『青き改変者 ~交渉術で異世界を駆け上がる~』
七雲 涼
プロローグ
# プロローグ 『異世界への扉』
「はいはい、また飲みすぎたな…」
目を開けると、そこは見知らぬ空間だった。白く輝く壁に囲まれた小部屋。家でもなければオフィスでもない。天井も床も青白い光に包まれており、その輪郭はどこか曖昧だ。昨夜の記憶を辿れば、取引先との接待の後に二次会、そして気がついたらタクシーに乗っていたはずだ。それがなぜ、こんな場所に?
「これは…どこだ?」
声に出して言うと、突然、目の前の空間が歪み、人型の姿が現れた。背が高く、青みがかった肌をしたヒューマノイド。その目は古代の星空のように深く、身に纏う衣のようなものは光そのものでできているようだった。間違いなく、これは人間ではない。
「ようこそ、地球人サンプル#42759。私たちはあなた方の言葉で言うところの『観察者』です」
冷静さを装いながらも、私の心拍数は急上昇していた。35年間の人生で、こんな状況に直面したことはない。パニックになりそうな気持ちを抑え、状況を整理しようとする。
「観察者?サンプル?何のことだ?」
異星の存在は静かに説明を始めた。彼ら「観察者」は、複数の惑星文明を研究している種族であり、私は地球人サンプルとして選ばれたのだという。そして、彼らの実験の一環として、私のクローン体を異世界に送り込み、その適応過程を観察するのだと。
「待った、ちょっと待ってくれ」私は混乱した頭を振りながら言った。「つまり、俺はさらわれて、勝手に異世界に送られるってことか?元の世界には戻れないのか?」
「あなたの元の体は地球に残ります。転移するのはあなたの情報と記憶を完全に複製したクローン体です。元の肉体は通常の生活に戻ります」
観察者は淡々と説明を続けた。彼らの実験は「文明融合実験」と呼ばれ、異なる世界の知識や価値観がどのように影響し合い、新たな文明の形を生み出すかを研究するものだという。不思議なことに、その声には微かな共鳴があり、単なる説明以上の何かを伝えようとしているようにも感じられた。
情報が多すぎて頭がぐるぐる回る。だが、15年間にわたり営業マンとして鍛えた私の本能が、ここにチャンスを嗅ぎ取った。状況が読めなければ、せめて条件を良くすることだ。
「なるほど、つまり実験協力者というわけだな。それなら、条件交渉の余地はあるのか?」
観察者は一瞬、青い顔に驚きの表情を浮かべたように見えた。その目の奥で、何かが計算されているような印象を受ける。
「条件交渉…興味深い反応です。通常、サンプルはパニックになるか、拒否反応を示します」
「まあ、状況を変えられないなら、少しでも有利な条件を引き出すのが筋ってもんだろう?」私は肩をすくめて見せた。「俺の名前はカイトだ。サンプル番号じゃなく、そう呼んでくれ」
「…了解しました、カイト。あなたの適応能力の高さは注目に値します。どのような条件を望まれますか?」
ここからが勝負だ。営業トップの称号は伊達じゃない。私は深呼吸をして、交渉モードに入った。
「まず、システムの詳細情報が欲しい。他の転移者はいるのか?実験の真の目的は?そして、俺に与えられる能力や権限の範囲は?」
観察者は静かに瞬きをした。その瞳の奥に、一瞬だけ何か古い光が灯ったように見えた。
「通常、このような情報は…」
「協力的なサンプルの方が、より多様なデータが取れるだろう?」と私は畳みかけた。「それに、俺が知らないことで失敗するより、ある程度の情報を与えた方が、俺の『適応能力』をより正確に測れるはずだ」
沈黙の後、観察者は小さく頷いた。
「…論理的です。限定的な情報を開示します」
次の30分間、私は驚くべき情報の数々を聞いた。この異世界には他の転移者もいること。彼らの多くは『システム』と呼ばれる特殊能力を与えられていること。そして、実験の本当の目的は、異なる文明の知恵や技術が混ざり合ったときに生まれる「文明的融合」の観察だということ。だが、観察者の説明には微妙な矛盾や言い淀みがあり、彼らにもわからない—あるいは言えない—何かがあるようにも感じられた。
「なるほど…では、俺に与えられる『システム』についても教えてくれ」
「基本的な鑑定能力、ステータス確認、そして限定的なスキル選択権が付与されます」
ここが正念場だ。
「それだけじゃ不十分だな」私はビジネスミーティングでよく使う真剣な表情を作った。「もし俺が優れた結果を出せば、あなた方の研究にも大きく貢献できる。だから、もっと高度なシステム権限と、定期的な支援を要求したい」
「それは通常のプロトコルを超えています」
「だが、普通じゃない結果を望むなら、普通じゃないサポートが必要だろう?」
観察者は長い沈黙の後、ついに同意した。その表情からは、この判断が単に観察者自身のものではなく、何か別の承認を得たようにも見えた。
「…了承しました。あなたには拡張システム権限を付与します。また、緊急時の援助要請権も認めます。これは他のサンプルには与えていない特権です」
成功だ。しかし、まだ一つ確認しておきたいことがある。
「最後に一つ。俺の家族や友人は大丈夫なんだな?元の世界の俺は普通に生活を続けられるんだな?」
「はい。あなたのオリジナルは何も記憶がないまま、通常の生活に戻ります。あなたの意識が複製されただけで、元の人生に影響はありません」
少し安心したところで、システムの詳細を確認することにした。すると、観察者は手を翳すようなジェスチャーをし、目の前に半透明の青い画面が浮かび上がった。
```
『拡張システム権限付与』
『ステータス閲覧』
『スキル選択』
『鑑定能力』
『緊急援助要請(制限付き)』
```
内容を確認しながら、私はさらに質問を重ねた。「このシステムの抜け道や裏技についても教えてくれないか?」
観察者は一瞬躊躇ったような素振りを見せた後、意外にも応じた。それは予定外の回答のようで、彼自身もなぜそうしたのか不思議に思っているようだった。
「…通常は開示しない情報ですが、あなたの適応能力テストの一環として。システムには未登録の『隠しスキル』が存在します。特定条件下で発現することがあります。また、鑑定能力を創造的に使うことで、通常見えない情報にアクセスできる可能性があります」
これは予想外の収穫だ。さらに突っ込もうとしたその時、部屋全体が微かに振動し、観察者が手を上げた。
「転移の準備が整いました。あなたの要求は記録され、システムに反映されています。適応状況は定期的に確認します」
「ちょっと待て、まだ聞きたいことが—」
「転移を開始します。幸運を、カイト」
青白い光が部屋全体を包み込み、私の意識が徐々に遠のいていく。最後に聞こえたのは、観察者の静かな声だった。その声は複数の声が重なったような奇妙な響きを持っていた。
「あなたの反応パターンは…実に興味深い。この実験の結果が楽しみです。もしかすると、あなたは『現実』そのものに触れる可能性を秘めているのかもしれません...」
そして、全てが白く染まった。
次に目覚めたとき、私は見知らぬ草原の上に横たわっていた。頭上には見覚えのない星座が輝く夜空が広がっている。空気は澄んでいて、地球のどこよりも多くの星が見える。
「よし…」私はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。異世界の空気が肺を満たす感覚は奇妙だが、不快ではなかった。「新しい人生の始まりだ」
ポケットに手を入れると、何かが入っていた。取り出してみると、小さな青く光る石。触れた瞬間、目の前に半透明の画面が浮かび上がる。
```
『ようこそ、カイト。システムへのアクセスが許可されました』
『初期設定を開始します』
```
私は小さく笑みを浮かべた。少なくとも、一つは確かだ。
「交渉は成功だったようだな」
未知の星空の下、異世界での冒険が今、始まろうとしていた。そして、私はまだ知らなかった—この旅が単なる「実験」を超えた、はるかに大きな物語の一部になることを。
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