第8話:ミルルーダと歩く、〈残りものグルメ〉大冒険!
――昼下がりのミルバザールでの散歩はまだまだつづく。ミルバザールの中心地、噴水の広場に座り、ユリは『ポコポコカート』で有名なウメちゃんの屋台にて、まあるいつまめるおやつ、〈ポコポコ〉を頬張っていた。口に入れるとポンッ♪と弾けて、次々頬張ればリズミカルにポコポコ弾ける。ふわりと香る甘くて香ばしい香りが口いっぱいに広がる……。
最後のポコポコを口に入れたあと、ユリは名残惜しそうにポコポコの入っていた紙袋の底を見つめながらつぶやいた。
「さて、そろそろ遅めのお昼ご飯を探さなきゃな」
「えっ、まだ食べられるんですか? もうすぐ夕ご飯……」
「昼ごはんは昼ごはん、夜ご飯は夜ご飯! 美味しいご飯を食べられる内は、チャンスを逃さないようにしなくっちゃ!」
そう言いつつ、ぽんっと立ち上がるユリ。ミルバザールでは、ライチタイムの残りものセールがあちこちで始まっていた。
――
【1軒目:〈ゴロ肉ガブリ〉と、白いお客様】
道の端に立つ、骨付き肉を豪快に炙る煙の香りがモクモクと立ち上る、人気の屋台〈ゴロ肉ガブリ〉。ピークタイムは長蛇の列で、なかなか買えないんだとヨッピーが案内してくれた。香ばしいスモークの香りにひかれ、ユリは駆け寄る。
「今日のランチタイムラスト〜〜〜! 最後の1本だよ〜!!!!」
くま系獣人の店主が、焦茶色の短い毛並みを光らせながら、大きな口をガバッと開けて、遠くまで届く様にと叫んでいた。その声に焦るユリの目の前にひょいっと伸びた前足があった。白くてツヤツヤ、陶器の様な質感でありながら、向こうまで透けて見える淡い黄色いツノに、乳白色の液体が揺れている。背丈はポニーほどの輝くオーラを放ったお客様が、背後から音もなく近づいていた。まるで音量を0にしたときの様な気配の聞こえぬ違和感と、その幻想的な出立ちに、一瞬時が止まったようにも思えた。
「……きれい……」
思わず食欲も忘れ、美しさに息を呑んだ。よっぴーとはまた違った、異質な飛び抜けた美しさに目が離せない。目が合ったその存在は、優しい瞳でじっとユリを見つめる。お腹がすいたのか、静かにそばに座り込んだ。
「この子が〈ミルルーダ〉ですよ。まだ幼いですね。ユリが見たいと願っていた、あの〈ミルル〉を生む存在ですよ」
「えっ、この子がミルルーダなの!? はわわ……本当だ……ミルルがもっとずっと濃縮された様な香り……ふわふわ……かわ……」
ミルルーダの周りにはキラキラとした宝石のような輝きの、小さな小さな星屑のようなミルルの香りの花が舞っていた。通ってきたであろう道も、軌跡を辿るように、その香りの花が舞っている。それは食べるとほんのり甘く、通貨の代わりにもなり、料理に混ぜれば癒しの香気を宿す――〈喜びの感情〉から生まれる、不思議な香りのエネルギーだ。
(……あ、パフィルミルの店主が、後を追って香りの花を集めてる……今夜はどんな料理にするのかな?あとで屋台に行ってみよう……)
ゴロ肉ガブリを間に置いて、見つめ合うミルルーダとユリ。そんな様子を見た店主が、「半分こにしてあげようか?」といい感じにふたつに割ってくれた。ユリがゴロ肉ガブリを受け取ろうとしたとき、思わず財布を取り出しかけると、店主が手を振って笑った。
「お代? そりゃ取れないよ! こんなに香りの花が舞ってるんだ、もう街中がごちそう貰ったようなもんさ!!」
ユリが驚いて見上げると、ミルルーダのまわりには、まるで祝福のように光の粒が舞い、通りのあちこちで屋台の人たちが幸せそうに香りをすくい取っていた。――ふと気づくと、パフィルミルの店主が静かに歩いてきて、香りの花を手のひらでそっと集めていた。その姿に、ユリは少し驚く。
「こんなところにまで、香りの花を集めに来ているんですね!」
「ふふ、ああ、兄貴のところの香りの花だからな。こんな宝石みたいな大事な花だ、消えちまう前に、しっかり受け取ってやらないとな。花を大切にすることで、また新しい街中の幸せを運んでくれるからね」
パフィルミルの店主は穏やかな笑顔を浮かべ、集めた花を大事そうに手のひらに乗せた。
「兄貴の肉の香り、強いだろ? でもその香りに引き寄せられる花があって、街の空気がどんどん良くなっていくんだ。お互い、役割が違うけど、街の幸せには貢献してるんだな、って思うよ」
ユリはその言葉に少し驚き、でも心が温かくなった。実は、ゴロ肉ガブリの店主と彼は兄弟で、肉を焼く豪快な兄に対して、パフィルミルの店主はどこか穏やかで、香りの花を集める静かな作業が得意なのだ。
――
【2軒目:月の香りと〈まんまる月見焼き〉】
次に訪れたのは、もうすぐ閉店準備中の〈まんまる月見焼き〉の屋台。鉄板の上に残された、最後の2個から甘じょっぱい香りが立ちのぼる。
「まんまる焼きって、下にちょっと甘い生地と中に甘じょっぱ〜いとろっとしたタレが黄身と絡みあってて、上がカリもちなんだよね〜!」
嬉しそうに語りながら食べ歩きを楽しむお客を横目に、ミルルーダがぺたぺたと屋台へ近づき、鼻をクンクン。ユリはライオンのような人のような店主から残り2個を買い、そっとその内の1個を差し出すと、ミルルーダの耳がぴょこんと跳ねた。
「店主が初めて月を見た時に、あまりの美しさに感激して〈月の香りの花〉が溢れ出てこのまんまる月見焼きを思い浮かんだそうで……その時の香りの花が入っているそうです。だから、月見なんですよ」
――
【3軒目:コロコロ転がる〈まルル〉】
甘いものを食べたあとは、しょっぱいものが欲しくなるのがユリの流儀――。
「ちょっと待って……! 甘いの食べたら、しょっぱいの食べたくなった〜!」
次に駆け込んだのは、〈まルル〉の屋台。ミルルチーズがとろ〜りとろける、もちカリ生地の中には、香ばしいソース味の野菜がたっぷり。
「熱いけど……いただきまーすっ!」
ミルルーダもふんふんと鼻を近づけ、じっと見つめている。屋台のおじちゃんが笑って声をかけた。
「あんた、いい花出して食べるねえ!」
ミルルーダもユリも、輝くような喜びの花を咲かせながら、にっこり寄り添って笑った。
――
そんなこんなで、残りものセールのタイミングに合わせていくつかの屋台を巡るユリたち。
カリカリ羽根つきライスボールを、明るい犬耳の冒険者風の女の子と分け合ったり……。
料理好きなウサギのような耳の生えた少年に呼び止められ、パリンシュガー餅に出会ったり……。
食べきれないから一緒に食べようと、旅行中の小柄なネズミの親子と、おすすめの屋台メシを分け合ったり……。
「おいしい気持ちは、シェアするともっとおいしいー!」
その一言に、全員で笑い合い、ミルルーダもパタパタと跳ねて応える。
――
すっかり満腹になったユリは、ミルバザールの中心地、噴水の広場にある休憩ベンチへ座り込む。
「ふああ〜食べたぁ……もう動けない〜……」
隣には、同じようにふにゃっと座るミルルーダ。ぴょこんと耳が跳ねた拍子に、白く透き通るような小さなミルク玉が、美しいツノ先からぷくんと浮かぶ。それを鼻先でユリの方へ、差し出すように押した。
「……えっ、くれるの? 嬉しい〜ありがと!! 今日はもう、お腹も心もいっぱいだよ」
二人の仲良さそうなやり取りに、ヨッピーは優しい笑顔で微笑んでいた。
「まったく……ふたりともよく食べましたね」
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