第2部『ユメの日記』第4話『表と裏』
彼は、ホーアへ銃口を向ける。
「おまえの大陸の思想は、昔の東にとって代わること。お前はどうせ年寄りより、自分の方が、うまくアンに取り入れられると思ったんだろう。でも、そーゆー内輪もめは他に気づかれちゃ意味ねぇよな。」
エレンは、そのカプセルのガラスをコンコンと叩いて見せた。
「こんな真夜中に、仲良くお話合いか?」
そこへキーンが現れた。
「いま、ここで殺しあうか? それとも…。」
キーンが煙草に火を点けようとしたその瞬間、遠くで物音がした。
4人は一斉にその方向へと顔を向けたけど、いたのはただの子豚。
「なんでこんなところにブタがいるんだよ。誰かのペットか?」
アンが強い口調で言った。
「メノの件は、南だけでは収まらない問題よ。ホーア、あなたが今後も同じ立場にいられるなんて考えない方が良いわ。」
「何を大げさな。死んでなんかいないわよ。凍ってるだけ。溶かしてあげたら? それともエレンの言うことを真に受けたのかしら? そうよね、あなたはどこまでも平和なお嬢さんだもんね。」
ホーアはそう言うと、壁に仕掛けておいた小型爆弾のスイッチをポケットの中で押した。
壁側の燃料タンクの一つに穴が開き、火が点き、辺りはあっという間に火に囲まれた。
「お前は終わりだホーア。これを見過ごすわけにはいかない。そしてキーン。お前もだ。」
エレンの言葉に、ホーアは笑う。
「アン。あなたのお友達のキーンはまともじゃないわよ? 知っていたのは私だけ。なんの犠牲も無しにこんなことできるわけないじゃない。ねぇキーン。」
キーンは胸元からピストルを抜き、ホーアを打ち抜いた。
「べらべらうるさいよ、お前。さて、次は誰だ?」
アンは、少し震えながら後ずさりする。
「キーン…あなた、そうなの?」
「そう? アン。できれば知られたくなかった。君とは昔からの仲だから。まだ友達でいたかった。でも、叶わないみたいだな。」
エレンはキーンへ銃口を向ける。
「エレン、あんたの土地は、滅茶苦茶な気候から穏やかな気候に様変わりしたんだ。感謝される覚えはあっても、それを向けられる覚えはないぞ?」
「いや。こんなの嫌!」
アンがそう叫んだとき、さっきいたブタが、キーンの足元を駆け抜けた。
「なんだよこの豚。」
キーンが一瞬よそ見したのを見て、エレンがキーンに向かって銃弾を撃つ。
その弾は、キーンの右足を貫通し、彼はその場に倒れこむ。
「痛ぇな! ふざけやがって。」
キーンは、起き上がろうとし腰を上げるが、貫通した銃弾が後ろの冷凍カプセルのガラスを突き破り、高エネルギー物質が漏れているのに気づいた。
2秒ほど呆然とそれを見つめた後、ただ一言だけ吐いた。
「あ、まずい。」
燃料と高エネルギー物質を触れさせてはいけないの。
触れた瞬間、人間の身体なんて、一瞬で分解して消滅させちゃうから。
翌日、指導者を失った4大陸の議員たちは、何日もかけて4人を探したが、この地下室を見つけることはなかった。
あの石は、確かに各大陸の気候を穏やかなものにコントロールできた。でも、それには条件があった。年に1度、この島で、高エネルギー物質を補充すること。石のエネルギーは永遠ではないから。
半年は何も起きなかった。
放っておかれたその石は、時間をかけてそのバランスを失った。
時限爆弾のように、4大陸は跡形もなく消えた。元から穏やかな気候の東の大陸も巻き沿いにして。
その仕組みを知っていたのは、キーンとホーアの二人。
アンやエレンは知らなかった。
会談時にはいつもみんなに持ってこさせていた、小さなケース。
それは大聖堂のゲートを通る為のただの通行証だとみんなは思っていた。
アンもホーアもキーンもエレンも、通行証はいつもポケットの中。
この地下フロアのどこかに今も…。
キーンはいつでも他の大陸を消すことができたことになる。
それを楽しんでいたんだろう。彼はそういう人間だよ。
この島だけが、なぜ残ったのか。この島はなぜのどかな気候を保てたのか。それは、ここにはまだ、石が1つ残っているから。
石は全部で5つある。
私とカホは、あのR999地点で死んだことになっているけど、そこには目的があった。
E800地点には、表と裏があった。
地下に都市を築き、地上のAIから長い氷河期の間逃れたブタたちのE800地点と、ケンスケの夢の中とリンクした、優しい心を持ったA001地点の人々が移り住んだE800地点。
確かに、そんな場所があの時もあった。
私たちが、20年の眠りから覚めて、一ヵ月が経った頃。
場所は、R999地点。アツシが行き先に選び、そして私とカホが消えた場所。
ナナコの丸いサングラスは、小さな顔によく似合っている。
「なんだか懐かしい気がするわ、この場所。」
「そうか? おれはそんなことより、早く仕事を終わらせて、あの布団で早く寝たい。」
「ケンスケは本当に、めんどくさがりだな。でもレーダーの計算式を自力で解けるなんて、おれには無理だよ。」
「そんなに難しいの? 私にもできると思う。」
「ナナコには無理だよ。だから教えてあげなーい。」
私は言った。
「ケンスケって、あれだよね。ギフ…テッド? だよね。」
「岐阜県? 何それ。」
カホが突っ込んだ。
「岐阜県じゃないよ。 ギブアップだよ!」
「カホ、それ違うよ…。」
そう、ケンスケは実際には7才くらいの年齢。普通じゃない。ちょっと教えられたくらいで、難解な計算式を解けるなんて。そんなことができるのは、彼こそが、『知の概念』だから。
知的生命体が、この宇宙のどこかで生まれては消えて行く中で、いつも急激に科学的技術を発展させる数百年から数千年が存在する。
そこへたどり着くのに、何万年も何百万年もかけるのは、その過程で彼が表舞台に出てきていないから。
ある時は貧しい場所で生涯を終え、ある時は、ただただ普通の暮らしに満足して終わる人生。
彼が表舞台に出てこないうちは、どんな人類もそこへはたどり着けない。そんなものよ。
「あとは、この川の水質を調べれば終わりね!」
川の横で前かがみになるナナコに、ケンスケがもたれる。
「おー。すげー強さの流れ。ちょっとカホ、これ持ってて。」
「気を付けてね。また流されたら、助けるの大変なんだから。」
「大丈夫だって。ん? アツシ、この川ってどこから来てるんだっけ?」
「この川は、ほら、あの山からだよ。」
「…だよな。」
ナナコは、首を傾げた。
「何なの? ケンスケ。」
ケンスケは、早く流れる川の下に何かを見つけた。
リョウもケンスケを見る。
「どうかしたの?」
6人は川の中を覗いた。
「これって…。」
そこには、川の奥深くまで広がる反転した街並みが写っている。
カホは、川に顔を突っ込んで中を見ようとした。
「ダメね。中からは普通の川の中しか見えない。お魚がいっぱい。」
そうなの。このR999地点も、表と裏の姿を持っている。普通は気づかない。でも私たちは触ることは出来なくても、確かにこの目でそれを見ることができた。なぜなら、ここにリョウと私が、つまりは『時間』と『空間』が並んで立っているから。時空が歪んでいるの。
リョウと私が、遠い昔に会ったことがあるというのは、お互いの空気感を感じ取っていたにすぎない。匂いとは違う、気配にも似た感覚。だってあの頃の私たちは、体を持っていないもの。
でも、リョウも、私から感じ取っているはず。この冷たい空気感。
リョウが不思議そうにつぶやく。
「変ね。みんな見えてるってことは、幻覚でもないわね。」
「川の上流に行けば、何か分かるかも。」
「いや、これはたぶん、行けないと思う。計算式が成り立たない。」
「じゃあ、今日はもうおしまい…かな? 疲れたよ。」
「そうね、ステーションへ戻りましょう。今日は、誰が夕食作るんだっけ?」
「もうアツシがいないよ、たぶんアツシだね。」
私たちはその日の仕事を終えて、ステーションへと戻った。
他の4人が寝静まったころ、ステーションの大きな窓がある部屋に、リョウと私はいた。
リョウは今日の出来事が信じられなかったのだろう。
ただ一人、ぶつぶつと言っているのが聞こえたから。
(並行世界がもしあるなら、ナナコと出会ったあの時あの場所も、他にもあったのか。いやむしろナナコのいないあの場所があったのか。そう考えれば考えるほど、自分が何をしたいのかが分からなくなっていく。もし出会ってなければ、こんな複雑な感情を持たずに済んだのか。この願いは叶うのか。叶わないならいっそ…。)
私はリョウに問いかけた。
「覚えてる? 私たちのこと。」
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