『#お掃除シンデレラは、今日もいいねをひとつ拾う』

Algo Lighter アルゴライター

🌫️第1章:言われたことだけで、生きてきた

第1話 指示がないと、立ち上がれない

朝は、誰かの声で始まる。


「ねえ、洗濯機、回ってないんだけど?」


義姉の声が、ドア越しに耳を刺す。まだまぶたも重いまま、セリナはベッドから体を起こす。


時計は、午前6時12分。アラームは、かけていない。

目覚めるのは、いつも誰かの言葉。起きて、回して、干して、捨てて。

自分で決めたことは、たぶんひとつもない。


「ごめん、すぐやるね」


そう返す声も、すでに習慣の中に埋もれていた。


セリナは廊下に出て、無言のまま洗濯機に洗剤を入れる。タオルと下着類、色物、義姉の服だけは絶対に別に――そんなルールも、誰に言われたわけでもないけれど、身に沁みついている。


「ありがとう」と言われた記憶は、ない。


だけど、「なんでやってないの?」とはよく言われる。


朝食の支度に取りかかる。冷蔵庫を開け、残りものとごはんを電子レンジにかけて、卵を割る。

無意識に手が動く。目玉焼き、ベーコン、レタス。食器の音が小さく響く。

キッチンの壁にかかったカレンダーに、誰かが赤いマジックで「燃えるゴミ」と書いていた。


“わたしが出すんだろうな”と、セリナは思う。

反発する気持ちはない。ただ、そういう流れなのだ。

台所に立つ自分は、たぶん“人”というより、誰かの生活を回すための機能に近い。


「セリナ、掃除機かけといて。わたし出かけるから」


義母の声が背中から飛んでくる。セリナは、「うん」とだけ答えて頷く。


その声がないと、自分はたぶん動かない。


今日の掃除機は、寝室とリビングと、玄関までやる。たぶん、それでちょうどいい。

誰にも褒められないし、終わっても何も変わらない。でも――やらないと、怒られる。

それだけが、日常のルール。


昼過ぎ、義姉の部屋にタオルを置きに行くと、スマホの画面がふと目に入った。

SNSのライブ配信。誰かがメイクのやり方を喋ってる。

「この角度で光が当たると、肌がきれいに見えるんですよ〜」

その人の声は、明るくて、堂々としていて、なんだかまぶしかった。


“いいな、ああやって、喋れる人。誰かに教えられる人”


セリナはそっと画面を閉じる。


夕方。台所の床に落ちた米粒を雑巾で拭き取りながら、ふと思った。


「わたし、今日、なにか“自分で”したっけ?」


返事は、なかった。

でも、どこかで、うっすらと息苦しいものが喉の奥に残っていた。


🧹つぶやきメモ

だれかの「して」って言葉が、

わたしの“起動スイッチ”みたいになってる。


でもそれって――いつ、わたしの意思になったんだろう?


✅次回予告(第2話:ゴミ捨てと同時に、心も出せたら)

セリナは、燃えるゴミを出しながらふと「ゴミって、自分の一部を出すみたいだな」と思う。

家族のために捨ててきたもの――自分の感情。

「家事」は誰のためで、「わたし」は誰の中にいるのか。小さな問いが、心の奥に積もり始める。


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