第7話 思い込みヒーロー
「何かあったんですか?」
「潜入した隊員と連絡が取れなくなったようです。……中で何かあったのかもしれません」
レジデンス東波に潜入している唯一の隊員と連絡が取らなくなったらしい。その人には中の様子やAIを制御しているシステムの管理場所など情報を得たかったのだが。
「お手洗いとかお風呂とか出られない状況という可能性は……」
「いえ……向こうからの定期連絡がすでにない状況です」
定期連絡が来ないだけでここまで空気が重くなるなら、よほどしっかりした隊員なのだろう。
「最後に連絡をとったのはいつなんですか?」
「つい先ほどです。ちょうど朔來さんがオートロックのガーディアンをご覧になる直前のやり取りが最後になります」
江神さんと隣に立つ男性にはなす術なしといった雰囲気だ。
あのマンションに入れる部外者は俺だけ。俺がやるしかないのかと背筋がゾワっとした。でもこれは恐怖じゃなくて……雰囲気に浸っているが近い。
ここに来てからずっとゲームの中の世界にいるみたいだった。非現実的な状況の中で、これからの状況が俺の行動に委ねられている。ガーディアンの恐ろしい攻撃ををこの目で見たはずなのに、自分は安全圏にいるみたいに一線引いた俺がいた。
今も、恐怖を覚えずにすっと立ち上がり、簡単に覚悟を決めてしまっている。
「もし俺が入口のガーディアンを突破できたら、そのまま中に入ります」
そう言えば、二人は少し安心したようにこちらを見た。平凡な若手エンジニアだった俺が、一気にヒーローにでもなってしまったように錯覚する。いや、今ここでこれを言えてしまう俺は、多分ヒーローだ。そう思い込んだ方がいい気がする。
「朔來さんは潜入した隊員と同じで308号室の住人として登録いたしました。これがお部屋の鍵になります」
「どうも」
「いつでもこちらの端末でご連絡ください。見取り図も保存されています」
説明を受けたプレハブ小屋から外に出て、俺は再びレジデンス東波の目の前に立っていた。ここから見える景色は普通のマンション。しかし近づけばあのカメレオンがきっと出てくる。
「では、行ってきます」
手渡されたスマホと部屋の鍵を手に持って俺はオートロックに近づく。高級感のある直方体の上面にテンキーと鍵穴があり、俺は受け取ったオートロック用の鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回した。
「…………」
鍵を回すと、入口の自動ドアがゆっくりと開く。カメレオン型のガーディアンは出てこなかった。俺は息を止めたまま早足で中に入る。俺が中に入り切ったところでゆっくりと自動ドアが閉まった。同時にふうーっと止めていた息が漏れる。
なんでもないふりをして俺はエレベーターに乗り込み、3階のボタンを押した。まずは部屋に向かわなければ。ここまで住人には誰にも会っていない。3階にはヘビ型のガーディアンもいるはずなので油断はできないけれど、入口を突破できたことで俺の気分は高揚していた。
ガタン。
エレベーターが3階に到着した。見取り図を見るとヘビ型のガーディアンは廊下の端にある消火器に巻き付いているようだ。このマンションは内廊下になっているので外から様子を見ることはできない。
「……あれ?」
廊下の先。消火器には何も巻き付いていない。廊下も各部屋の扉も天井も見回してみるがヘビのようなものは見えない。
「何も、いない……?」
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