第52話 華の都
陽が高く昇った昼下がり。
ハナとジェルベーラはターリー国の城門前に辿り着いていた。
彫刻が施された頑丈な門は閉ざされていたが、兵士が行き来する小さな通用口は開いていた。
その隙間から覗く街の光景は、色とりどりの花が咲き誇る広場、風に舞う絹布、通りを彩る楽師たちの音楽――。まるで街全体が舞台装置のような、美しさと賑わいに満ちていた。
「これが……ターリー。花だけじゃない、ほんとに“芸術の都”なんだ……」
「ふ~ん、私にお似合いの街並みってとこかしら」
二人が感嘆の声を漏らしたそのとき、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「ハナっ!」
振り向くと、埃まみれの旅装に身を包んだエミリーが、馬を引いて駆け寄ってくるところだった。
「よかった……間に合った……ほんとに……」
安堵に震えるその声に、ハナは目を瞬かせた。
「エミリー? どうしてここに……?」
「それは、こっちのセリフです!」
再会も束の間。街道の方から馬の蹄の音が響き、やがて三つの影が城門前に現れる。
ローシュ、ゴーシェ、そしてその中央に、静かに歩く晴頼の姿があった。
「やれやれ……やっと着いたと思ったら、なんだこれは。エミリー?」
ローシュが馬を止め、目を見開く。
「イルダでハナを見張ってるはずじゃなかったのか? ……って、ハナもいるじゃねぇか」
「どういうことだ、エミリー」
ゴーシェの鋭い視線が、エミリーに突き刺さる。
「こ、これは……その……」
エミリーは言葉を濁すが、それよりも――まだ晴頼が侵攻を開始していないことに、胸をなでおろしていた。
もともと彼らの到着が遅れたのは、ローシュの提案によるものだった。
「晴頼よ、ターリーは逃げやしない。それより今夜は、俺と……」
そう言って野宿を提案し、晴頼が頷いたのがきっかけだった。
「お前が余計なことをするからだぞ、ローシュ。父上には報告させてもらう」
晴頼とローシュが二人きりで夜を明かしたことに、ゴーシェは苛立ちを隠せなかった。
「時間の指定なんてされてなかったろ? 問題あるか? それに……ガキが何人来たところで何になる」
ローシュはハナを見下ろし、ジェルベーラを品定めするように、皮肉な笑みを浮かべた。
「……エミリー、ハナを連れてイルダに戻れ。今すぐにだ」
背を向けながら、ゴーシェが短く命じる。
「わ、わたしは……」
真実を話せば、それはファザへの裏切りになる。
見捨てられるかもしれない。家族の縁を切られるかもしれない――。
エミリーは沈黙を選んだ。
「みんな、一体何の話をしてるの……?」
状況が見えず困惑するハナが、不安げに口を開いた。
そのときだった――。
「ここが目的地なんだな……やるぞ!」
隊列の後方にいた晴頼が、ずかずかと歩み出て、城門に近づいていく。
「だ、だめっ! ハナ……あの人を止めてっ!」
エミリーの悲鳴が、閉ざされた城門に響いた。
「邪魔な扉だ」
晴頼が刀を握ったその瞬間、精緻な彫刻が施された城門が――轟音とともに粉々に砕け散った。
「なっ……」
驚愕の声を漏らしたのは、ハナだけではなかった。
「やりすぎだぞ、晴頼」
ローシュが肩をすくめながら笑い、晴頼の肩に手を置く。
「……計画通りのはずだが?」
「まぁいい。好きに暴れろ、父上の命令だ」
「むろん、そのつもりだ」
晴頼は刀を下げたまま、悠然と城内へと歩を進める。
「ジェルベーラっ、早くアルテメトをあの女の人に!」
エミリーが呆けていたジェルベーラの腕を掴み、引き寄せる。
「だめだよ、エミリー。アルテメトを人に向けて使うなんて……!」
ハナがあわてて間に入る。
「違う、あれは人なんかじゃないんです! あの人が動き出せば、みんなが死んじゃう!」
エミリーの声は、震えていた。
「エミリー……お前のその発言、処罰じゃ済まないぞ」
ローシュが低く、威圧的に呟いた。
「……」
声も出ずに硬直するエミリー。だが、もう後には引けない。
誰かが死ぬのを黙って見ているなんて、できなかった。
「お願い、ハナ兄さん……あの女を止めて!」
エミリーは、涙とともに叫んだ。
「エミリー……わかった。でも誰も傷つけない。ジェルベーラちゃん、刀だけを壊せる?」
「オッケー! あのダンジョンで練習したもんね、任せて」
ジェルベーラは、晴頼の刀とほぼ同じ大きさの楕円形のアルテメトを形成する。
「アルテメト……冗談だろ?」
ローシュがたじろぐ。
「……花が人になるなら、魔法が形になるのも同じこと。所詮、紛い物さ」
ゴーシェは冷ややかに呟いた。
「そこの綺麗なおねえさん、その物騒な刀、投げ捨てなさい。怪我じゃ済まなくなるわよ」
ジェルベーラがふてぶてしく言い放つ。
「……やってみろ」
晴頼は首だけ振り返り、冷たく睨んだ。
「知らないからね」
ジェルベーラは、手加減しながら、そっとアルテメトを投げつけた――。
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