パート6: 生食の現実、苦悶と嘔吐
目の前には、月明かりを受けて鈍く輝く緑色の塊。
私が初めて捕獲した(というより、あっけなく叩き潰せた)スライム。
その亡骸は、まだかすかにぷるぷると震えているように見えた。
(可愛い…そして、美味しそう…!)
前世で夢見た、あの甘くて瑞々しいゼリーの姿が重なる。
もう我慢できない。
早く、この口で確かめたい。
私は持っていた小さなナイフで、スライムの体の一部を切り取った。
ナイフには、ねばつく緑色の液体が付着する。
それを汚れた服で拭うのも忘れ、切り取った欠片をまじまじと見つめた。
(見て、この透明感…! きっと口の中でとろけるんだわ…!)
周囲に他のモンスターの気配がないことを確認し、私は意を決した。
祈るような気持ちで、そっと、その緑色の欠片を口に運ぶ。
(いただきます…!)
そして―――
(んぐっ!?)
口に入れた瞬間、私の思考は完全に停止した。
予想していた甘さも、瑞々しさも、爽やかな酸味も、何も無い。
ただ、形容しがたい、強烈な『不味さ』だけが口の中に広がった。
(まずい!!!)
それは、味と呼べるものですらなかった。
まるで、油をたっぷり吸ったゴムを噛んでいるような、不快な弾力。
そして、後から追いかけてくる、土と薬品を混ぜ合わせたような、鼻をつく嫌な臭い。
舌が、全力でそれを拒絶している。
(う…っ!)
あまりの不味さに、顔がくしゃりと歪む。
思わず吐き出しそうになるのを、必死でこらえた。
だって、これは私が探し求めた、記念すべき最初の…
(あれ…?)
しかし、次の瞬間には、味どころの話ではなくなっていた。
口の中が、じわじわと痺れてくる。
まるで、強い薬草でも噛んだみたいに。
痺れはすぐに唇に広がり、喉の奥へと伝わっていく。
(し、痺れる…!? なに、これ…?)
同時に、胃のあたりが急にムカムカし始めた。
頭がぐらり、と揺れる。
視界が、なんだか霞んできたような…。
(毒…!?)
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、耐え難い吐き気が込み上げてきた。
「うっ…! うぇぇぇぇぇぇっ!!!」
私はその場に膝から崩れ落ち、地面に向かって激しく嘔吐した。
胃の中のものが、逆流してくる。
さっき口にした、あの緑色の欠片も、消化されずにそのまま出てきた。
「ゲホッ、ゴホッ…! ゲェェェェ…!!!」
涙と鼻水と涎で顔がぐちゃぐちゃになるのも構わず、私は吐き続けた。
胃がひっくり返るような苦しさ。
喉が焼けるように痛い。
全身から力が抜け、指先まで震えている。
(苦しい…痛い…! まずいぃぃぃぃっ…!)
息も絶え絶えになりながら、私は地面に突っ伏した。
冷たい土の感触だけが、やけにリアルだった。
(ちがう…)
心の中で、か細い声が響く。
(こんなはずじゃ、なかった…!)
甘くて、美味しくて、魂が震えるような、至福の味。
私が夢見ていたモンスター食は、そんなものだったはずだ。
なのに、現実はどうだ?
ただただ不味くて、苦しくて、痛いだけ。
(どうして…?)
前世で焦がれた、あの美しいモンスターたちは?
私の妄想は、全部、ただの独りよがりだったの?
スライムは、甘いゼリーなんかじゃなかった。
ただの、不味くて毒のある、小さな怪物だった。
(嘘だ…)
目の前が、真っ暗になった気がした。
肉体的な苦痛よりも、信じていたものが根底から覆されたことによる精神的な絶望の方が、ずっと深くて、痛かった。
私はただ、森の冷たい地面の上で、小さく丸くなることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます