第17話
「そう、か」
乾いた声が口から漏れた。
膨大な情報をワタシは頭の中でなんとか飲み込む。
家族。
ワタシにはまったくない記憶。
アイツは持っていた。
ワタシと違って。
「わかった。」
重い腰をゆっくりと起こす。
「オマエの考えはわかった。」
足に力を入れて立ち上がった。
「なあ、あの子は今どうしてる?」
アイツがワタシの顔を見つめる。
ピキッと心にひびが入ったような気がした。
「さ、さあ、どうだろうな。少なくともオマエよりは来客者が少ない。生きているとは思うよ。」
アイツが安心したように胸をなでおろしたのがイヤでもわかった。
なんだよその顔。
胸の奥が爪で引っ掛かれたようにチリチリといたんだ。
「もう行くのか?」
アイツが立ち上がったワタシを見て言う。
「聞きたいことは聞けた。もう、用はないから。」
アイツの目を直視することができず、目をそらす。
「そうか。」
アイツがあきれたように、笑う。
入口に向かって歩き出す。
何か言えばいいのに、何も言いたくなかった。
ずっと一緒だったけど、ずっと一緒じゃなかったから。
コンテナの戸の前に立った。
納得したようで全く自分の中では納得できていなかった。
さっきのアイツの話。
納得したくなかった。
認めたくなかった。
だから、何も言えなかった。
「…なあ」
扉に手をかけた時、
アイツが思いつめたように声を出した。
反射的に肩が震えた。
「あの子と俺で、今日、ここを出る。」
一瞬思考が止まった。
アイツの言葉をゆっくり頭でかみ砕く。
「今日しか、時間がないんだ。俺らは処罰されてこのままいけば人身売買か臓器売買のどちらかだ。だから今日にかける。今日、ここを出て、俺たちは日本に行く。」
「…そんなの」
ワタシは振り返った。
するとそこには強い意志をやどした瞳があった。
「そんなの無理だ、って言いたいんだろ?でも俺らにはこれしかない。ここにいたって死ぬようなもんだ。」
瞳が揺れる。
胸が張り裂けそうなくらい、痛かった。
「だから、」
アイツが少しためらって
それでまた、口を開いた。
「だから一緒に行かないか?」
ヒュッと呼吸が止まった。
耳を疑った。
信じられなかった。
「おまえも一緒に行こう。そうすればオマエも自由に生きれる。こんな生活嫌だろ?」
アイツが立ち上がってワタシの手をつかんだ。
「日本に行ったら、学校にだっていける。こんなふうに働かなくていい。行こう。」
ワタシはアイツの勢いに押されて、言葉が出ない。
途端に背後で数人の足音が聞こえた。
「見回りだ。」
アイツが青ざめたようにこちらを見た。
「まずいこんな話聞かれたら、おまえまで…」
アイツが急に焦り出した。
足音がだんだん近づいて来る。
「今すぐここを出て、今日の夜、このコンテナの前で…」
足音が止まった。
コンテナのすぐ前で止まった。
アイツが息をのむ音が聞こえた。
こわばった顔がこちらを向いた。
「ワタシは行かない。」
「ワタシはここでいい。ここで安全に生きていれればそれでいい。
おまえはあの子を助けるために自分を犠牲にしたけれど、ワタシは絶対に間違わない。ワタシは自分が生き残るくらいなら、これくらいしてみせる。」
ドン
と扉が開くのと同時に
ワタシはアイツを突き飛ばした。
アイツは床に体を打ち付けて、にぶくうめき声をあげる。
そのまま、足を振り下ろして、
アイツの腹部に足を押し付けた。
扉から、数人の目がのぞく。
数秒の沈黙があった後、
「おいおいほどほどにしとけよ。」
と声を投げ込んで、
足音は遠ざかっていった。
「…っ」
ワタシは走った。
ドアから飛び出し、振り返らずにひたすら走った。
もう二度と会えないかもしれないけど、
この空気に耐えられなかった。
最悪の別れ方だと、我ながら思った。
だからその後、
「全然痛くなかったな。」
アイツが起き上がってあきれたように笑ったのをワタシは知らなかった。
・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます