第18章:戦の毒、命を繋ぐ糸

そんな毎日が続いたある日、いつものようにエリシアの家へ向かった。

しかし、森へ入ると、どこか不穏な気配が漂い始める。

馬車で村を抜け、静かな森を進むにつれ、木々のざわめきすらも荒々しさを増していた。


エリシアの家の近くに差し掛かった瞬間、突如、鋭い咆哮が森中に響き渡る。


――ガァァァァァッ!!


即座に馬車を止め、周囲を警戒した。


「なんだ、この音は……?」


心臓が激しく鼓動する。息を殺しながら、木の影に身を潜めた。

そして目の前に広がった光景に、思わず息をのむ。


そこには、巨大なクマのような獣――ビーストクロウがいた。

毛並みは逆立ち、鋭い爪が地面を引っ掻き、唸るたびに大地が震えている。

その獣に立ち向かうのは、エリシア。


普段の彼女とはまるで違った。


普段は八本あるはずの脚が、六本しかない。

それでも彼女は、しなやかに跳躍し、蜘蛛の糸を操りながら、鋭い蹴りを繰り出していた。

しかし、ビーストクロウは一歩も引かず、巨大な前脚で攻撃を受け流し、咆哮を上げる。


まるで戦士と獣の死闘。


だが、よく見ればエリシアの動きはわずかに鈍い。

疲弊しているのか、それとも――負傷しているのか?


「……くそっ!」


フィンは決断した。


「俺も……負けられない!」


影に紛れ、素早く弓を構える。狙うは――猛獣の側面。

ピタリと狙いを定め、弦を引き絞る。


――シュッ!!


矢は音もなく飛び、奴の肩に深々と突き刺さった。


「グルァァァァ!!」


それは怒り狂い、鋭い眼を光らせながらフィンの方を振り向いた。


「しまっ……!」


咄嗟にもう一本、矢を放つ。しかし、ビーストクロウは体を捻り、矢を避ける。

次の瞬間、地を蹴った巨獣が猛然とこちらへ迫ってきた。


轟くような足音が響く。大地が揺れる。殺気が突き刺さる。


「フィン!? 馬鹿!出て来るんじゃないよ!!」


エリシアの叫びが飛ぶ。だが、もう遅い。


フィンは身を翻そうとした――だが、


ゴッ!!


衝撃。


次の瞬間、鋭い爪がフィンの背中を掠めた。


裂ける皮膚。弾ける痛み。熱い血が服を濡らしていく。


「ぐっ……!!」


膝が崩れそうになる。しかし、そんな暇はない。

ビーストクロウが止めを刺そうと、大きく前脚を振りかぶる。


――死ぬ!


その刹那


バチィィィィッ!!


突如、無数の蜘蛛の糸がビーストクロウの体を絡め取った。

動きを封じられた獣が、怒り狂ったように暴れる。


「……終わりよ!」


エリシアが静かに囁いた。


次の瞬間、彼女の指先から淡い光を放つ糸が放たれ、獣の体へと突き刺さる。

毒が注入された瞬間、ビーストクロウの咆哮が森に響き渡った。


「グ……グァァァ……」


ビーストクロウは苦しげにのたうち回り、やがて、地面に崩れ落ちた。


――静寂が訪れる。


フィンは、朦朧としながらも口を開いた。


「エリシア、大丈夫か……?」


「私は大丈夫よ! それよりもあなた!」


彼女はすぐに駆け寄り、フィンの背中に手を当てた。

エリシアから放たれる蜘蛛の糸が、彼女の毒を纏い、傷口をゆっくりと包み込んでいく。


「……な、なんだこれ……?」


フィンは驚き、痛みの中でその感覚に戸惑う。

蜘蛛の糸が皮膚に馴染み、裂けた傷口をゆっくりと縫合していく。

エリシアは、静かに微笑みながら言った。


「大丈夫。すぐに痛みも収まるわよ。」


彼の体を這う白銀の糸は、まるで生き物のように優しく傷口を覆い、冷たい感触が心地よくもあった。

フィンはその異様で美しい治療法に驚きながらも、少しずつ安堵の気持ちが広がっていった。


「エリシアの毒って、こんな風にも使えるのか……」


「ええ。私たちアラクネの毒は、恐ろしいだけのものじゃないわ。」

彼女の毒が、痛みを癒すために使われることに、フィンは改めてその優しさを感じた。


エリシアの声は、どこか優しかった。


「……フィン、しっかり休んで。私の家で治すから。」


彼の意識は、次第に遠のいていく。

最後に感じたのは、エリシアのぬくもりと、安らかな気持ちだった。


――俺はそのまま深い眠りへと落ちていった。



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