3冊の日記と。 英題: LEBECURY
SHINGO OMOTE
第1部『ノアの日記』第1話『ヨマレテイルヨ』
-とある時代の、とある宇宙の、とある場所-
辺り一面を小さな砂粒が涼しく俟っている。
一人の女性が口を開いた。
「あらら、この星はまだ、計算では30億年は大丈夫だと思ったけど、この感じだと、次の知能を持った生命が誕生する前に終わっちゃうね。」
名前はナナコ。宇宙の探索をするステーションのメンバーの一人。見た目は二十台半ば。
その隣で男性が答える。
「そうか、知的生命体以前に、草の一本も見当たらないけど、今回は何が原因? 隕石か?」
彼もメンバーの一人。名前はケンスケ。歳はナナコより少し下だろうか。
「いや、隕石は毎回、衝突前に打ち砕いていたみたいね。ほら、地中2000メートル先に、その痕跡があるわ。」
「これが直近の隕石か。2000メートル地中下ってことは、ピピ… あ、結果が出た。1200万年前? 長く続いたんだ、ここの人類は。」
ケンスケはいつもこのレーダーで、その土地のデータを採取している。どうやらこの場所の人類は既に絶滅しているらしい。
「言語を使い始めたのが、1300万年前みたい。最後はどの地域も同じ言語に統一されていたようね。珍しい。」
ナナコやケンスケにとって、このような調査は慣れたもの。生命がそこにあろうがなかろうが、いまさら驚くこともあまりない。
日本語、英語、フランス語…。多くの言語がそれぞれの土地で生まれ、ときに消えていく。最終的には一つに統一されるのも便利で良いかもしれない。
ケンスケは、またいつもと同じ結論を導いた。
「またあれか、例のシンギュラリティに到達したんだ。」
ナナコは、眉間に少し皺を寄せながら頷いた。
「そうね、でも核の痕跡は無いみたいね。詳しく調べないと分からないわ。」
もし核兵器によって終わりを迎えたのなら、その痕跡は必ずどこかに残っているはず。
太陽の光に目を細めながら、ケンスケは気だるそうに肩を落とした。
「ステーションに戻ろう。次は…、E800地点? また別の宇宙へ出るのか。遠いなー、今日も残業か。」
ケンスケは口癖のようにいつもそう言うけど、彼らに定時は無い。いつもリーダーの指示に従うだけ。それでも、彼らに力の上下関係は無い。給料はお金ではなく、欲しいものをその都度与えられている。
ピピピピピ…。
「ステーションから指令が来たわ。行き先が変わるみたい。」
この星の大気圏外にいる彼らのステーションから信号を受信した。大きなジェットエンジン音と共に小型の宇宙船でそこへと二人は戻る。
「A001地点?」
操縦桿を握るナナコの隣で、ケンスケは首を傾げた。
「A001地点は、あの水に溢れた星ね。E800地点よりもっと遠いわよ、ここからだと。」
小型宇宙船の室内には、中央に大きなテーブルと、その周りにいくつかのイスが並べられている。もちろん風呂やトイレ、キッチン、寝室もある。
自動運転に切り替えた二人は、テーブルの表面に映し出された電子地図を眺めている。
「E800…。前に聞いたことがあるような。」
「そう? 今回が初めてな気がするけど。」
大気圏を出た機体は、ゆっくりとステーションの下部の扉へ吸い込まれていくように着地した。小型機から出て、ヘルメットを外した二人の前に、一人の男性が現れた。
「E800地点は、今まさにA001地点からの信号を受信したところだ。防ぎたかったけど、少し遅かったな。」
彼の名前はアツシ。二人よりも少し年上に見える丸顔。
ナナコはすかさず問いかける。
「防ぐ? 私たちは、各地点の技術の進化に関与してはいけないはずよ。どういうこと?」
そう、彼らは各星の文明や技術の発展に関与してはいけない…と、リーダーに教わっている。
「E800地点とA001地点は、それぞれ別の宇宙空間に存在している。つまりその通信が発進されたのは…、いや、ありえない。まさか、この…。」
それを聞いたケンスケはいつもに無く焦った表情を浮かべた。
「このステーションの空間移動が、関係してるってこと?」
宇宙が一つだと証明できた人はいない。そしてどうやら彼らは、無数の宇宙空間を行き来しているようだ。
「そう。今回のR999地点に来る道中で、拾ってきてしまったみたいだ。この信号を。」
アツシは、何の疑いもなくそう言っているようだった。
「どんな内容の信号なの?」
ナナコとケンスケは唾をのむ。
「…。A001地点に着くまでに読んでおいてくれ。この紙にメモしておいた。一行目は、解読できなかったけど。」
その信号は、特殊な周波数で、そのまま聞いても内容は理解できない。アツシはそういった信号の解読はなぜか瞬時にできた。ナナコとケンスケには到底できない。それがアツシの特技だと単純に受け止めていた。
差し出されたメモ紙を二人は見た。
「これは、届いたらまずいんじゃないか? たぶん…そういう意味だよな?」
メモを読んだケンスケは何かに感づいたようだった。
「まずいわね。技術の進化を助けてしまいかねないわ。通常よりもかなり早く。これは、私たちのことを言っているの?」
ナナコにとって、それは避けたいことだった。リーダーのリョウは、それを一番嫌うから。ナナコにとってリョウは、同僚とも友達とも呼べる関係だけど、なぜかケンスケよりもアツシよりも、触れてはいけないような見えない距離を感じることがあった。
そこへリョウがやってきた。
「…。」
——MEMO-——————————————————
■▽〇➡※×▼△…
この通信が、どこかに届いていることを信じている。
この言語が理解できるよう、絵を使った説明も描いていておいた。
『ヨマレテイルヨ』
誕生から25億年目の青い地より。
————————————————————————
なぜかこのとき、このメモの一行目の音声を解読できていないことを、誰も気に留めなかった。アツシが言った、『信号を拾った』という言葉を疑う者もいなかった。
戸惑う3人を横目に、なぜかリョウだけが落ち着いているように見えた。
リョウだけが、そのメモをずっと眺めていた。それがナナコの目には少し奇妙に思えた。
-A001地点にて-
「驚いたな。この文明レベルを持ちながら、ここまで私たちと見た目が違うとは。」
リョウの見た目はすらっとした美青年のようだが、声はそれとは対照的に低く、40台の男性のようだった。年齢は恐らく20台後半だろうか。
「ようこそ。こちらも同じことを思いましたよ。さて、戦争でもしに来ましたか? その人数では、そういうわけでもなさそうですが。」
一言で言うなら、二足歩行のキリン。でも限りなく人間に近い。たぶん女性。
「はじめまして。ええ違うわ。この信号を、E8…。ほかの惑星が受信したの。それで、私たちはその真意を突き止めに来たの。これがそのメモよ。」
ナナコは、いつも初めて会う人に対して、まるで警戒心が無い。子供のような女性。そしてこの日も。それでも彼女に敵対心をむき出しにしてきた人を見たことが無い。これが彼女の愛嬌がなせる業なのかも。
原住民のキリンは続ける。
「そうね、確かにこの信号はこの星から発信されているわ。正確には小さい頃に学校でそう習った。2億年前の歴史をね。あなたたちが何者かは、聞かなくても大体わかるわ。」
驚きはない。ケンスケは顎を少し上げた。
「それもそうか。『ヨマレテイルヨ』っていうのは、あなたたちもすでに…。」
となりにいたシマウマが2人の間に入ってきた。
「いや違う。互いの心は手に取るように分かったのは遠い昔の人類だ。言語などもう必要ない域に達していたのはな。でもそれとはまた別の理由でおれたちは、この歴史をそろそろ終えようとしているがな。」
キリンはシマウマをなだめるように見た後、リョウに視線を移した。
「あなたたちがこの広い星の中から、私たちの居場所を見つけられたのは素晴らしいわ。でも200億人いた人口も、今は、この300人の小さな村を残すのみよ。あなたたちが来るべきは、ここじゃないんじゃなくて?」
メンバー3人は、リョウに目をやる。
「いや、そうじゃない。ここに先に来る必要があった。いつこの信号が発進されたのかを知るために。それに、昔は互いの心が読めたと言ったな。なぜそれをいまのあなたたちが知っているんだ。この信号を送ったことも。」
リョウの問いかけに、シマウマが笑った。
「なぜだろうな。あんたは、おれの心を読むことは出来ないのか?」
リョウは思った。
(確かに…そうだ、なぜこの土地では彼らの心が読めないんだ…いつもなら…。)
それを3人のメンバーはただ不思議そうに見ていた。3人は知っている。リョウが人の心を読めることを。
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