→右20話 玉置 克己(たまおき かつみ)2
「よし! それじゃ気を取り直して練習しようか! |香月<かつき>君は衣装チームに戻って頑張ってくれ」
そう言うと
「それじゃ、みぎちゃん……うーん、ごめんやっぱりしっくりこないね。 幹雄君のままでいいか?」
部長は僕の事をみぎちゃんとよんでから、少し苦笑いを浮かべて訂正する。
「無理に変な名前で呼ばなくていいですよ……」
僕は部長に胡乱な表情を向けて、その呼び名を否定した。
「そう? 香月君だっけ? 彼女が親しそうにそう呼んでたからね。 僕もそう呼んだ方が打ち解けやすいかと思ったんだけど……まぁそうだね、無理はよくないか」
部長は僕の肩に手を添えると、練習している演者チームの所へ引っ張っていく。
「お! 幹雄君いらっしゃい、よろしく頼むな!」
そう言って迎えてくれたのは、同じく演者チームの一人、ロミオ役の
先輩達は台本を片手にセリフの合わせをしていた所だったようで、その全員の視線が僕に集まる。
「幹雄君、一回ちょっとこのセリフ行ってみて?」
七生先輩は開いた台本の一行に指を置いて僕にそう言った。
そこには僕でもよく知ってる有名なセリフがある。
「これですか……?、『ああ、ロミオ。 どうしてあなたはロミオなの?』」
僕はそのセリフを一応、僕なりに感情を込めて読んだあとに先輩達の顔を見る。
先輩達は難しい顔してそれぞれ頭を捻ってうなってる。
「流石にいきなりは無理だよねぇ……もう少し高い声とか出せる?」
「え? 高い声ですか?」
そう言われて、出来るだけ高い声を意識して、先程のセリフを口にする。
「『ああ、ロミオ。 どうしてあなたはロミ……』げほげほ」
無理やり高い声にしたせいで声が裏返り、最後には咳き込んでしまった。
咳き込みながら先輩達を見ると、誰もがまた頭を捻ってる。
「うーん、どうだろう?」
「時間ないからね……坂谷さんは行けるって言ってたんだよね?」
「そうそう、彼女が行けるって言う時は大概大丈夫なんだけど……流石に今回は時間が無さ過ぎるかな?」
そんな事を話しながら頭を捻る先輩達を見上げていると部長が、「よし!」と一言いってから、何か決めた顔で僕の顔を覗き込んだ。
「まずは、声の出し方を練習しようか? 特別に、僕の技を教えてあげるから……ちょっとこっちに来て」
そう言って、僕の手を掴むと部屋の中でも端っこの、教卓側の窓際角へ連れていかれた。
この場所は、今現在部屋に居る人が一番遠くになる為、僕と先輩だけの小さな空間が出来上がった。
「それじゃ、特別に女の子の声の出し方を教えてあげるよ」
そう言って部長は、向かい合って立った状態で僕の肩に手を置いた。
「たぶんだけど、幹雄君ならすぐに物にしそうな気がするんだ。 もともと声は高い方だし……声変わりってまだなのかい?」
「え? あ、はい……わかりませんけど、去年あたりに一時期声が出しにくかった頃が有ります。 その後友達とかは声が低くなったって言ってましたので」
顎に手を当てて考える仕草をしながら、部長は僕の喉元に視線を落とす。
「そうなんだ……、うーん分からないけど、まぁ今は声は落ち着いているんだよね」
「はい……特に問題は無いです」
僕の返事に、部長はニヤリと笑みを浮かべた。
「じゃ、多少は無理しても大丈夫かな。 それじゃちょっと顎を持ち上げるように喉を伸ばした姿勢になってみて? 出来るだけしっかりと喉を伸ばす姿勢にね?」
部長の笑みに背筋に冷や汗が流れたが、僕は素直に顎を上げて喉を伸ばす。
「じゃぁその姿勢のまま、あーって声を出して。 大声は出さなくていいからね」
「はい……あーーー」
僕は言われたままに、あーっと声を出す。
「少し声を高くしてみて。 苦しかったら言ってね?」
「あーーー」
言われた通りに少しだけ声を高くする。
「うん、いいよ! じゃもう少し上げてみようか?」
「あーーー」
まだ平気、咳き込むこともない。
「大丈夫? 凄い肺活量だね! それは最高の武器になるよ」
「そ、そうですか?」
確かに言われてみれば昔から、肺活量はあるって周りから言われてきた気がする。
流石に息が切れて、深呼吸をしながら部長の誉め言葉に照れてそう返した。
「うん! いい武器持ってると思う。 よしもう一度続けてみようか?」
「は、はい。 あーーーー」
先ほどと同じ高さで声をだす。
自分の口から高い声が出ているのが、とても不思議でむずがゆく感じる。
「うん、いいね! もう二段階程高くしてみて」
「あーーーー」
どんどんと声を高くしていくと、ある瞬間に声が裏返る。
声が裏返った瞬間は、残念な気持ちと思ったよりも高い声が出せる自分に、誇らしく感じる気持ちに混在して戸惑う。
「そこ! 少し戻して」
「あーーーー」
声が裏返るか裏返らないかの微妙な位置の声を、その後なんども調整して出させられる。
「いい感じ! 安定してきたね。 じゃ声を出したまま顎を戻してごらん」
「あーーー」
言われて、声を出したまま顎を下げようとする。
顎を下げると声が戻りそうになるので、それを抑えながら微妙に調整しつつ、声の高さを維持したままゆっくりと顎を下げる。
「いけるじゃん! 声出てるよ! じゃ、その声のまま僕の名前を呼んでみて?」
「あーーー……、たまおきぶちょう」
「うん! 一発で出来てる! やるね!」
部長はそう言って僕の頭を撫でてくれた。
頭を撫でられながら部長を見ると、凄く嬉しそうに優しい笑顔で僕を見ている。
「よし、その声のまま普通に喋ってごらん?」
そう言われて、僕は戸惑いながらも声を出してみる。
「えっと、部長……どうでしょうか?」
「完璧! その声で、後は大きな声出せるように練習しよう! まぁ今回はピンマイクを準備するから、無理に大きな声出さなくても大丈夫だけどね!」
そう言って部長は僕の頭を乱暴に撫でまわした。
あまりにも乱暴に撫でるので僕は逃げるように体を後ろに引く。
「部長やめて下さい! それとピンマイクって? そんな高価な物が有るんですか?」
「なにいってんだい? 今時それくらい通販で買えば安いもんだよ?」
僕の心配に答えながら、やめて欲しいというお願いは無視して、しまいには両手で完全に頭を掴んで逃げられないようにしてから、容赦なく撫でまくる。
僕はそれに必死に抵抗して、やめて下さいってお願いしながらも、口から洩れる『女の子の声』に無意識に酔いしれていた。
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