パート4: 魂に刻まれた、異質な飢え ~転生前の独白~
『外れスキル』。
そう言われた時の、村の人たちの顔。
父さんと母さんの、悲しそうな顔。
それが頭から離れないまま、私はまた、あの味気ないスープを口にしていた。
(美味しくない…)
昨日も、一昨日も、そして今日も。
フォリア村の食事は、いつも同じ。
ただお腹を満たすだけの、灰色の味。
(…ああ、でも、昔は違ったな…)
ふと、懐かしい感覚が蘇る。
前世の記憶。
そう、私は一度死んで、この世界にエルナとして生まれたんだ。
前の名前は…確か、佐藤玲奈。
狭くて、少し埃っぽい部屋。
壁には、たくさんの絵が貼ってあった。
空を舞うドラゴン。大地を駆けるグリフォン。深海に潜むリヴァイアサン。
棚には、彼らの姿を写したフィギュアや、可愛いスライムのぬいぐるみがぎっしり。
それが、私の宝物。私の、友達。
(ああ、会いたいな…)
目を閉じれば、今でもはっきりと思い出せる。
硬質なドラゴンのフィギュア。ひんやりとした鱗の感触。
(…なんて綺麗なんだろう、この鱗…)
(一枚一枚、宝石みたい…)
(これをね、丁寧に剥がして…炭火でじっくり炙ったら…)
(きっと、香ばしい匂いがして…パリパリって音がして…)
(噛んだら、中からじゅわって…旨味が…)
想像しただけで、口の中に唾が溜まる。
あの頃の私は、フィギュアを眺めては、いつもそんなことばかり考えていた。
食べたいなぁ、って。
ベッドの上には、いつも大きなスライムのぬいぐるみがいた。
ぷにぷにしてて、抱きしめるとひんやり気持ちいい。
(可愛い…本当に可愛い…)
(こんなに可愛いんだから、きっと美味しいに違いない…)
(透き通ったゼリーみたいで、甘くて、瑞々しくて…)
(スプーンですくう? ううん、違う)
(このまま、まるごと…ちゅるんって、飲み込んじゃいたい!)
(そうしたら、ずっと、私の一部になってくれるのに…)
食べちゃいたいほど、可愛い。
その言葉の意味を、私は誰よりも深く理解していたと思う。
一人で食べるインスタント食品も、私にとってはご馳走だった。
だって、想像力を働かせれば、それはどんな料理にも変わるんだから。
テレビで見たステーキ。
(あれがもし、ミノタウロスの分厚いロース肉だったら…!)
(見てよ、この見事な霜降り! いや、これは力強い赤身かな?)
(熱した鉄板の上で、じゅうじゅう音を立てて…!)
(滴る肉汁! 野性の香り!)
(塩と胡椒だけでいい。熱々を、かぶりつきたい…!)
(骨の周りについたお肉も、しゃぶり尽くしたい…!)
はっ、と我に返る。
目の前にあるのは、冷めかけたスープと、硬いパンだけ。
耳に入るのは、父さんと母さんの心配そうな声と、村人たちのモンスターへの憎悪と恐怖の言葉。
「穢れた獣…」
「呪われた存在…」
「食べるなどもってのほか…」
(違う…)
心の中で叫ぶ。
(違う、違う、違う!)
この世界のモンスターは、危険で、みんなが言うように不味いのかもしれない。
現に、前にこっそり生でかじってみたゴブリンの肉は、ひどい味だった。
でも、それはきっと、『食べ方』が悪いだけなんだ!
あんなにも力強く、美しい生き物たちが、美味しくないわけがない!
だって、私は知っている。
前世で、来る日も来る日も、彼らのことを想い、焦がれ、その味を夢想してきたんだから。
(食べたい…)
魂の奥底から、本能的な欲求が突き上げてくる。
(この世界のモンスターを、ちゃんと調理して、美味しく、食べてあげたい…!)
(そうしたら、きっと、あのフィギュアやぬいぐるみよりも、もっともっと素晴らしいはず…!)
『外れスキル』だって?
料理のスキルが、役に立たない?
そんなはずがない。
私にとっては、これ以上ない、最高の『祝福』じゃないか。
胸の奥で、諦めとは程遠い、熱い何かが灯るのを感じた。
それは、執念。
それは、狂気。
そして、それは、私の魂に刻まれた、異質な飢え。
(見てて…)
(絶対に、食べてみせるんだから…!)
私はもう一度、味気ないスープを口に運んだ。
でも、もうそれは、ただの灰色の味ではなかった。
未知なる美食への、第一歩の味がした。
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