第9話 "The sad song envelops the dragon"

30

 どうして貴方の声はそんなに悲しげに聞こえてくるのだろう。

 どうして貴方の優しいその声を、こんなに煩わしく思うのだろう。


31

 レヴィは、ゆっくりと体を起こした。


 昨夜は、遅くまで三人で語り合い、それなりに親交を深めることができたはずだ。

 チェルミーの中にある不安の全てを拭えたわけではないけれど、それでもほんの少しくらいは打ち解けられたのかもしれない。


 チェルミーは別の宿に泊まっていたため、レヴィとタニアはチェルミーと別れた後、《クロックグラップ》へと帰ってきていた。


「ほら、タニア起きろぉー。一緒に修行するんだろ?」

「うー……んぅ、もう朝?」


 目を擦りながら、タニアも体を起こして応える。

 レヴィは既に着替えを終えていて、タニアの着替えを手伝う。

 これも、二人の朝の光景としてよくあるものだった。


 二人が着替えたのは、クロノスとの修行のためだったのだけれど、レヴィはタニアに詳しいことは説明していない。

 自分が体験したあの衝撃を、タニアにも味わってもらうためだ。


 二人は中庭に出ると、一通り体を動かし、体をほぐし始める。

 しばらくして、宿の中からクロノスがメイド姿で現れる。

 タニアは彼女のこの姿を見るのは初めてで、一瞬身構えたけれど、隣でレヴィが普通に受け入れているのを見て、構えを解いた。


「おはようございます……今日は二人で起きてこられたのですね」

「うん、クロの修行、タニアにもつけてもらわないとって思ってさ!」


 静かに頷き、クロノスはタニアの方に視線を飛ばす。

 タニアもそれに気がつき、礼儀正しく一礼する。


「よろしくお願いします」

「……はい、では早速始めましょうか」


 クロノスが提示した条件はレヴィに出したものと同じ、遠慮なく本気でかかってこいというものだけ。

 タニアは拳を握り、構えをとる。

 対峙するクロノスは、構えない。


 レヴィは、真剣な眼差しで二人を見つめていた。


 レヴィにとって、タニアの戦い方は自分のものとは違い、頭のいい者のそれだと思っている。

 学ぶべきところが多く、いつも感心させられている。

 もちろん、そんなことは本人には言わないけれど。

 そして、クロノスの戦い方は、未知数と言っていいだろう。

 レヴィの対峙してきた相手の中で、最も速く、最も強力。

 しかし、その全貌は未だにはっきりとしていない。

 

 戦いは見て学べるものも多い。 

 それは、二人の師匠の教えであり、強くなるために必要なものは、目を凝らしてみれば、そこらじゅうにあると。


 タニアは敵と対峙した時、昨日のレヴィと違い、まずは観察することに集中する。

 しかし、それは今回の相手にはほとんど効果がない、得られる情報があまりにも少なすぎるのだ。

 

「構えない理由は、罠を張って誘っているか……、そもそもの速度に絶対的な差があるか……、多分後者なんだろうけど、それはそれで……悔しいっ!」


 ぶつぶつと、自分の考えを呟いていたタニアが、突如動き出した。

 真っ直ぐ突っ込む訳ではなく、変則的に、動きを読まれないように動いてみせる。


 レヴィでさえ、ぎりぎり目で追える程の速度で動き続けるタニアだったけれど、それでは遅すぎることを、レヴィは身をもって知っている。


 タニアは手足に【氷属性】の魔力を纏わせ、クロノスの周りを高速で駆け回る。

 タニアの駆けた場所には氷柱が生成され、それは次第にクロノスを包囲していく。


 クロノスは、相変わらず構えを取らず、挙句目を閉じて、タニアを誘っているようだった。


 そこからタニアは一気に攻め始めた。

 三本の氷の槍を生成し、クロノス目掛けて飛ばし、着弾するよりも前に次の攻撃に移る。

 槍は、正確にクロノスを捉えたはずだったけれど、当然クロノスには傷ひとつない。

 それは想定済みだったようで、タニアは既に次の手を実行しようとしている。

 クロノスの周囲の氷柱に魔力を流し、同時に粉砕する。

 

 一瞬、クロノスの周囲は砕けた氷が舞い、キラキラと鏡に包まれたような美しい世界となる。

 クロノス本人は目を閉じているため、関係ないかもしれないけれど。

 タニアは両手を地面に付け、魔力をさらに解放し、地中や空気中の水分をことごとく支配下に置いていく。

 そうして繰り出されたのは、無数の氷の破片が舞う高密度の竜巻だった。

 それは、レヴィにとっても初見の技であり、タニアが即席で編み出したものだとわかる。


「相変わらず器用だなぁ、即興に強いっていうか……でも……」


 刹那、タニアが生み出した竜巻は跡形もなく消し飛んだ。

 クロノスが左手を軽く振っただけ、ただそれだけでタニアの攻撃は無に帰したのだ。

 クロノスは、ゆっくりと目を開けて、タニアを鋭い視線で刺す。


「……タニア、まだ何かありますか?」

「……っはぁ、はぁ! 少しは焦ってくれるかなって思ったけど、一瞬で振り出しかぁ。レヴィが頑なにクロノスさんのこと話してくれなかったっ理由がわかったよ……。クロノスさん、口硬いですか?」

「……?」

「最後に、私の全力を出してみてもいいですか?」

「最初からそうするようお伝えしたはずですが?」


 クロノスの言葉に、タニアは一つ二つと、自分の中に嵌めていた枷を外す。

 タニアの体が、黄金色の魔力で包まれていく。

 【聖属性】の輝かしい魔力が、タニアの体に蓄積した疲労を回復していく。

 さらに、タニアはゆっくりと両手を広げ【聖属性】の魔力を圧縮し、一本の双刃刀そうじんとうを創り出した。

 

 クロノスは、タニアの準備が整うのを黙って見つめている。


 タニアは、深く深く集中する。

 初めての試みだったけれど、なんとか形にすることができた。

 軽くそれを振ると、僅かだけれど、地面に斬撃の跡が走った。


 レヴィの攻撃でもビクともしなかったはずだったのに、だ。

 

 タニアは、膝の力を一瞬だけ抜き、自然な動きで重心を落とし、次の瞬間にはクロノスの目前まで詰めていた。

 現時点で、タニアが出せる最高速度での移動だった。

 

 双刃刀を両手で器用に操り、クロノスに襲い掛かる。

 レヴィの目には、流石に一撃入ったかのように見えた。

 それは嬉しい光景でもあり、悔しい光景でもあった。


「なるほど……大体把握できました。はまだ使いこなせないみたいですし、今のタニアの実力は十分にわかりました」


 当然のように、話し始めるクロノスだったけれど、レヴィもタニアも驚きを隠せない。


「おいおい……マジか」

「……嘘でしょ?」


 タニアが凄まじい速度と威力で繰り出したその刃は、クロノスの細く綺麗な指で完璧に止められていた。


「では、修行を始めましょうか。レヴィもこちらへ」


 なんということもないかのように振る舞うクロノスに、開いた口が塞がらない二人。

 

「タニアはその状態を維持したままで……、レヴィも全力で魔力を解放してください」


 呆然としたまま、とりあえず指示に従う二人。

 タニアの黄金の魔力と、レヴィの凄まじい火力を伴った魔力。

 その二人が並んで立てば、それは壮観と言わざるを得ない光景だった。


「はい、それを私の攻撃を受けながら維持し続けてください。限界を感じたら、避けても構いません。では、いきます」


 クロノスは、表情を微塵も変えることなく、小さな拳程度の魔力の塊を二つ、二人目掛けて飛ばした。


 魔力を圧縮し、簡易的な攻撃手段として用いることは、そう珍しいことではない。

 寧ろ、一般的な基礎攻撃魔法と言えるものである。

 しかし、魔法の技術が発展し、多くのものが自身の属性魔法を扱うことができる現代となっては、あまり実用的ではなくなっているのだけれど、クロノスは敢えてそうしている。


 仮に、クロノスが自身の属性を、その魔力の塊に乗せてしまえば、この場所に張った結界ごと二人を木っ端微塵にしてしまいかねない。


 『魔力弾』と呼ばれるその単純な攻撃は、いとも簡単に二人を弾き飛ばした。


「痛ぁー!」

「何これ……なんでこんな威力」


 反応は似たようなものだったけれど、クロノスは構わず攻撃を続ける。


「う、うわぁぁ!」

「ちょ、ちょっと待っ……きゃぁ!」


 数発ずつ打ち込まれたところで、攻撃は止んだ。

 クロノスは、ゆっくりと二人に近づいて、落ち着いた口調で二人に話し始める。


「これを一時間耐えられるようになるまで、毎日やってもらいます。それができるようになったら、基本的な魔力の扱い方を教えましょう」


 二人は、物心ついた頃から修行に打ち込んで生活してきた。

 モルガンの下で、ひたすら強くなるために鍛え続けた。


 その二人を、クロノスは基礎の基礎から鍛え直そうとしている。


「待って待って、クロがめちゃくちゃ強いのはわかってるんだけどさ、私らだって、これまでずっと鍛えてきてるんだよ。それでも、クロから見て、私らってそんなに弱い?」


 レヴィの口から出たのは、至極自然な疑問だったように思う。

 これまでの全てを否定されたとまでは言わないけれど、それでも思うところはあって当然である。


「いえ、弱くはないですよ。魔力の扱いが下手で、応用の幅が狭く、動きが読みやすいというだけで、決して弱くはないですよ……ふふ」

「あぁ! 今笑ったぁ!」


 指摘は辛辣そのものだったけれど、クロノスの笑顔が見られたことで、レヴィは悔しさよりも先に、興味の方が出てしまっていた。


「失礼しました、少し意地悪をしたくなりまして」


 クロノスは、口元を隠し少し照れたように笑った。

 そのことが嬉しいレヴィと、複雑な表情のタニアだったけれど、二人とも自分たちが今のままではいけないと感じる良い機会となった。


「今日のところはここまでにしましょうか、タニアも私のことはクロと呼んでもらって結構ですからね」

「あ、待ってクロ! 私ら明日からクエストでセト山地ってとこに行くんだけど……」

「おや……そうですか。では、課題を出しましょうか。レヴィ、あなたは属性魔法の使用を禁止します。タニアは……そうですね。聖属性のみでクエストを達成してください。セト山地ということは、地竜が相手でしょうから、あの程度であればそれで十分倒せますよ」


 いきなり、とんでもないことを口走っているクロノスに、本日二度目の呆然顔の二人だった。


「え? クロ本気で言ってる? 私ら初めて地竜と戦うんだけど、そんな簡単なことみたいに言って大丈夫?」

「そうですよ、それにもう一人一緒に行く子がいるんですけど、その子のことも守ってあげなくちゃいけないし……」


 二人の狼狽ぶりに、クロノスは冷めた目のまま口元を綻ばせる。


「強くなりたいんでしょう?」


 二人は揃って口を閉ざすしかなかった。

 それほどの圧を、クロノスに感じたのだろう。


「はい、わかっていただけたようでよかったです」


 その後、二人はチェルミーのことやクエストへ行くことを説明し、クロノスからの忠告と助言を受け取り、部屋へと戻った。


「レヴィ! あのヒト何者なの?」

「わかんないけど、強すぎるよな……」

「結構良い線いったと思ったのになぁ」

「いや、実際すごかったよ? あんなの見たことなかったし」

「うん、一応前から考えてはいたんだけどね、思ってたより上手くできたつもりだったんだけどねぇ……、それより時間! チェルミーと約束してたでしょ?」

「おおぉ、そうだった! 急ごう!」


 急いで朝食を済ませると、二人は着替えて、チェルミーとの待ち合わせ場所へと向かうことにした。

 

32

 冒険者ギルド前の噴水前。

 太陽も高く昇り、真上に来るまでもう少しといったところ。


 レヴィとタニアは、小走りで噴水まで来ると、周囲を見渡す。

 しかし、どこにも彼女の姿はなく、ひとまず待たせていなかったということに安心する二人。


「はぁ、よかった。まだ来てないみたいだな」

「うん、焦ったね……じゃあここで待っとこうか」

「あ、あああの、私以外にまだ誰か来るんでしょうか?」


 二人の絶叫がほのぼのとした噴水前の広場全体に轟いた。


「チェ、チェルミー? いつから……え? どこにいた?」

「ずっとここにいたんですけど、いろんなヒトが私の前を通っていくのが怖くて、姿だけ消してました」

「えぇ?」


 おどおどとしたまま、チェルミーは小さな声で歌を口ずさみ始める。

 すると、チェルミーの姿が霞んでいき、終いには完全に消えてしまった。


「ど、どこいった?」

「これも、魔法?」


 スゥッとチェルミーは再び姿を現し、二人を驚かせる。

 レヴィはすかさず感動し、タニアも感嘆しチェルミーを褒めまくる。


「ほ、本当に大したことないです! だ、だだだから、もうやめてくださいっ。は、早く買い物に行きましょう」


 褒められ慣れしていないのだろう、顔を真っ赤にしながら、二人の手を引いてその場を離れようとするチェルミーに、二人はたまらず微笑んだ。

 それから三人は、それぞれ話し合いながら明日からの遠征の準備を進めていく。


 野営セットや傷薬、魔力回復薬など、買い物は順調に進み、日が暮れる前には全ての買い物が終わっていた。


「結構足りてなかったみたいだな、チェルミーがいなかったらやばかったかもな」

「そうだね、助かったよチェルミー、ありがとう」


 レヴィもタニアも、素直に感謝を伝える。

 そういったまっすぐな目にチェルミーは、免疫がない。

 しかし、彼女の中でレヴィとタニアとの時間は、嫌ではなかった。

 緊張もするし、未だに挙動不審になってしまうけれど、それでも二人とは一緒にいたいと思ったからこそ、今日待ち合わせ場所にきたのだろう。

 

 それを言葉にして、二人に伝えるということは、チェルミーにとって難しすぎるかもしれないけれど、遠くない未来でそんな瞬間が訪れるかもしれない。


「あ、あのお二人は、この後時間ありますか?」


 レヴィもタニアも、即答する。

 三人は足並みを揃えて、とある場所に向かった。


「チェルミー、どこ連れってってくれんの?」

「あ、あっと……もうすぐ着くのでっ、私のお気に入りの場所なんです」


 先導するのはチェルミー。

 彼女は、迷いのない足取りで歩いていく。


 まるで、自分の家に帰るように。


 《モダンジーク街》は、確かに発展した街であり、領主の城を最奥に構え、街の入り口に向けて街が扇型に広がっている。

 街には数カ所、街全体を見渡せるような場所があり、展望塔や見張り台、そして街に沿うようにそびえる崖の上にある公園。


「へぇ、すっげぇ! こんなとこがあったのか……。長い階段を登ってきた甲斐があったな」

「良い景色……ここがチェルミーのお気に入りね。最高じゃない!」


 崖の上にひっそりと設置されているその場所は、今やもう誰も訪れることのない寂れた空間となっている。

 しかし、チェルミーは何度もここに来ては、空を、街を眺めていた。


「私、この場所に来ると気持ちが楽になるんです。悩んでたことも苦しいことも、ゆっくり溶けていくみたいに流れていってくれるんです」


 チェルミーは昼間とは比べ物にならないくらい穏やかな口調で、語り始めた。


「私の母は、吟遊詩人だったんです。世界中を旅して、いろんな出会いを経て、それを全て唄にして聴かせてくれました。小さい頃から私も唄が好きで、よく真似したりして褒めてもらってました。でも、母は竜の襲撃で亡くなったと聞いています。私が父に付き添って、村の外に出かけていた時の出来事でした。父は嘆き、ひたすら竜を憎みました。でも……私にはわからないんです」


 チェルミーの口から、唄が流れ始める。

 レヴィもタニアも聞いたことはなかったけれど、自然と耳に馴染み、歌詞が染みわたる。


−−−−−−


♪遠き過去に別れを告げ 孤独に空舞うその姿

 届かぬ未来に思いを馳せ 世界を疾くと駆け巡る


 願いを紡ぐは悲しき竜の唄

 思いを紡ぐは悲しきヒトの唄


 失くしたものを数えるも 時は重なり季節は巡る

 願えど願えど続く絶望は あなたの涙を枯らすだろう


 夢を見て 友はたおれ 天を舞う

 世界の罪を背負いしその翼 

 

 過去に囚われ世界を呪うは竜の唄

 未来を憂いて世界を変えるはヒトの唄



−−−−−−


 チェルミーは唄い終わると同時に、一筋の涙を流し、言葉を続けた。


「この唄は、母が遠い国で見たものを唄にしたものと聞きました。母はこの唄

をどんな思いで綴ったのでしょう。私の母は、竜を恨んだのでしょうか……私は知りたいんです。母の最期のこと、竜のこと。だからレヴィさんが竜と会いたいと言った時、驚きました……。父でさえ、竜と対峙する勇気はなかったから。私はお二人と一緒に、冒険したいです」


 チェルミーの告白のようなその言葉は、二人にしっかりと届いていた。


「チェルミー!」


 レヴィは豪快に抱きつき、タニアも優しい笑顔で後に続いた。

 二人の初めてのクエストはまだ始まっていないけれど、仲間と呼べる者が一人増えたことは、レヴィやタニアにとって、喜ばしいことであり、三人で共に成長していける未来に期待せずにはいられなかった。


「く、苦しいですよ……、明日からよろしくお願いします。改めて、チェルミーです。青銅級、使う魔法は音属性の魔法です。唄だったり楽器を使います。戦闘の補助が得意です……」

「チェルミー、こちらこそだよっ! いやぁ、嬉しいな、タニア!」

「うんうん! この瞬間から、私たちは正式にパーティだね」


 日が暮れても、三人の会話は終わることはなかった。

 チェルミーの母親のこと、竜のこと。

 レヴィとタニアの夢の話。

 そして、これからのこと。


 三人は顔を合わせ、笑い合い、そして語り合う。

 

「じゃあ、また明日なチェルミー!」

「はい、おやすみなさい……レ、レヴィ……タニア」


 二人の声に、顔を赤らめながら応じるチェルミーだった。

 チェルミーの背を見送りながら、レヴィとタニアはどこか誇らしげに顔を緩める。


「よかったな……チェルミーとちゃんと話せて」

「うん、明日からがもっと楽しみになったねっ。あ、クエストから帰ってきたらさ、チェルミーもあの宿に泊まってもらうのはどうかな?」

「良いじゃん、それ! クロの修行にも誘おう」

「ふふふ、なんだろう……今まではさレヴィだけだったから、変な感じだね」

「確かにっ私らの中に誰かが増えるって、実際にそうなってみると不思議な感じするなぁ。でも、楽しいな」


 二人は、軽い足取りで宿へと帰る。

 

「お帰りなさいませ」


 落ち着いた声が二人を迎え入れる。

 《クロックグラップ》唯一の女将であり、メイドでもあり、二人の修行を見る師匠でもある。


「ただいまー、クロ聞いてよ! 今朝話した子がさ、さっき正式に仲間になったんだよ!」


 子どものように話すレヴィに、クロノスはそうですか、と一言。


「でさ、クエストから帰ってきたら、その子もここに呼んでいい?」

「ええ、いいですよ。ただし、この場所のことは、外では話さないように」

「はーい、わかってるって」


 二人は明日からの冒険に心を躍らせ、部屋へと戻った。


 それぞれ風呂を済ませ、ベッドに横になるけれど、二人とも目が冴えてしまって眠りにつけない。


「起きてる?」

「ああ、タニアも寝れないんだろ? なんたって明日から初めてのクエストだもんな」

「うん、しかも新しい仲間とね」

「ミーシャさんとかルルさんとかさ、クロにしてもそうだけど、私らより強いヒトはきっといっぱいいて、私らにもそこに辿り着ける可能性があって……なんだこれ……楽しみすぎるだろ!」

「ふふっうるさいよ、もう。これからいろんなところに行って、いろんなヒトと出会って、冒険者としての階級をあげて……本当だね、楽しみがいっぱいだね」



「今日のさチェルミーの唄どう思った?」

「あー竜のことを唄ったやつだよね? うーん、不思議な感じがしたね……素直に言えば、寂しい唄だったなぁって思ったかな」

「そうだよなぁ。私も同じだった……チェルミーの母ちゃんがどういうヒトなのかはわかんないけどさ、世界中を旅したヒトが見てきたものを唄にしたんだとしたら、あの唄には、きっと深い意味があるんだろうな」

「私が気になったのはさ、あの唄……所々竜の立場から唄ってるように感じたの。竜は間違いなく多くのヒトにとって、災害をもたらす存在なのに……そうじゃない竜を知っているかのような唄だったね」



「私さ、今使える魔法はまだ少ないけど、タニアに負けないくらいすごい魔法編み出してやるからな」

「はいはい、期待してるよー」

「今朝の稽古でわかったんだよ。私の武器とタニアの武器は違う……私が磨くべきなのはその違いの理解の先にある気がするんだよ」

「へぇ、珍しくまともなこと言ったね。でも、私だって負けるつもりはないからね」

「そういえば、クロから言われた課題どうしよう……私、身体強化系の魔法だけで戦うの? マジで?」

「何か意図はあるんだろうけどね……私も聖属性だけって言われたし、まだ戦闘に使えるほどの練度はないんだけどなぁ」

「まあ、やってみるしかないよな」

「うん、チェルミーに危険が及んでしまった時は、仕方がないかもしれないけど、できるとこまでやってみよう。何か掴めるかもしれないしね」



 二人の会話は、二を跨いでも尚、続いた。

 新たな出会いは、いつだって何かしらの変化をもたらす。

 それがいい方向か、悪い方向かはその時々によるけれど。


 彼女たちが、この先経験するであろうことの多くは、彼女たちを成長させてくれるだろう。

 しかし、本当に大切なものは待っていても、降ってきてはくれない。

 自ら選択し、掴み取るしかないのだ。


 そうして挑戦し、失敗し学び、また挑戦する。

 その繰り返しが、成長へと繋がっていくのだ。


 レヴィの物語も、タニアの物語も、等しく始まったばかりだけれど、全く同一の物語などこの世に一つとして存在しない。

 だからこそ、ヒトは関わり合い、自分自身の物語に色を足していくのだ。

 

 明日は一体何が起きるだろう。

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