って見せた。

 うまく笑えていたかは自信はなかったけれど、そうするべきだと思ったのだろう。

 アリーシアもそれに応えて、三人を見送った。


「さーて、換金も終わったし……。飯食べ行くかぁ」

「だったら、クロさんのとこでいいんじゃない? チェルミーのことも紹介できるし」

「いいじゃん、チェルミーもいいか? 私らが世話になってる宿なんだけどさ、飯も美味いし、落ち着くし最高なんだよ」

「あ、はい。私は全然いいですよ」


 目的地も決まり、三人は寄り道もせず、《クロックグラップ》へと向かった。


「クロさーん、ただいまー」


 宿につき、レヴィが開口一番大声でクロノスを呼んだけれど、返事はなかった。

 それは、非常に珍しいことで、レヴィもタニアも違和感を抱いた。

 宿の主人として、そして二人の修行の面倒をみる師匠として、クロノスはこの宿を離れることはないと思っていたからである。


 物音ひとつしない玄関に、ぽつんと三人。


 先に部屋に戻り、荷物を下ろし着替えなどを済ませ始めた三人だったけれど、それは突然訪れた。


 ズシンと身体を押しつぶすような魔力の圧。

 レヴィもタニアも立ち上がることさえできない。

 チェルミーに至っては、呼吸できているかも怪しい。


 その圧は、一瞬で収まり、また静かな空間へと戻る。


「い、今のってさ……」

「レヴィもそう思う?」


 二人には、心当たりがある。

 ここまでの圧を彼女から向けられたことはないけれど、その独特の重さはここに泊まり始めて身近なものとなった。


 次第に、部屋の外から足音が聞こえてくる。

 

−−−−−−コツンコツン


 その足音は、部屋のドアのまで止まる。

 レヴィもタニアも緊張の顔である。


「お二人とも帰ってきていたのですね……もう一人いるようですが、この前言っていた新しい仲間の方でしょうか?」


 聞き慣れた落ち着いた声。

 二人は、胸を撫で下ろし、深く息を吐く。


「はぁー、クロかぁ。びっくりした」

「開けてもよろしいですか?」

「ああ、いいよ」


 ガチャっと扉が開き、そこにはいつも通りのクロノスが立っていた。

 改めて安心する二人。

 

「あ、あの……」

「チェルミー、このヒトがさっき言ってたこの宿で世話になってるクロノス!」


 チェルミーの本心としては、目の前に現れた人物が誰かより、安心して正面に立っても大丈夫な人物かの確認が欲しかったのだけれど、レヴィにそんな心遣いは期待するだけ無駄だった。

 そうなると、タニアだけが希望なのだけれど、チェルミーがチラリと横目で助けを求めると、タニアもすっかり気を抜いていて、チェルミーの心労を慮る気配はなかった。


「初めまして、クロノスと申します。お二人もそう呼んでくれていますから、クロと呼んでください」


 決して愛想は良くはなかったけれど、それでも幾分かは優しめの言葉遣いでクロノスは、チェルミーに話しかける。

 チェルミーもガチガチに緊張しながらも、なんとか応じることができた……ということにしてあげたい。


 レヴィはチェルミーもこの宿に泊めたいということ、クエストは無事終わり、お祝いも兼ねてご飯をたくさん食べたいということを伝え、クロノスはあっさりと了承した。


「あ、待ってクロ! さっきはなんであんなに魔力を出してたの? 私ら部屋の中にいたけど、すっげえ圧だったけど、何かあった?」

「……? ああ、それはごめんなさい。古い知人と体を動かして遊んできたもので、街の中を歩くときは抑えていたのですが、ここに戻った時に、一瞬気が緩んでしまったのでしょう……驚かせてしまいましたね」

「いや、そういうことならいいんだけど……」


 クロノスは、話すべきことを話し終え、階段を降り夕飯の支度へと向かっていった。


 再び部屋に三人は残された訳だけれど、そこからチェルミーの怒涛の文句を宥めることになったのは、レヴィとタニアにとって、ある意味災難と言えるだろう。

 ようやくチェルミーが落ち着き、一通り毒も吐ききった頃合いで、見計らったようにクロノスから夕飯の支度ができたことを知らされ、三人は駆け足で食堂へ向かった。


「す、すっごいですっ! こ、これ全部さっきの方が作ったんですか?」

「そうらしいぞ、クロが作る飯は本当に美味いからな」

「チェルミー、よだれが出てるよ……ふふ、あはは」


 三人は並んだ料理を見て、テンションが上がらずにはいられない様子だった。


「先日、珍しい食材が手に入りましたので、今日の席には相応しいかと……」


 クロノスは抑揚のない声で、配膳の説明を始めた。

 三人の前に並んでいるのは、春野菜をふんだんに使ったサラダ、炎鳥の蒸し焼き、芋と根菜のスープ、竜牛のローストビーフ。

 三人とも、メニューを言われて材料が頭に浮かぶことはないのだけれど、その香りと美しく盛り付けられた料理を目の前に、既に心は踊っている。


「いただきますっ!」


 三人揃って、一斉に食べ始める。

 疲れも悩みも、この瞬間だけは忘れてもいいかもしれない。

 美味しい食事は、心の健康に直結しているのだ。

 三人は笑い、大いに食事を楽しんだ。

 あっという間に、皿は空になり、三人とも大満足である。


「タニア、先にチェルミーと風呂行ってて。私はちょっとクロと話してから行くよ」

「ん、わかった」


 タニアはチェルミーを連れ、浴場へと向かっていった。

 チェルミーの機嫌は、料理を目の前にした瞬間から直っており、大はしゃぎだった。


「それで、私に話ですか?」


 食堂の片付けをしながら、クロノスはレヴィの思惑を探る。

 おおよその見当はついているのだろうけれど、それでも本人の口から聞いておくべきことだと判断して、あくまで聞きに徹しているようだ。


「ああ、今回のクエストさ……地竜を倒すってのは問題なくできたんだけどさ。その後、ちょっと予想外なことが起きてさ」

「……」

「竜に会ったよ」

「……」

「一匹だけだったけど、私もタニアも何もできなかった。あ、言いつけは守れなかったよ、ごめん」

「……」

「全部を出し切って、限界も超えて戦ったけど、傷ひとつ付けられなかった。あんなに強えんだな、竜って」

「……」

「それでも、私らが生きて帰ってこれたのは、助けてくれたヒトがいたんだ……。見たことのない種族だった。子どもみたいな見た目で、角が生えてて……でも……強かった。あいつが竜を吹っ飛ばした時、何をしたのか全然わかんなかった。あれがもし私らに向けられてたら、私らは死んでたと思う」

「……」

「クロは、強いよな? ……どうしたら、いい? タニアとっ、……チェルミーを守れるくらい、強く……なりたい」


 クロノスは、真っ直ぐレヴィを見つめる。


「私は……、強くなりたいっ!」


 悲痛な望みだった。

 これまで、圧倒的な強さを目の前にしても、レヴィは物怖じせず向き合ってきた。

 しかし、今回初めて、レヴィは死を明確に連想した。

 

 もっと自分が強ければ、タニアに無茶させることもチェルミーを心配させることもなかったはずだ。


 その考えは、レヴィの心を締め付け、余裕の一切を削ぎ落としてしまっていた。

 そして、悔しさや恐怖、強さへの渇望が涙となって、レヴィの目からこぼれ落ちる。


「レヴィ、あなたの気持ちは理解できます。その涙にも、覚えがあります」

「……私は何をしたらいい?」

「まずは休みなさい」

「……っでも!」

「休みなさい」

「……」

「と言っても、素直に聞いてはくれなさそうですね。レヴィ、真に強き者とはどういう者だと思いますか?」


 クロノスの問いは、レヴィの頭を混乱させる。

 レヴィにとって強さとは、相手に勝つことで証明されるものであり、それ以外にないものだと信じていたからだ。

 しかし、クロノスが聞こうとしていることが、そういうことではないことはわかる。

 なぜなら、レヴィ自身がこれまで出会った強者たちは、それぞれ違う強さを持っているように感じたからだ。


「最後まで生き残った者です。確かに、戦闘という面のみで考えれば、威力や速度、魔力量や魔法の強大さなどがわかりやすい指標と言えるかもしれませんが、それだけではない……自分でも薄々わかっているという顔ですね。よろしい」

「でも、だったら、私は自分が強くなるために何をしたらいいのかがわかんないよ」


 クロノスは、小さく息を吐き、もう一度レヴィを見つめる。


「竜が生物最強と言われる所以、それは先ほどレヴィが言った通りですよ。確かに、竜が用いる魔法は強力なものが多く、その被害は甚大でしょう……しかし、あの程度であれば、私にだってできるでしょう。それでも、貴方たち人類にとって脅威となるのは竜でしょう。その最たる理由は、からです」

「たお…せない」

「ええ、竜の最も厄介なところは、魔法の規模ではなく、魔力に対する耐性ですから。話を戻しますが、どれだけ強力な魔法を放とうと、どれだけ剣の腕が立とうとも、死ねばそこまでです。生きてさえいれば、また挑戦する機会は得られるかもしれない、更なる高みへいけるかもしれない、そういう意味で生き残れるものが強き者と言いました」

「でも……」

「それじゃ、仲間を守れない?」

「……」

「ふふ、いいでしょう……分不相応で傲慢極まりない……しかし好きですよ。そういう諦めの悪い方が」


 レヴィの中で、やるべきことが見えなくなるのは、初めての経験だった。

 それでも、クロノスには見えているのだろう。


「レヴィが強くなるために必要なものは、数えきれないほどありますが、優先順位をつけましょう。先日言った魔力操作の上達、そしてもうひとつ。……型を作りましょうか」

「……型?」

「ええ、レヴィは剣を持って戦うのでしょう? しかし、魔法を使い始めると途端に剣を振るう頻度が減っています。それは勿体無いとは思いませんか? ですから剣と魔法を織り交ぜた、レヴィの戦い方を見出します。型というとわかりづらいかもしれませんが、要するに自分の技を作るということですよ」


 クロノスの説明は、小難しいものばかりだったけれど、最後の一言はレヴィには特別鮮明に聞こえた。


「私の技ぁ? 本当に? 私だけの?」

「元気になりましたね、そうです。レヴィの……レヴィだけの技です」

「でも、それって強くなるためにどう関係あんの?」

「わからないまま、そんなに目を輝かせたのですか? そうですね、自身の技を持つ、そしてそれを極めるということは、自分の闘い方を熟知することと同義です。レヴィの戦い方をタニアが模倣したところで、その伸び代は高が知れているでしょう? 逆も然り……」

「そっか、そりゃそうだ」

「もう泣くのは終わりですか?」

「……うん、もう大丈夫。ありがとう、クロ」

「では、今日はまず休みなさい。湯船に浸かり心を落ち着かせ、しっかり睡眠をとって、明日の朝……思う存分鍛えてあげましょう」


 レヴィとクロノスは、ささやかに微笑み合い、その場で解散した。


 レヴィがタニアたちの後を追い、浴場へ向かうのを見送ると、クロノスは眉をひそめて、思考の海へと飛び込んだ。


 深く深く、どこまでも。


「レヴィが出会ったのは、おそらくまだ幼い竜。そしてそれを従える小さな子……容姿を聞く限りでは、の一人……ミコトでしょう。はぁ、確かに厄介ですね。ミコトは普段あまり表に出てこない分、出てくるときには決まって大きな被害を呼ぶ。過去の竜災の半分は彼女が関わっているし、おそらく彼女が火蓋を切って落とすのでしょう。でも、ミーシャは何も言わなかった……? 違いますね、確かに言っていたではないですか……私としたことが見落としかけていましたね。ミコトの狙いは、レヴィかタニアのどちらか……あるいは両方ですか。どちらにしろ時間はもう幾許いくばくもない……、であれば私も準備をしておきましょう。最悪、私がこの手でレヴィたちを……」


 レヴィたちの元気な声が、玄関まで聞こえてくる。

 その声は、多少の無理を含んではいるけれど、それでも未来を信じ、明るく響いている。


「はぁ……」


 クロノスは目を閉じ、溜め息を吐きながら天を仰いだ。


「あの子に諦めさせない責任は、しっかり取らなければなりませんね」


 クロノスの瞳に魔力が宿り、狭い玄関内にいくつもの時計が顕現する。

 それらはさまざまな形を成し、すべての針が無秩序に回っている。


「クロノスの名において命じます。時の権能の全てを用いて、備えなさい」


 言葉が終わると同時に、時計の針は激しく逆回転し出す。

 宿はミシミシと音を立てて軋み出すけれど、彼女以外にそれを知覚することはできない。


 この街に迫る終わりの瞬間は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。

 

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