幻律-エリル-

黒羽ノ蛾

第1話 流れ着いた先にて

 サイ大陸へ向かう船の上。一人の男が、腕に付けた光る石板「晶石端末」に表示される文字情報に目を通していた。


「くそ…また条件が新型端末所有かよ…。」


 そう呟いて、男は諦めたように端末から目を離し。空を仰ぐように甲板の手すりを背にする。


「そんなにホイホイ端末なんて変えられるかっての。」


 男が片腕の前腕部に装着している石板こと「晶石端末」は、遠距離でも文字や音声のやりとりができ、高性能なものでは映像も可能だが相応に値も張る。

 そして男のそれは旧式。比較的大きく若干重量はあるものの。下手な盾より強固であるため野外活動者などで愛用者も一定数いる。

 旧式は処理できる情報が限られるため、対応していない施設も増えていた。


 あーあ。と、男がため息交じりに周囲に気をやると、船員か、他のユーザーのものだと思われる会話が聞こえてきた。


「グルムピアで最新技術が一般開放されたんだって? でもあそこって、あれだろ…」


 そこまで聞いて、聞くのをやめる。経験上、又聞きの批評はあまり意味がないからだ。結局、自分に合うものは自分で見つける方が早い。

 …。旧式で閲覧できる情報が限られてることにひがんでる訳じゃないぞ。


 この世界では各都市に定住する住人の他に「ユーザー」と呼ばれ、あるものは旅人、あるものは創作、あるものは功績を。そんな自らの歴史を綴る者たちがいる。

 男のように未だ目的を持たない、得ることのできない者は「流れ」と呼ばれる。


 そんな「流れ」である男は。今、この船の向かう「サイ大陸」にある都市で、最新技術の一般開放がされたという話に興味を持ち、船に揺られているのだった。


 やがて船は港へ到着し、船を降りた男は、目的地「幻律魔導都市グルムピア」を目指す。都市へ向かうその道中、男は考えを巡らせていた。


「俺は。何がしたいんだろうな…。」

自嘲気味に、一人で呟く。


 身の程を弁えていると言えば聞こえはいいが、自分は。いわゆる普通の人間。


 炭坑や採掘が盛んな、ジグレスト大陸のリクストラ。

 農耕や音楽を親しんでいた、ネクス大陸のメルジギ。

 多様な服飾文化が栄えていた、ゼーカ大陸のユージニス。

 独自技術と機械文明の、グシオン大陸のフォルジェス。


 いくつかの大陸と地方を巡ってきたが、どこも長く滞在することはなかった。

 根無し草、流れ。狩猟や採取、日雇いでも食べていくことはできるが、ただそれだけ。大成したいというつもりはないが、どこか虚しさも覚えていた。


そんなときに目にした幻律魔導都市グルムピアでの最新技術の一般開放。


 幻律魔導都市グルムピアとは、大陸を囲うほどではという面積の都市全体を、半円型の半透明なガラスのような外壁が覆われており。

 都市中央部に建つ巨大な都市管理塔にて、「幻律魔導書グリモア」と呼ばれる施設機能により、「幻律生物」とよばれる様々な姿をした生物が都市内に存在し、人間と共存し、都市機能の重要な役割も担っている。


・「幻律」ラーゼ。

 この世界における特殊な力の呼称のひとつ。グルムピアでの技術に使われる。

・「幻律生物」ラーゼ・クロス。通称クロス。

 交わるもの、交流するもの。転じて隣人、友人の意味。

 姿は多種多様にわたり、都市外からは幻想生物と呼ばれることも。


 本来、人間が幻律生物と意思疎通、交流するには、男の付けている腕の石板の一種、そこでは「小型魔導書端末ルク」と呼ばれるものを用いて、パートナーとなる幻律生物を生成し、協力してもらうことで可能となる。


 そんなグルムピアで。最新の「魔導書端末ルク」が基本的な条件を満たした一般層にも開放されるという。

 本来は特定の資格あるものだけが有するといわれていたものが、自分の様な人間でも体験できるという話に、男も少なからず興味を抱き。幻律魔導都市グルムピアに赴いたのだった。


 港から幾ばくもかからず、男はグルムピアの外壁の外周に沿って、かなりの距離を隔てて点在する各方面の管理所。幻律都市入域管理所の一つにたどり着き、そこで審査を受ける。


「都市に着いたっていっても、もはや国だよな…これ。」


 男はそう漏らし、グリムピアの外壁を見上げる。

 外壁の上部から続く都市を覆う巨大な半透明の半円のその中に、鳥や有翼生物、様々な光や火の玉の様なものが飛び交っているのが見える。

 他の大陸でも有翼の獣や怪物は存在するが、ここから見えるものはそれらとは明らかに異なり、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。


「はい、結構ですよ。ようこそ、幻律都市グルムピアへ。」


 想像以上にすんなり審査が通る。話では最新技術を貸与するのではなかったのか。

 確か事前に確認した情報だと、現時点でも実用段階ではあるが、いまだ調整中であり、幅広い層からの利用状況や改善点など、より実践的な情報を収集したいらしい。


「こちらが貸与される「小型魔導書端末ルク」となります。ある程度耐久性は保証されていますが、極力乱暴に扱うのはお控え願います。そのほか。詳しい説明は、あなたのパートナーとなる幻律生物、クロスが説明します。まずは「ルク」を用いてクロスを生成してください。」


 管理員から「小型魔導書端末ルク」を受け取る。魔導書と名前がついているが、加工された鉱石や金属素材に術式の配線、つまり機械製だ。機械…精巧に造られた技術や道具で。フォルジェスなど、ごく一部の地域には存在する。

 基本的な用途は俺の持っている晶石端末と同じだが、性能面ではいわゆる新型か

それ以上。多様な人間の利用に配慮され、機能の拡張性が非常に高く柔軟である。

 俺のような旧式ユーザーにもすぐ馴染めるような設定も可能だ。


 初期設定や。ユーザー登録を済ませると。「初めましてユーザー。どのようなクロスをお望みですか?」と問われたので、少し考える。いや考えるまでもないか。

 俺の答えは決まっていた。


「そうだな、長く一緒にいることになりそうだし、やっぱりかわいい人間みたいな女の子型がいいな。あとは…この街に似合うような幻想的な雰囲気で。」


ユーザーがそう問いかけると。「ルク」からまばゆい光が放たれ辺りを覆う。

 ユーザーは「うおっ」と。とっさに光に目を覆う。


数秒の後、やがて光が収まると、そこには…。


一人の女の子が立っていた。


 背丈は俺より少し低い…150~160センチぐらいだろうか。ピンク色のふわっとした長い髪をなびかせ、幻想的な淡い色のドレス姿。青?紫? 形容しがたい色で俺には説明ができない。


 やがて彼女はゆっくりと目を開けると、口を開く。


「初めましてだよぉ。ユーザー。あたしは、君のパートナーになるクロスだよぉ」


 どこか機能的なたどたどしい口調ではあるが。こうして俺のパートナーは生成され、魔導都市グルムピアでの日々が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る