伝えられない気持ち

 突然、全員のカフが同時に小さく鳴り、音声が流れ始めた。カフとは通信・映像投影・バイタル管理までできる、多機能なイヤーカフ型のデバイス。子どもから大人までが旧世界の”スマホ”のように使いこなしている。


「メッセージ受信。送信者:管制室室長」


 聞き慣れない肩書が耳元で告げられる。


「なんで管制室から……? みんなにも来てる?」


「ああ」「うん」俺とザイドは答える。


「私が開くわね」


 エナが耳に指を添えると、カフが応答音を鳴らし、空気中に淡い光の粒が広がった。

 次の瞬間、その中心に立体映像が浮かび上がり、映し出された人物は厳しそうな面持ちを浮かべている。


「こちら管制室。ただいま危険区域に接触中。一時回避は成功しましたが、再び強い揺れが予測されます。各自、移動は控え、近くにロボットがいる方はそばで待機してください」


「パパ! パパが映ってる!」


 アヤの叫びと重なり、室長の最後の言葉がかき消され、映像はそのままぶつ切りのように消えた。


「……どうする? また揺れるって……」


 ザイドが不安げに俺とエナを見比べている。そのとき、エナのカフが再び反応し、音を鳴らす。彼女は軽くため息をつきながら、映像を再表示した。


 そこに映し出されたのは、さっきと同じ男性――室長。しかし今の彼は、管制室の責任者というより、ただの“父親”だった。


「エナちゃん、大丈夫かい? ケガは? アヤちゃんも一緒だよね?」


 あの厳しい声の人と同じとは思えないほど、顔も声も柔らかい......。というより今は心配過ぎてだろう、顔面は崩れ声は震えている。

 娘たちの安否を心配する、ただの優しい親であることは間違いないだろう。


「私もアヤも無事よ。でも……何が起きているの?」


 エナの声は冷静だった。その隣で、アヤが「パパ……!」と泣き始める。


「あぁ、アヤちゃん……怖かったよな。大丈夫だよ、今パパたちが頑張ってるからね……おや?」


 ようやく俺たちの存在にも気が付いたらしい。彼は咳払いして表情を改める。

 少し恥ずかしそうだ。

 それもそうか、普段は厳しい人だと噂されている人だ。本人もその自覚があっただろうに、咄嗟の出来事で素が出て、俺たちに見られて気恥ずかしいはずだ。


「すまない。感情的になってしまった。君がユウジンくん、そしてそちらがザイドくんだね。エナたちから君たちのことはよく聞いている。ケガはないかい?」


 エナのやつ、俺らのことなんて言ってんだ? 俺の評価に関わるから下手なことは言ってほしくない。


 俺は咄嗟に背筋を伸ばして答える。


「はい。僕たちは今のところ無事です」


「それは何よりだ。君たちが娘たちのそばにいてくれて、心強いよ」


 急に照れくさくなる。あまり褒められ慣れていないせいかもしれない。


「ユウジンくん。君のお父さんも、今、船の解析に全力であたってくれている。君のことを、とても心配しているよ。だから――信じていい。船は、きっと大丈夫だ」


 すぐに返事はできなかった。まさか、父さんの名前がここで出てくるなんて、思っていなかった。


「あの……父さん本当に僕のこと……心配してくれてたんですか?」


「ああ、もちろんだ。今、代わろうか?」


 その優しさに、少しだけ心が揺れる。

 でも――

「いいです。父さんの邪魔はしたくないので」


「そうかい……」


 室長の顔が、ふっと悲しそうになる。


 俺はここで「会いたい」って言うべきだったのかもしれない。

 でも……分からなかった。



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