第2話 笹崎文香
2 笹崎文香
そう――焔龍。
それが、俺の名前。
何故か名乗った瞬間、皆から失笑される。
だが、それが俺の両親のネーミングセンスだったのだから、仕方が無い。
俺はどこまで行っても焔龍でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
その焔龍はただ棒立ちしただけで、五人の屈強な男達をダウンさせる。
というより――このまま放置したら恐らく彼等はアレしかねない。
「……って、もしかして、龍ってば――」
「ああ。
そいつは腎臓を握り潰して――そいつは肺を握り潰した。
残りの連中も、まあ、似た様な感じ。
いや、平気、平気。
何せ腎臓も肺も二つあるから、どっちか一つが潰されても命には関わらないから。
いや、まあ、このまま放置すれば、不味いかもしれないけど」
途端、暁しだれは絶叫する。
「アホかぁあああ――っ!
いや、アホだとは思っていたけど――そこまでするバカが何処に居るっ?
バカだった、バカだった!
此奴に全部まかせた私もバカだったァ――っ!」
主に俺に対するツッコミ担当であるしだれは、今日もその役割を忠実に果たす。
「いや、大丈夫。
超常現象による犯行は立証できないが故に、逮捕も起訴もされる恐れがないから」
俺が肩を竦めると、しだれは尚も鼻息を荒くする。
「――私が心配しているのは、その人達だっ!
私は金輪際お前の心配はしないから、そのつもりでいろ!」
「というか、救急車呼ばなくて良いのか?
これ以上放置したら、多分、この人達死ぬぞ?」
「――お前がそこまで追い込んだのに、何でそんなに誇らし気なんだっ?
そんなに人間が嫌いなのか、お前は――っ?」
今日も暁しだれのツッコミが、冴えわたる。
その反面この異常者達の為に救急車を呼ぶ気になれない俺の態度は、一貫していると言えた。
「……え?
あれ?
もしかして、暁君がこの人達をやっつけたの……?」
と、今まで固唾を呑んでいた例の彼女が、俺に問うてくる。
異常者とは話したくない俺はそのまま黙然とし、救急車を呼び終えたしだれが返答した。
「……いや、笹崎さんは一切気にしなくて良い。
できれば今日の事は一切忘れてちょうだい。
その方が、皆の為だから」
携帯をしまいながら、しだれは彼女にそう要求する。
俺は眉をひそめながら、小声でしだれに訊いてみた。
「……というか、この人、誰?
しだれの知り合い……?」
「………」
何故か俺の事を知っている辺りが非常に恐ろしいのだが、しだれは本気で呆れた。
「……お前は、クラスメイトの顔さえ覚えていないのか?
彼女は――同じクラスの笹崎文香さんだよ。
その位、見た瞬間分かれ……」
「………」
笹崎――文香。
誰だよ、それ?
「――だから、同じクラスの女子だって言っているだろうが!
どんだけ他人に興味がないんだよ、お前は――っ?」
「いや、俺、しだれには興味があるけど?」
「………」
そう断言すると、何故かしだれはまた黙ってしまう。
だが、しだれは何度か頭を横に振った後、小声で返答した。
「……というか、学園のアイドルにここまで興味がないのは龍くらいだろうよ。
本当にお前ってば……異常者の鑑だよな」
「はぁ。
学園のアイドル。
俺はてっきり、そう呼ばれているのはしだれの方だと思っていたけど、違うのか?」
「………」
真顔で問うと、しだれは益々追い詰められたモモンガーみたいな表情になった。
正直、俺には彼女の精神状態がよく分からない。
「……黙れ、この異常者が。
とにかく、この人達の事は私達が責任を持つから、笹崎さんはもう行って」
笹崎とやらはこの場に居ない方が良いと判断したのか、しだれは突き離す様に言う。
それもしだれの優しさと言えるのだろうが、意外な事に笹崎は首を横に振った。
「いえ、そんな事は出来ない。
だって私は暁君の正当防衛を、証言しなければいけないもの。
でなければ――暁君が咎められる事になる」
「………」
いや、だから超常現象による犯行は立証できないが故に、逮捕も起訴も出来ないのだ。
それでも俺を気遣う辺り、やはり異常者の気持ちは分からない。
「とにかく、私には暁君を弁護する責任があるの。
それが暁君達をこんな事に巻き込んでしまった、私の贖罪」
「………」
頑なにこの場から去る事を拒否する、笹崎。
どうも根負けしたのはしだれの方で、彼女は嘆息しながら首を縦に振る。
「……分かった。
なら、笹崎さんは見たまんまを証言して。
この連中にからまれた時、急にこの連中が倒れだしたって言ってくれればいいから」
「……えーと。
分かった」
僅かな間逡巡しながらも、笹崎は一応納得する。
いや。
俺が直接この連中に手を上げる所を見ていない笹崎としては、頷く他ないのだろう。
「てか、不味いな。
この連中――このままだと救急車が来る前に死ぬぞ」
「………」
俺が他人事の様に告げると、しだれは言葉を失い、笹崎は〝え? ちょっと言っている意味が分かんない〟みたいな顔になる。
「だから――もうすぐこの連中は死ぬって言っているんだけど」
「――五月蠅い!
五月蠅い!
五月蠅い!
逃避したい現実を、何度も何度も、つき付けるな!
お前は私を殺人犯の友人Aとして、ワイドショーに出演させる気かァ――っ?」
「………」
いや、全くそういうつもりはないので、俺は手を打つしかない。
「……仕方ないなぁー。
ある程度、治療しておいてやるかぁ」
「……いや、本当に厭そうに言うなよ。
どこまで人間嫌いなんだ、お前?」
しだれのツッコミを華麗にスルーし、俺は彼等に触れて、ある程度傷を塞ぐ。
そこまで話が進んだ所で、漸く待望の救急車がやって来た。
救急隊員は慣れた手つきで彼等を救急車に運ぶと、そのまま俺達に目を向ける。
「えっと、関係者の方達ですか?」
「……えーと。
まあ、そんな感じです」
しだれが代表してそう答え――俺と笹崎としだれも救急車に同乗したのだ。
◇
結論から言うと――結局死者は出なかった。
内臓が破裂した彼等だが、無事手術は成功して、彼等は一命を取り留めたのだ。
俺としては全く興味がない事なので何の反応も見せず、ただしだれだけが安堵する。
「……そう、か。
私は殺人犯の友人にならずに、済んだか。
その所為で学校をサボる事になったけど、まだマシな結果だな」
それもその筈で、件の笹崎はしだれの指示に従ったのだ。
笹崎は自分にからんできた彼等が、何故か一斉に倒れたと警察関係者に証言した。
その場に居た俺達は当然警察に疑われたが、卒倒した彼等には打撲傷など一切ない。
彼等は外部から傷付けられたのではなく、内部から直接衝撃を受けたと医師は判断した。
凡そ人間業では無いと医師がお墨付きを与えた為、俺達は無罪放免となったのだ。
「ククク。
思った通り、異常者共に俺が何をしたかなど、分かるまい。
計算通り俺はこれで、一切暴行傷害罪に問われる事は無いわけだ」
「……つーか、真顔で笑うのは止めて。
後、間違っても警察に今の発言を聴かれるなよ?
また面倒な事になるから」
確かに、ただ異常者から異常者を助けただけなのに、事は大事になっている。
俺は時間を無駄にしたと反省するしかなく、しだれをこの件に巻き込んだ事も猛省した。
いや、一寸やりすぎちゃったかなー?
テヘ☆
「……てか、お前、後で絶対、聖君さんにボコられるぞ。
下手をすれば、勘当されるかも」
「いや、ソレは無い。
俺はあの道場の跡継ぎなんだから、勘当まではされない筈。
まあ、親父も人助けの為に仕方なくこうしたと言えば、分かってくれるさ」
「……お前、どこまで聖君さんを美化しているんだよ?
息子が殺人犯になりかけたのに、ソレを許す親が何処に居る?
仮にそんな親が居たら器が大きすぎて、ドン引きだわ」
しだれの悪態は続く。
その時、事情聴取を終えた笹崎が戻ってきた。
「……と、待たせてごめんなさい。
えっと、それで、暁さん達は――」
「――ああ、無罪放免だとさ。
それも笹崎さんが、このバカの犯行を見逃してくれたお蔭だ。
本当にありがとう」
異常者とは関わりたくない俺の代りに、しだれが一部始終を説明する。
すると、笹崎は俺達をジーと見つめ出して、こう問うてきた。
「いえ、お礼を言うのは、私の方。
それで、あの、結局焔君はあの人達に何をしたの?」
「あー、それは別に知らなくて良い事だと思う。
というか、さっきも言ったけど、この件の事はもう忘れて」
が、笹崎は尚も質問を重ねる。
本当に失敬なやつだ。
「というより、焔君はさっきから私と会話さえしてくれないのだけど、それはどういう事?
私、焔君の気に障る様な事をした?」
「………」
笹崎がそこまで言い切ると、しだれは俺と笹崎を何度か見比べる。
それから暁しだれは、ぶっちゃけた。
「あー、それは此奴が自分とその家族以外はみな異常者だと思っている、変態だからだな。
異常者には関わりたくない此奴は、だから自分達以外の他人には興味が無いんだ。
そんな訳で此奴には、金輪際関わらない方が良い。
例え笹崎さんがどれだけ慈悲深くても、此奴には一切そんな尊い気持ちは届かないから」
「………」
酷い言い草だった。
これでは本当に、俺はただの異常者みたいだ。
いや、何度も言うが異常者なのは、紛れもなく笹崎達の方である。
その理由は、余りに決まり切っていた。
「ああ。
何せ笹崎達は――創世十字拳が使えないからな」
「……そうせいじゅうじけん?」
ついボソッと俺が言ってしまうと、笹崎は首を傾げ、しだれは露骨に顔をしかめる。
俺が更に問題発言をする前に、しだれが先に口を開く。
「……いや、此奴の家って道場やっていてさ。
その流派が――創世十字拳な訳。
というか、私も一応その門下生なんだよねー」
〝アハハハ〟と陽気に笑いながら――暁しだれは健気にもお茶を濁そうとした。
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