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東雲めめ子

プロローグ

 桜は降るほどに満開だった。


 黒光りする男の腕のような節くれた枝。花がなければただの枯れ木だが、毎年春だけはこの老木が桜の木だったことを思い出させる。

 夜の闇に花の白が眼に眩しい。咲き誇る桜の重みに耐えかねてたわむ枝。しだれ桜のようにも見えるが、その大木はしだれ桜ではない。そして、枝がたわむのは花の重みに耐えかねるばかりでもない。


 高い位置にある一本の枝に、セーラー服を着た出口でぐち櫻子さくらこがぶら下がっている。


 がっしりとした体格はいつもよりさらに膨張し、紫色に変色した顔の後ろで白いセーラー衿が風に舞う。いかにも重たげな、重量のある躰が自重の重みで首を絞める。左手首をぱっくりと割る傷から流れる血が、スカートを伝って地面に落ちる。

頼りなく揺れる櫻子は、まるで巨大なてるてる坊主のようだった。

 伏せられた顔。表情の伺えないそれから、ふいに眼だけが正面を射すくめる。立ち尽くす瀬尾せのおをとらえた両目が憎しみに燃え上がる。



――助けてはくれなかったね。


 違う、違うんだ。

 太い幹をも揺るがすような風が吹いて、桜の花びらがいっせいに舞い上がる。薄紅の流水のような花びらの流れは一瞬だけ櫻子をかくし、つぎの瞬間には消し去っていた。



 ただの桜の裸木をまえに、ひとり瀬尾だけが取り残されている。

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