第4部『リョウの日記』第6話『相反する』


「物語の人物が、ここに来た。そういうことなのか? 信じているわけではないが、報告はしてある。あとはまた使いが明日来るだろう。泊る所も無いんだろう? 泊って行けよ。」


その晩、ドールは冷たい布団の中で考えた。

みんなはどこへ行ってしまったんだろうか。

ここは何処なんだろうか。



ドールはこの時52歳。

47年前、自分の体から切り離された片割れに出会うことになるとは。


猿たちは言った。外の世界から来たものなど、今までいないと。


そう、コリンズがここへ来て以降、誰かがこの場所へ足を踏み入れたことは一度もない。


ジールの体を奪い、子どもを嫌った。人間の子どもをね。

だからここにはもう人間の子どもは一人もいない。



日が昇る前、2人の使いが、家の扉をノックした。

猿たちは気づかず、見かねたドールは扉を開けて外を見た。

そこには誰もいなくて、扉を閉めようとしたら、何かが邪魔して閉まらなかった。


「? プロペラ?」


それはこの島へ着いたとき、一人が拾って見せたあのプロペラだった。


そこへ黒い影が近づいてきた。

「見覚えがあるだろう?」


聞き覚えのあるその声に、ドールは顔を上げた。

「…エルボー?」


でも知ってる彼とは少し雰囲気が違う。

「おれは神の使いの…名前なんてどうでもいい。神があんたに用だとよ。来るも来ないも自由だけど、どうする?」


ドールは、少し状況が掴めず、気づいたころには、彼は遠くまで足を進めていた。彼の後をついて歩くこと1時間、あの立ち入り禁止の柵を越えて、すっかり日は登り、とある建物の前でドールは足を止めた。


(この中に入って行ったのか。神? この場所のことが何か分かるといいが…。)


遠くで彼が手招きをしてこちらを急かしているようだ。


少し早歩きで、建物の入り口入ったのを確認したかのように、大きな扉は音を立てて閉まり、左右に無数の松明が灯る。


奥から女性の声が聞こえた。

「あなたの部下はもうここにはいないわよ。」


「あんたは?」


「ここは、私が作った場所。存在しているけど、存在してない場所。意味わかる?」

その女性の風貌は、100才とも200才とも思えるほど、とても老いていた。


「分かるわよ。あなたからは、とても残虐で、無慈悲な血の匂いがする。ここはね、私が作った世界。あなたのいた世界とはまた別のね。」


「別の…どういうことですか? 彼らはどこへ?」


「あなたは、創造主について考えたことはある? それとも今のあなたは、世界の神にでもなったつもりなのかしら。」


女性は、少し笑いながらドールへ問いかける。


「私のことを何か知っているんですか? ここへなぜ私を?」


「あなたには自覚は無いようね。あなたは、私の片割れよ。」


「ここは、北の大陸の地下のはず。でも出口は無い仲間も見当たらない。」


「ええ。出ることは出来ないわ。もう二度とね。あなたは少しやりすぎた。」


ドールは混乱する中でも、この女性が何かを握っていることは理解した。

胸にしまっていた拳銃を女性へ向ける。

「ここから出してもらいたい。仲間も全員。」


「私を殺すの? いいわよ。それで助かるといいわね。」


「何が狙いだ?」


「今から47年前。東の土地へ2人の女が上陸した。女性はその後消息を絶ち、一人は、ある本を書いて消えた。ドール、あなたはその意思を継いだのね。東の原住民のくせに。でも、その本にはこう書いてあった。『東の土地は、その前に西へ攻め込み、逆に飲み込まれた。』と。神は、そんな殺し合いの繰り返しを軽蔑し、二度と起こらないように海底にその魂を封じ込めた。でも意味は無かった。私がまだここにいるからよ。いえ、産んだのはあなた。いえ、あなたたちが落とした東の土地には、すでに東の原住民は生きていなかった。殺し合いの歴史。神はそんなことの為に、人間を作ったんじゃない。」


「神? 私が神だと言うのか? ばかばかしい。」


「ええ、私もあなたもね。変だと思ったことは無い? 物事があまりにもうまくいきすぎていると。それは偶然? 戦場のど真ん中に立っていても、爆弾を投げ込まれようと、なぜかあなただけはいつも無傷。そんなことが2度も3度も続いて、何も感じなかったの? 神は物理的な攻撃では死なないの。試してみる?」


女性の後ろから10人の猿が、ドールへ拳銃の引き金を一斉に引いた。弾はドールに当たるどころか、暴発して、かすめることすらしなかった。


「ほらね。弾は入っていたわよ。あなたにも私は殺せない。」


「どうしたいんだ。あんたは。」


ドールは、善の概念。


彼自身は、5歳の時コリンズを切り離して以降、たったの一人も殺めていないのは事実。


「あなたをここへ来させたのは、地上の世界をまた正すため。あなたが私を切り離したのには理由がある。いえ、あなたはそれを知らないわよね。切り離したのは、あなた自身ではないのだから。私の体はもう持たない。動物たちに知能を持たせるには、あなたのいる世界ではできない。だから時間が必要だった。この場所もね。あなたの世界の人間たちにはもう消えてもらうわよ。」


「消す? さっきおれを殺せないと言ったのを忘れたのか?」


「ええ、あなた以外の全ての人間をよ。あなたは、また私を受け入れるのよ、その体にね。」


人間は、殺し合う。動物もそう。


でも人間は不必要な殺しをする。


それが私は嫌いなの。


絶対的な『愛』と、それに相反する揺るぐことのない『魂』。

『魂』は、私とあなたが封じ込めた5つの石。


「『愛』は、究極の悪によって生み出される。皮肉なものね。上っ面の思いやりに生み出せやしない。そしてこの2つの世界を一つに戻すには、これもまた、大きな『悪』の意思が必要なのよ。」


そう、ドールは死なない。いや死ななかった。私の体をも消し去ったあの時、ドールだけはそこにただ立ち尽くしていた。5歳の子どもの体を持って。


彼は恨んだ。自分を救えない大人たちを。一人残した彼らのことを。


愛を生み出したのは確かにそう。


この私を使ってね。



時を同じくして、アツシという12歳の男の子が、LEBECURYの丘の上にいた。


彼は、政府に攫われ、地下の施設へ送り込まれた。




地下の暗闇で、話し声が聞こえる。


「この子で何人目だ? 神とやらを怒らせるには、あと何人必要なんだ?」


「どうかな? 子どもまで連れてくるとはな。可哀そうに。」


「すべてはフランク卿とテイラー卿の仰せのままに、おれたちは動くしかない。でないと殺されるのはおれたちだ。違うか?」


「でも、この子は逃がしてやったらどうだ? この島にコリンズはいない。おれにはこの子が死ぬのを見ていられない。」


「お前、正気か? フランク卿もテイラー卿も、コリンズにどんどん洗脳されていくかのようだ。もしバレたら、おれたちは終わりだぞ。」


「確かに、そうなんだが…。」


2人の話し声を、彼は冷たい塀の中で聞いていた。


「パパは? ママは? それに、ユウ君は? みんなどこに行ったの?」


2人は彼を気にせず遠くへ行ってしまった。


「寒いなぁ。ここはどこなんだろう。お腹も空いたよ。みんなどこにいるの?」


アツシは、ひとりうずくまって5分ほど黙り込んだ。


「おい。小僧。おい。」


さっきの男が一人、塀の前で彼に話しかける。


「お前、どこから来た? 自分で戻れるか?」


アツシは男の目をただ見つめた。


「ここから一人で出られるかって聞いてんだよ。」


「ぼく…わからない。」


「ちょっと待ってろ。」


「おじさん、悪い人? 良い人?」


男は、彼の問いかけに、胃の遥か底に、ズシンとした重みを感じた。


この世には、善と悪があり、全ての生き物の中で、生まれてから死ぬその日まで、互いがせめぎ合っている。人間ならば、人間でいたいのならば、モラルや良識に従うべきで、むしろそれができない奴は、人間としては失格だろう。


人間は、死ぬまで人間を保たなければならない。理由? それが絶対的な答えだからよ。


その意味が分からないようでは、まだまだ子供ということね。


この男も、人間でいたかったのよ。

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