第8話

 仕事に帰る度、彼はモンシロチョウを眺めた。


 それはもはや1つの習慣となっていた。


 蝶と過ごしているうちに、彼は砂糖水の絶妙なバランスを心得ていたし、蝶が明るみに向かいたがることも理解するようになっていた。



 ある仕事帰り、彼はいつも通り部屋の明かりをつけた。


 彼は上着を脱ぎ捨てるや否や、癒しを求めるように、一直線に水槽へと向かった。


 彼はその中に蝶がいることを確かめると、蓋を開け、いつも通り部屋を飛び回らせるようにした。


 しかし、その日は何故か、蝶は水槽の中で留まったまま動こうとしなかった。



 彼は首をかしげながら、蝶を手であおいだ。


 が、やはり蝶は自ら動こうとせず、羽を閉じたまま固まっていた。


 彼はひやりとし、蝶をつついてみた。すると、蝶は少しだけ動き、ようやく生存が確認できた。


 彼は大きく息をつき、胸を撫で下ろした。


 蝶が動かないなど、彼には考えられないことだった。


 蝶を迎えてから、まだ数日しか経っていなかった。

 機嫌が悪くなってしまったのだろうと思った彼は、何とか蝶を慰めようと、砂糖水から蜂蜜へ変えることにした。


 それで蝶は元気になるだろうと、彼は確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る