共鳴の祈り

「どうして、母様の話からエナの方を見ているんだ?」


俺には理解できなかった。けれど、エリスとセラは空高くそびえるエナを見上げていた。


「……どういうことなんだ?さっき、神がもう母様の意識は戻らないって言ってたのにどういうことなんだ?」


声に反応して、二人がこちらを振り返る。


「今、エナの体を動かしているのは母様なの」


「正確に言うと、母様の意識がエナに移ったのよ。目覚めるのに時間がかかったみたいだけど……うまくいったの」


エリスとセラは、どこか後ろめたそうに視線をそらした。


「じゃあ……エナの死体を動かしてるってことなのか?」


「いいえ、そうじゃないわ」


二人が沈黙した。

そのわずかな言葉に、俺はかすかな希望を抱く。


「じゃあ……生きてるんだな? エナは、まだ——」


けれど二人は答えに窮していた。

やがて、セラが静かに口を開く。


「エナは……もう戻らない。今、あの身体にあるのは、母様の意識だけ」


「……そんな、酷すぎるだろ!どうしてエナが!? 俺の体でもよかったはずだろ!」


衝動的に、俺はセラの肩を掴み、感情のまま揺さぶっていた。


セラは俯いたまま、ただ震えている。


「お願い……やめて。きっと、理由があるはずよ」


エリスが俺の手をそっと握る。その手が温かい。


——そうだ、理由を聞こう。母様に。


俺は空にそびえる“エナ”を見上げた。


エナは巨大な根を地面のひび割れに向けて叩きつける。その反動で砂嵐が舞い、ノアの方舟の住民たちの悲鳴が響いた。


そしてその瞬間、エナは……いや、母様は、神に向けてテレパシーを送る。


「もう、こんなこと……終わらせましょう。あまりに多くの命が失われました」


その声はエナのもの。けれど、確かにどこか違った。

そこには母様の静かな意志が混ざっている。

それを嘲笑うように神が応えた。


「争いに犠牲はつきものだろう? 人間ども。お前たちなら、よく分かっているはずだ」


「……かつては、そうだったかもしれません。でもそれを理由に、また繰り返していいはずがない。負の連鎖は、私が断ち切ります」


「優しい“ガイマ”に、そんなことができるのか? この大地の母たるお前が、私に逆らおうとは……醜いにも程がある」


緊張が辺りを包む。息が詰まるほどの静寂。


「たしかに、私はあなたの望んだ存在ではなかったかもしれません。でも——命を愛する気持ちは、何一つ変わっていません。それだけは、あなたも理解しているはずです」


神は応えなかった。


「それに……あなたはアヤの怒りには触れなかった。それはエナをちゃんと見送らせようとしてくれた、あなたなりの“優しさ”だったのでしょう?

だから……ご自身のその優しさと向き合ってください。怒りに身を任せれば、必ず後悔することになります」


「ふ。後悔か。そんなものは感じたことがない。だが、人間共のような後悔を私は犯しはしない。いいだろう。ガイマ、お前の好きにすればいい。私はお前の願いなら何でも聞き入れよう」


沈黙の後、神の気配がすっと消えていくのが分かった。もう背筋に張り付く悪寒はしない。


「母様が……父様を鎮めたのね」


エリスの瞳から、一粒の涙が流れ落ちた。


やがて、エナの姿をした母様が降りてきて、エリスとセラを抱きしめる。


「ああ……やっと対等に、こうして抱きしめられた」


何度も二人の額にキスをする母様。そして、俺へと目を向ける。


「ユウジン。エナの身体のこと、気にしていましたね。お話ししましょう」


どうやら、俺たちが警備型ロボットと戦っている間に、エナは母様と話していたらしい。


母様によると——

エナは平和を願った。

そしてその願いに、母様も心から共鳴した。


そんな時、神の意識が目覚める兆しがあった。このままでは母様の意思が神にのまれてしまう。そうなれば二度と母様の意識は戻らない。だからエナは、自らの身体を母様に委ねたという。


「……待ってくれ。じゃあ……ロボットがエナを殺す前から……その時点で、もう……」


「エナは、私の中で生きています。これからも共に、生き続けます」


「そんな……そんなの、あり得ない!

じゃあ、このあと母様が大樹に戻れば、エナも——元通りになるんだよな!?」


だれも、何も答えない。


「エナは……私の中にいます」


違う、そんな言葉じゃない。俺が聞きたいのは、それじゃないんだ。


「どうしてだよ……どうしてエナが、犠牲にならなきゃいけなかったんだよ」


母様はそっと目を閉じ、答える。


「あの子が——エナが、そう望んだのです。私はそれに共鳴し、エナの希望に賭けました。私はあなたが言う通り、あの姿に戻ります」


そう言って大樹を見上げた。


「戻った後、エナの意識が戻るでしょう。その時起こすエナの行動をどうか止めないであげてください。それがエナの望みなのです」


「エナが望んだのは母様の意識を自分に移すことじゃないのか?」


「それはあくまで過程です。エナの望みはこの後にあります。どうか、彼女の決断を信じて、受け入れてあげてほしいのです」


エナが望んだのは平和と聞いた。

神が鎮まった今、何を望むと言うのか、俺にはすぐに理解できなかった。


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