第34話 魔道士と伯爵令嬢

『クリュデオールの春』は、前奏がみじかい。

二人の殿下たちが文句を言うまもなく、絵本の勇者に取り憑かれた伯爵令嬢と少年魔道士は会場の中央へと滑りでた。


トーラは、くるりとヴィクターの前で回りながら文句を言った。


「なんでちゃんと踊れるの!?

あなたも実はどこかの貴族の坊っちゃまで、んわたしとの結婚を狙ってるなら……」


「なんで肯定しても否定しても傷つくようなことをきくんだ。」


ステップはそれほど正確ではない。

だがそれはトーラも似たようなものだ。


それは決して「見苦しい」と言えるものではなく。

むしろ、ふたりの初々しさを引き立てているかのようだった。


「両親はレクサーヌで」

ヴィクターはこの曲の最難関のステップをなんとかこなしながら言った。

「鍛治と小売りをやってる。鍛治のほうはもっぱら修理だよ。武器じゃなくて、鍋とか農具とか。」


レクサーヌはルゼリア王国第二の都市だ。隣国との貿易で栄えている街で、人口は王都よりも多いくらい。


「なんで、踊れるかと言えば、冒険者学校のカリキュラムに『ダンス』もあるからだ。」


「なんでもあるのね。」

トーラは感心した。

「でもじゃあなんでわざわざの『ダンス』を受講したの、天才魔道士さん。」


「マルセル先生に“蒼き焔”に入るなら貴族のたしなみは一通りマスターするように言われたんだ。」

少年はまだ中性的で可愛らしい顔を歪めた。

どうも話題がいやな訳でも、ステップが難しかったわけでもなく。

ここのパートでは、トーラを抱き抱えるように、びったり体をくっつけないといけないのがいやだったらしい。


「それは、どこかで婚約破棄された伯爵令嬢とダンスをする機会があるかもしれないから?」


「え、そんなことは、いや……まさかっ!!」


ステップが乱れて、ドーラの足が踏まれそうになるのを、彼女は鮮やかに回避した。


「冗談です。この1ヶ月で私の身に起こったことは神様だって予測できないでしょうね。」


--------------


即席のカップルは次の曲も一緒に踊った。


さすがに三曲続けて同じパートナーというのも不自然で、トーラは次はリシュル王子と。その次はルテルク殿下と踊った。


ここで、トーラは小休止を申し入れた。

もっともな話だったので、トーラは会場のすみのテーブルで果実のミックスジュースを飲みながら一休みすることができた。


「トーラ嬢。」

当然のように、リシュル王子とルテルク殿下は同席している。

「あの少年はなにものなんだ? みたところ冒険者のようだが。」


「ん―――彼は、マルセル老師の秘蔵っ子で、“蒼き焔”のメンバーだそうです。」

本当は『見習い』なのだが、そこは端折った。


「あの若さでか!」

リシュルは素直に感心した。

魔法でもなんでも。とにかく強くて優秀ならなんでも尊敬の対象になる、というのはこの脳筋気味の王子の特徴である。


ルテルクは、もう少し考えるところがあるようだった。


「あの若さで、“蒼き焔”の一員……トーラ姫。

アドメルク伯爵家は、王家との絆を深めるよりも冒険者ギルドとの関係を重視されるということだろうか?」


「当家と冒険者ギルドの関係でしたら」

トーラは会場の隅からじっとこちらを見つめているヤンの視線を感じながら言った。

「兄のヤンが、“蒼き焔”の一員です。いまさら、私が名のある冒険者に嫁ぐ必要なんてありません。」


「それもそうだが。ヤン殿はいまの伯爵夫人とは母親が違う。まして勘当同然に家を出た身となれば」


「まあ、それは誤解でございますわ、ルテルク殿下。」

いつ近づいたのか、アドメルク伯爵夫人ローザだった。


さすがは元腕利きの冒険者“病葉”のローザだと、トーラは思ったがもちろん口には出さない。


父であるアドメルク伯爵の姿は見えなかった。


通常このような場合は、ホスト側は夫婦揃って招待客のところをまわるのかだが、アドメルク家に関しては、夫婦共に高度な政治的判断や駆け引きをやってのけるので、行動を別々にすることも多い。


「ヤンは私のすすめもあって、広い世間をみるために、冒険者の道を選んだのです。家督はヤンが継ぐでしょう―――もっとも冒険者として、成功し過ぎてしまったら本人が嫌がるかもしれませんが。」


そこであらためて、アドメルク伯爵夫人ローゼは腰をかがめて、みごとなカーテシーだった。


「リシュル殿下、ルテルク殿下。私共のパーティーにご参列いたたけたこと、あらためね心より御礼申し上げます。」


「よいよい。いいのです。アドメルク伯爵の奥方様。」

ルテルクがつらつらと言った。

「名門アドメルク家の姫君のデビュタントをともに慶ぶことができたのを王室でも喜ばしく思います。それよりも―――」


「あどで式典の進行を任せました執事をきつく叱っておきます。」

ローゼは穏やかに微笑んだ。

「両殿下がマルセル老師とご歓談中に、もう曲を流し始めてしまって!!

ドーラには最初のダンスは、おふたりのどちらかにするように命じておりましたのよ。

トーラがおふたりのどちらと最初に踊るかを決めかねているうちに曲が始まってしまい、あわててとっさに、1番近くにいた男性の手を取ってしまったのですわ。」


「伯爵夫人、あの者は……」


「マルセル老師のお弟子さんで、トーラが行方不明になっていたときに、老師がわざわざランゴバルドの冒険者本部から呼び寄せた優秀な若者です。ドーラを最初に見つけてくれたのも彼です。

王立魔道学院で優秀な成績をおさめ、冒険者を志してランゴバルドの冒険者学校へ留学したおりに、マルセル老師から才能を見出され、まだ冒険者学校在外中にも関わらず、冒険者パーティの一員として活動しているとか。

名前はたしか……」


「ヴィクター。ヴィクター・レイムントだ。」


話しかけてきたのは、兄ヤンだった。

礼装用のマントは羽織っているが、肩や胸は革製のガードをつけている。

となりにヴィクターを連れていた。


彼は髪が乱れ、ちょっとしょげた顔をしていた。


トーラは立ち上がって叫んだ。

「兄様! ヴィクターになにかしたの?」


「いや、あれだよ。かわいい妹に悪い虫がついたんじゃ、ないかという兄の立場からの過剰反応。」

そんなことが言えるのだから、ヴィクターは見かけほどしょげてはいないのだろう。

トーラは胸を撫で下ろした。


ヤンは指をたてた。

「殿下。アドメルク伯爵が挨拶に遅れて済まない。

親父…父上はいまバルト侯爵と話をしたいる。そのためにこちらへのこちらにくるのが遅くなっているのだが。」


「それは構いませんよ、ヤン殿。」

強者に対しては、素直に敬意をあらわすリシュルはそう言ったが、ルテルクはすこし引っかかった様子だった。


「バルト侯……今回、トーラ姫にひどい仕打ちをしたあのユウリフの父親でしたね。アリシスともつなかっていたという。」


「まあ、バルト閣下は今回の件でユウリフを勘当。とは言っても別宅に移して生活費などは与えていたそうなのだが。」


「寛大な処置ですね! 本人がそれを不満に思っているとか?」


「いや、先日、失踪したらしい。このトーラのデビュタントのパーティーの知らせが各方面に届いた頃だ。」


アドメルク伯爵夫人は眉間に皺を寄せた。


「ということは」


「そうだ。逆恨みも甚だしいが、ユウリフは当家を。トーラを狙って出奔した可能性がある。」


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