第4話
今朝から私の担当になったおばあちゃん、桜井香苗さんがにっこり湯飲みを差し出している。
「はいっ! 今すぐに!」
元気よく返事をして、速やかに湯飲みを受け取り、ポットのほうじ茶を注ぐ。
ちょうど昨日「お茶って言ってるでしょーが! ほんっとに今の子はトロいんだから」と他の女子がお茶で怒られてるところを見たばかりだ。
ほんのちょっとお茶を出すのが遅かっただけなのに、その後その女子は、「だいたい最近の子は挨拶がない、返事が小さい、頼んでもすぐやらない」などなど、最近の子代表として担当したおばあさんからグチグチ説教されていたので、気をつけないと。
(おや、今日はいつもよりお湯の温度が熱い気がするぞ)
湯呑を持って、首を傾げる。
これは加水すべきか、否か。
究極の選択だった。
加水して「お茶が薄い」と怒られるパターンと加水せずに「熱すぎる」と怒られるパターンが浮かぶ。
更に、悩んでいるうちに「出すのが遅い」と怒られるパターンもある。
(知らん!)
味が薄くならないギリギリを目指して加水。
「お待たせしました!」
「ありがとう」
桜井さんは、こく、こく、とお上品に飲んで「良いお湯加減ね」と、にっこり。
(素敵なおばあちゃんだなぁ)と思った。
笑顔だけじゃなく、雰囲気が。
華奢だけど背筋もしゃんと伸びていて、服装も小ぎれい。
化粧もほんのりと肌に馴染む感じの上品さで、とっても似合っていた。
なんというか、芸能界にいる、おばあちゃんなのにどこか色香の漂う大女優みたいな。
(いかん、いかん)
とはいえ一見いい人そうでも、気は抜けないのが寿老人ホームである。
ケアマネの佐藤さんは、ぱっと見面倒見良さそうな(つまり見た目が地味めな)高校生から順に、厄介な高齢者の担当を任せていくふしがある。
もちろん私はがっつり面倒見良さそうチーム。
あそこできゃいきゃい橘にじゃれついているヤンキー系女子集団は、高齢者の担当ではなく、その他雑務の担当だった。
つまりは、いてもいなくてもなんとかなる業務を任されている。
だからずーっと喋っていてもなんとかなる。
ちなみにじゃれついたヤンキー系女子をうまい具合にあしらって、再びサザキさんの担当に戻っているイケメン橘は、実習開始当初は、その他雑務側に組み込まれていたけれど「あれコイツ、ヤンキー系女子と仲いいけど、実はいい奴かも」と、すぐに佐藤さんにバレて、現在、面倒見良さそうチームに加わっている。
ようこそ橘。
と、いうわけで、つまり、この一見素敵な桜井さんも、私の担当ということは、隠れ厄介高齢者の可能性大なのである。
先週まで担当していた鈴木さんも、見た目まるっとしていて優しいおばあちゃん風味だったのに、開口一番「あんた若いのにカツラかね? 可哀想に」と、私の地雷を大いに踏んでくれた。
だから私は彼女の薄い髪の毛を毟り取ってやった。心の中で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます