第4部『リョウの日記』第1話『アンの父』

ここは地獄と天国を選ぶ門の前。

3人の女性が話している。


「ユメノ、あなたは想像できた?」


「いいえ、でも考えてみれば、リョウの親は私自身。カホ、あなたじゃなくてね。」


「そうね、リョウから見れば、私は祖母と言ったところかしら。まさか、リョウが死ぬなんて、想像しなかったわ。」



「リョウは、あの時初めて自我を持ったんだと思ってた。ナナコがそのきっかけだと思ってた。でも、そうよね。もし、もっと前から自我を持っていて、歴史に関与できていたとしたら、全ての辻褄が合う。そうよね? ノア。」



私は、神であるカホと、空間であるユメノの記憶を読んだ。体を一つにすることで。

でも彼女たちは知らない。ノア、あなたもね。


ユメノ、カホ、ノアの3人は、古びた一冊の日記を開いた。




1785年 E800地点


西が東に勝利し、神は彼らの魂を5つの石に封じ込めた。

その石は、後に東西南北を消し飛ばし、また別の石は後に、A001地点へと飛んでいく。小さなステーションと一緒にね。


それはそうよ、アツシは、あの石から出来ていると言っても間違いじゃない。


そう、私はあの日からあの場所にもいた、ドールが死ぬあの日まで。



東歴1835年(ANN誕生の3年前)


アンの父、ドールが東と西を制した頃、話は北をどうするかの一点だった。


「北か…。あの大陸を攻めておれたちに何かメリットはあるのか?」


ドールの問いに、軍の司令官が答える。

「どうでしょう。話によれば、あの場所には大量の資源が眠っているとか。」


「資源…ねぇ。話によると、本当に一年中滅茶苦茶な気候らしいじゃん。逆にどうやって暮らしてんだ? そこの住人は。」


「それが、行って帰ってきたものはいても、人と会って帰ってきたものはいないとかで…。」


「そもそも人が住んでるかも分からないということか…。とりあえず船を出そう。私も一度この目で確かめたいしな。軍も2隊出そう。お前も来るか?」


ドールは2隊500名の軍を率いて、大型船10隻で、1週間かけて北へと向かった。


港に人影はなく、人工的な建造物も見当たらなかった。辺りはずっと先まで何も無い荒野が続くだけ。気候は、暖かい晴天。

「本当に、人がいるのか怪しくなってきたな。」

一番船のアーマーがドールの隣で答える。

「風で飛ばされたとかですかね、もしかすると。」

「風? もしそうなら、何もかもを吹き飛ばす尋常じゃない強さのな。いまそれが来ないことを願いばかりだ。」


5番船のエルボーが駆け寄ってきた。

「ドールさん、こんなものが落ちていました。」

「なんだこれ。プロペラか? 船、いや飛行機のか。ただ、海を流れてきただけかもしれない。先へ行こう。」


1時間ほど歩いたあたりから、辺りは生い茂る緑の芝生に変わった。


「動物でもいそうなくらいの雰囲気だな。」

ドールがそう言ったとき、辺りは急に暗くなり、ゴロゴロと雷が鳴る。

「おいおい、噂通りの天候の変わりようだな。船に戻るか。」


「ドールさん、ビビりすぎでしょ。ただの通り雨すよ。ほら、向こう側は雲が一つもない。」

「うるさいな。おれは雨が嫌いなんだよ。」


雨は次第に豪雨に変わり、近くの洞穴で彼らは雨宿りをすることにした。


「タオルある? 濡れるの嫌いなんだけど。」

「あります。どうぞ、こちらをお使いください。」

7番船のグロインが大きな布を差し出した。


「おう、ありがとう…ってびしょ濡れじゃねぇかよ。おまえ嫌い。」


ドール率いる東の軍隊は、その規模や経歴から、極悪非道な印象を後世に受け継がれることになるが、仲間内では意外にもその冷酷さは無かった。


グロインは、洞窟の奥に直径2メートルほどの通路を見つける。


「ドールさん、まさかあの先に、地下への入口があるなんて、ありえませんよね?」

「入口? 地底人でもいるってか? まぁここの気候が滅茶苦茶で、それでも文明があるとすれば、むしろそこなのかもな、人がいるのは。」


「先に、うちの隊で見に行ってきますね、もしものこともありますので、ちょっと待っててください。」


「わかった。何かわかったら戻ってきてくれ。この雨じゃ、外には出られないし…って雹に変わってるし…。」


10分、20分、1時間絶っても彼らは戻ってこなかった。


「遅いな。熊にでも食われたか。」


「ちょっと私たちも見てきます。」

そう言って、10番船のジャーも、50人の軍を連れて行ったきり、2時間越えても戻ってくることは無かった。


「んー。これはおれが行った方がよさそうだな。」


ドールは残りの400人を洞窟の入り口に残し一人、奥へと足を進めた。


誰も彼についていこうとするものはする者はいなかった。


「50人で行って一人も戻ってこないってことは、400人で行っても同じだろう。もしおれが戻らなかったら、お前らは船で東へ戻れ。」


彼がそう言い残したから。


1キロメートル程、歩いた先で、ドールは微妙に下へ下へと下っている感覚があった。

(やっぱり、地下に何かがあるのか…。)



ドールは立ち止まった。大きな蝶の彫刻がされた壁の前で。

(やはり何かしらの文明はありそうだな。)


ドールは、持っていた懐中電灯を、地面に置き、壁に右手を触れた瞬間、ピリッと静電気のようなものを感じた。身構える彼の前で、蝶の壁は、真ん中で真っ二つに割れて、それはまるでその奥へと彼を誘うようだった。

(この先に、あいつらは行ったのか…。何があるんだ。)


洞窟を抜けたドールを襲ったのは、信じられない光景だった。


(目の前に広がる海、山々、街並み、ここに、なぜ、これが存在できるんだ。ここは地下のはず。時空が歪んでいるのか。夢でも見ているのか。おれは死んだのか?)


遠い昔、時間と空間が歪んだことがあった。その二つがすれ違ったあの瞬間、この場所は生まれた。


なぜそこに、ドールは来れたのか。彼はこの時の『神』だから。

先に行った100名軍隊は、戻ることも出来ない迷路のような洞窟の中で息絶えた。残りの400名も、洞窟を出ることは出来ても、船へと戻ることなく悪天候に苛まれ、息絶える。



ドールだけがこの場所にたどり着いた。

でも確かに今の今まで、ここに文明は存在し、その歴史は元からあったことになる。


こんな話がある。

一秒前を証明する方法は無い。

今この瞬間に、全てが元からあった設定で歴史が始まったとしたら?

記憶も関係も、まるでゲームのようなことが起きているとしたら?

誰がそうじゃないと証明できるのか。


北にそもそも大陸があるなんて、誰が言い出したのか。

誰が、そこの気候は一年中滅茶苦茶だと言い出したのか。

誰が、そこへ行った人はいても、人と会って戻ってきた人はいないと言ったのか。

全部DOOLたちが言ったこと。


全部彼らが言い出した、集団勘違いの原因。


ドール。リンの前の神の概念。助けられた犬とリンの間を結ぶ神の概念。


この人の過去には、偽りが多すぎる。


東歴1788年(ホーアとジールが東へ上陸した日。)


_______________


あの場所を手に入れろ。着実に、確実に。


_______________


ホーアとジールが残した本の有名な一文。


南へと戻った二人にはそれほど魅力的に見えたのだろう、東の土地が。

ドールはこの時、二人と接触している。ただの子どもとして。


「40匹でどうかって聞いてるわ。」

2人は、引っ張ってきた魚を下ろし、代わりにもらった燃料の入ったドラム缶4つを台車に乗せて、その建物を出た。


「これでまた、遠くまでお魚探しに行けるね!」


「ドール、また裸足で来たのか。ケガするぞ?」


5歳のただの男の子。


「南か…。懐かしいな。」


この土地を去った、二人は知らない。自分たちが、この土地へ来た最初の人物ではないことを。彼らは気づいていない。この土地の者が発している言語が、太古の南の土地の言語ということに。彼らは、分かっていない。この場所の歴史を。


「大丈夫だよ。実はリュックにサンダルあるんだよね。」


ドールは、地面に座り込んで、笑顔で父親を見上げながらサンダルを見せた。


ドールは、この時代の神の概念。本人は気づいていない。




1年後。


南の土地から、また誰かがやってきた。今度は大勢で。


東の土地の人々は、また彼らが理解できない言語を使って、彼らを牽制した。


いつものように、海辺で一人遊んでいたドールは、彼らに攫われた。人質として。


男が煙草の煙を上えと吐いた。

「この街には、何やら気味が悪い団結力があるらしい。おれたちの言葉を扱えるのに、わからないふりをしているようだ。子ども一人、人質にすれば、こちらの意見も通しやすくなるかもな。」


隣でもう一人の男が眉をひそめる。

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