アオ

雲一つない青空だった。

梅雨明けの空にしては綺麗すぎるし、

本格的に夏が始まろうとしていた。


教室の中では幾つかのグループが、夏休みの予定を立てたり、どこかしらの部活の先輩が合宿やら夏休み中の練習スケジュールを配りに来たりと、みんながみんな浮足立っていた。

中学に入るまでは、菖蒲も私の机にへばりついて、家族同士で海に行こうだの、バーベキューしようだの、誘いに来ていたなぁなんて、ちょっぴり淋しい気持ちになる。


(今年は何をするんだろう‥)

自分から避けていたはずなのに、ふとした時に考えてしまう、都合のいい思考回路を持つ自分に腹立たしくなりながら、たった今考えたことを振り払うべく、私は部活のカバンを持った。

感情も思考も全て置き去りにするように、教室を足早に後にして、何もかもを追い越していくかのように、大股で走り出す。


途中、何人かにぶつかりそうになり何度か怒鳴られたが、そんなこと気にしてられなかった。

止まると、全てが台無しになってしまう気がして、

どんどん重くなる足をひたすらに前へ前へと運んでいった。


部室には誰もいなかった。

誰かと馬鹿みたいな会話をしたり、一緒に走ったり、何でもいいから、教室以外で何かに集中したくて、ここまで逃げてきたのに拍子抜けだった。


ロッカーにもたれながら大きく息を吐いて吸ってを繰り返しては、項垂れている自分の姿を瞼の裏で思い起こす。

「何もうまくいかない」

嘆きは虚空へと消えていき、音の無くなった世界は更に孤独へと私を引きずり込む。


いつの間にか、八方塞がりだった。

自分をよく魅せようと他人を蹴落として見下してきた罰だと思った。

今更変えられない態度や言動、周りの評価と

踏み出す勇気のない己の愚かさと、考えられること全てを呪った。


脳内は負で支配され、周りなんか見えなかった。

部室の窓から見える真っ青な空に背を向けて、只々暗い部屋で、青ざめた自分の顔を部活の同期組とお揃いで買った鏡に写し、そして鏡を割った。


私は私がわからなくなった。


部活に出る気分にもなれなくて、俯いたまま部室を出る。

家に帰ろうと頭の中で思っていても、足取りは重たく、全然前に進めなかった。


部室棟から校舎を横切って正門へと歩く途中、

見慣れた姿を見つけた。

サッカー部の練習が始まろうとしている横で、人工芝に寝そべりながら自分の上半身と同じくらいのスケッチブックを持って、ただただ自由に絵を描いているその姿が眩しくて目を細めた。

真剣な顔をしていると思えば、時折お笑い芸人のネタでも見たかのように一人で笑っている、端から見たら滑稽で変人なのだが、妙に神々しくて、神秘に近い、“美”そのもので、今度も私は“傍観者”だった。


不意にその“美”は私を見つけて、ナイロンの芝をそこら中につけたまま駆け寄ってくる。

茨の道が拓けていくような眩いそれは、

ついさっきまで、悪の権化のような顔をしていた私にまた、あの黄色い笑顔で笑いかけた。


「あのね!お空があんまりにも何もなくてつまらなかったから色々描き足してたの!」

無邪気に晴天を変えてしまう、そんなところが羨ましかった。

雲一つない青空を綺麗だという人は沢山いるけれど、それをつまらないと感じる菖蒲はやっぱり神秘的な存在なのかもしれない。


凄いなと素直に思っている自分がいた。


清々しい青空だった。

いつの間にか、雲が2つ、空に浮かんでいて、

控えめにスケッチブックに絵を描くと、真ん中に小さくなってしまい、余白がたくさん残ってしまう、くすぐったい気持ちになる空だった。


私はこの空が好きだと思った。





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