還らぬはずの光と怒りの支配
振り下ろされた根は、沈黙のまま動かない。でも、その下敷きになった住人たちは……?
「……ッ!」
俺の呼吸が乱れていく。胸が苦しい。
ドクン、ドクンと鼓動が耳を打ち、汗が頬をつたって落ちた。
その時だった。沈黙していた根が――ゆっくりと、下から持ち上げられていく。
まさか、ザイドか!? いや、あの巨大な根を支えられるほどの力は……。
目を凝らす。
――いた。
空に浮かぶその影。
それは、死んだはずのエナだった。
「エナ……!? 生きてたのか!?」
けれど、確かにあの時――彼女の呼吸は止まり、アヤと二人で、それを確認したはずだ。
じゃあ……生き返ったのか?
「まさか」
唐突に、俺の脳内に響いた“声”。
全身の神経が一瞬で逆立つ。
神――あの存在も困惑しているのか?
まさか、とは。
何が、どう“まさか”なのか……。
「ならば、こうするまで」
神がそう告げた瞬間、背後で金属が砕ける轟音が響いた。
振り返れば、母様の傷ついた樹皮から新たに生え伸びた蔦が幹にしがみついていた残りのロボットたちの頭部を貫いている。
動力の中心を潰された機械は、もう動けないだろう。
その蔦は今までの形状とは違った。
蔦を補強するように、棘が張り巡らされている。きっと神の意志で生まれたんだろう。
その棘の蔦は、さらに勢いを増してノアの方舟の住人たちへと伸びていく。
俺は必死に翼をはためかせようとした。
でも、体が動かない。何かに押さえつけられて――
「……レン!?」
振り返ると、そこにはレンがいた。
俺の体を無言で押さえつけている。
「何やってるんだ! 放せ! あそこにはお前の両親もいるんだぞ!?」
けれど、あれほど喜怒哀楽の激しかったレンが――今は無表情のまま、まるでロボットのようにピクリとも動かない。
「なぁ、レン……どうしたんだよ!」
俺の叫びをよそに、セラが空へ舞い上がり、方舟の方へと飛んでいく。
助けに行くのかと思ったのも束の間、彼女の両手から蔦が伸び、ノアの方舟の住人たちへと放たれた。
「……何してんだよ」
訳が分からない。なぜ、こんなことに――
大人が怖いと言っても攻撃なんてしていないと思っていたのに。それなのに――
その時、羽の葉が焼け焦げて飛行が不安定になっているエリスが、ふらふらと俺のもとへ近づいてきた。
「今すぐ、セラを止めて。お願い……」
「どういうことだ……!? なにが起きてるんだよ!」
「……父様が、私たちの中にある“怒り”を無理やり引きずり出したの。レンは元々、気が短いし……セラは、私が傷つけられたことで我を忘れてる。
そして父様は、その怒りの根源が“あそこ”にあると語った。
なら、なくしてしまえって……」
「俺には聞こえなかった……その神の声も、怒りも……何も感じなかった」
「それはきっと、あなたの中の“怒り”が、まだ手の届く場所にいなかったのよ。
あなたは、……優しいから」
そうなのか……?
俺だって怒る時はある。でも、なにも感じなかった。
――今は考えてる暇はない!
「エリス、君はここにいてくれ。俺が止めに行く!」
「何を言っているの?私は、双子の姉よ。妹は……姉が守るの」
そう言って、彼女は不格好に笑ってみせた。その笑顔が頼りなくて、でも安心を覚える。きっと、エリスならセラを止められると。とは言えその体はボロボロで、無理をすればエリスは死んでしまうかもしれない。
何とかならないのか?
俺は今すぐに飛んで行きたいのに、レンはまだ俺を掴んで放さない。
「おい、レン! 目を覚ませ!!」
……だめだ、びくともしない。
「ごめん!」
俺は叫びながら、レンの頬を全力で叩いた。赤く腫れたその頬を押さえながら、レンが顔を上げる。目には大粒の涙が溜まっていた。
「ご、ごめん……お前、神に操られてたんだ! 今まで何してたか覚えてるか!?」
「ぶつなんて、ひどい……!」
困惑の色に包まれるレンの表情。
その姿に、少しホッとする。
「今は我慢してくれ! あれを見てみろ!」
俺が指差した先をレンの目が追う。
そして震え始めた。
――根を支えるエナ。
――住人を庇って立つ、オリちゃんとザイド。
「お、おいおいおい!? アレはなんだよ!?」
レンはすぐに状況を飲み込み、顔をゴシゴシ拭った。
「こんなとこで立ち止まってる場合じゃねえ! ユウジン、急げ!」
そう言って、レンは駆け出した。
ザイドたちの援護へ向かって。
「なにそれ……」
隣でエリスが笑った。
「ほんと、変な奴だよな」
俺も微笑み返し、エリスの手を取りながら――戦場へ向かった。
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